82.違和感
何かがおかしい。
夕食のコーンスープを一口飲んで手が止まる。もしかしたら気のせいかもしれない。試しにもう一口飲んで確信する。
うん。間違いない。やっぱりこのスープ、異常に塩辛いわ。
スプーンを置くことなく素早く周りをチェックすると、誰もスープに疑問を持っている様子はない。皆いつも通りにスプーンを口に運んでいる。
ということは、異常に塩辛いスープを飲んでいるのは私だけということだろう。
「あら? アリーはこのスープ好きなんじゃなかったっけ?」
オリヴィアは私のスープが全く減ってないのを見て不思議そうな顔をしている。
「とっても美味しいので、ゆっくり味わおうと思いまして」
なぁんて、テキトーな事を言って誤魔化し、ゆっくりとスプーンを口へ運んだ。
うん。不味い。塩辛すぎて飲めたもんじゃない。
正直にそう言って飲むのをやめればいいと思われるかもしれないが、私にその勇気はない。なんせこの場にはレジーナ様を始め、オリヴィアの両親や兄達といった沢山の王族が集まっているのだ。そうそうたるメンバーの前で私なんかが料理にダメ出ししたら、料理長に申し訳ない。
こんな感じのささいな嫌がらせが始まったのは、いつからだろう? 初めて違和感を感じたのは数日前だったっけ? メインのステーキが異常に胡椒辛かった。 あと他にも全く味のしないサラダや歯が折れるほど硬いパンが出た事もある。
最初はちょっとしたミスかな? っとか、私の味覚が変なのかな? なんて思ってたけど、これだけ続くのはやはりおかしい。私に対する嫌がらせだとしか思えない。
しょっぱすぎるスープを気合いで完食して水を飲む。できれば他の料理は美味しいといいんだけど。
次々と出されていく料理を恐る恐る口に運ぶが、今のところスープ以外は大丈夫そうだ。っと美味しそうなステーキを前にフォークとナイフを手にした時だった。
ガチャン!!
手から滑り落ちたナイフがお皿に当たり大きな音を立てた。皆の視線が私に集中する。
「何だお前、ナイフもきちんと使えねーのかよ」
セスが呆れたような顔で私を見た。いや、セスだけじゃない。他にも私を馬鹿にするような目で見ている人や、哀れんでいる人もいる。
「ごめんなさい」
恥ずかしさと、居た堪れなさでナイフをとるが、再び手から滑り落ちガチャンと音を立てた。その時どこかで誰かがクスッと笑った気がした。
そっか、これも嫌がらせなのね。
よくよく見ると、ナイフは持ち手が異様にピカピカしている。何か滑りやすくする物が塗ってあるに違いない。非常に地味だけど、かなり迷惑な嫌がらせだ。
「おい、誰かこの平民女に子供用のナイフを持って来てやれよ。そうすりゃきちんと持てるだろ」
セスが私を馬鹿にすると、メイド達からクスクスっという笑いがおきた。そしてすぐに子供用の小さめナイフが運ばれてくる。本当に城で働くメイドさん達は、嫌になるほど仕事が早い。
ナイフを持って来たメイドが、私を蔑むような顔で子供用のナイフを並べた。またまたどこかからクスクスと小さな笑い声も聞こえてくる。
なんだかなぁ……
こんな嫌がらせに何の意味があるんだろう。馬鹿にされるのは不愉快だけど、泣くほど辛いというわけでもない。こんな微妙すぎる嫌がらせをされる理由が分からない。
でもまぁ滑るナイフよりはまだ使いやすいかしらと考えながら、とりあえず子供用のナイフを手に取った。
「ちょっとアリー!! 馬鹿にされてるのに、なんで怒らないのよ!!」
私が何も言わずに子供用を使おうとしたことが許せなかったらしい。オリヴィアがものすごい剣幕で怒鳴った。
「セス兄様もセス兄様よ!! 人の失敗をこんな風に笑うなんておかしいんじゃないの?」
オリヴィアに怒鳴られたとあっては、セスだって黙ってはいない。すぐさま怒鳴り返す。
「お前なぁ。エドワードと結婚しようって奴がナイフもまともに持てないなんて、おかしいだろ。笑われても仕方ねーんだよ」
うーん。おかしいと思われるのは仕方ないけど、笑われるのは仕方ないとは思えない。それはオリヴィアも同じようで、セスに対して反論している。
けれど残念ながら、この場にいる大半がセスと同様の考え方らしい。「これを機にテーブルマナーの練習をしましょうね」や、「これだから平民は」的な声が聞こえてくる。
「もうおやめなさい」
ヒートアップしそうな場を鎮めたのはレジーナ様の一声だった。オリヴィアはまだガルガルしているし、セスもイラついているようだったけれど、とりあえず皆が黙る事でその場は落ちついたように見えた。
レジーナ様は失敗した私を責めることも笑うこともしなかった。同様に私を笑った人達を非難することも、オリヴィアに対して何か言うこともなかった。ただ後でレジーナ様の侍女長が私の部屋を訪ねるので、食後すぐ部屋に戻るようにと指示されただけだ。あっ、あともう一つ。レジーナ様はメイドに指示して私に新しいフォークとナイフを持って来させた。もちろん大人用だ。
レジーナ様の話がすむと、皆は何ごともなかったかのように食事を再開した。ウィルやキャロラインもそうだったけど、皆何事もなかったかのようにすっと元の雰囲気に戻せるところがすごい。
その後は特に嫌がらせもなく夕食を食べ切り、言われたとおりすぐに部屋へ戻った。なぜかオリヴィアとセスも一緒だ。
「大丈夫よ、アリー。侍女長のルーナはおっかないけど、説教は短いから。って、なんでセス兄様まで来るのよ?」
「そりゃ、こいつがこっぴどく叱られて泣くのを見るために決まってるだろ」
ええー!!
レジーナ様は侍女長が部屋に来るって言ったけど、それってお説教だったの?
今から泣くほどおっかない目に合うと分かって、落ちついていられるわけもない。部屋をウロウロしては座るを繰り返していたら、セスにウザがられてしまった。
「いい、アリー、とにかく謝るのよ。謝って謝って謝るのが、早く切り上げるコツなんだから」
今までに何度も説教をくらったというオリヴィアが胸を張ってアドバイスをくれるけど、本当に大丈夫なのかしら?
恐怖と緊張でドキドキしながら待つこと1時間……侍女長さん来ないんですけど……
この状況に痺れを切らしたのはオリヴィアだった。
「遅い、遅すぎる!! ねぇマリベル、ちょっと行ってルーナ呼んできてよ」
いやいや呼びに行くって……そんなのやめてほしい。だって怒られるのなんて嫌だから、来ないなら来ない方がいいに決まってる。
セスはと言うと、待ちくたびれたのかソファーでうたたねを始めてしまった。まぁもう夜だから仕方ないっちゃ仕方ないけど。どうせ寝るなら、自分の部屋に戻って寝ればいいのに。
待ちぼうけをくらう私達の元へ侍女長であるルーナが来たのは、それから数十分がたってからだった。拍子抜けな事に、侍女長は怒りに来たのではなく、私を呼びに来たらしい。
「アリーったら可哀想。お祖母様のお説教って、クドクドしててつらいのよね」
侍女長に連れられてレジーナ様の元へ向かう私に当たり前のようについてくるオリヴィアは、どうあっても私が怒られると思っているらしい。その後ろには、大きなあくびをしながら、これまた当たり前のようにセスもついてくる。
全くもう。どうして二人とも私が怒られるのをそんなに見たがってるのかしら。
けれど私を待っていたレジーナ様は怒るどころか、申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。
「アリー、本当にごめんなさいね。あなたへ嫌がらせをしていた子達には厳しく言っておきましたから」
「えっ!? アリーってば何か嫌がらせを受けてたの!?」
オリヴィアが驚いたように目を丸くした。
「お前、いっつも一緒にいて気づかなかったのかよ?」
「セス兄様だって気づかなかったくせに」
呆れたような表情を浮かべたセスに向かって、オリヴィアがぷうッと頬を膨らませる。
「あら? 初めに気づいたのはセスですよ」
レジーナ様に言われて、声が出るほど驚いてしまった。
セスは以前から私が食事の時に度々変な表情をするのが気になっていたらしい。それはマリベルも同じだったらしく、二人で私の様子を観察していたと言うから驚きだ。どんなに不味くても顔には出さないようにしたつもりなのに、バレバレだったなんて。
もう一つ驚いた事がある。それは今日、あのスプーンを滑らせた時、セスが私を馬鹿にしたのは嫌がらせ犯を見つけるためだったという事だ。嫌がらせ犯なら、きっとセスに同調して私を馬鹿にするだろうと考えたのだ。
その予想は見事的中した。夕食会後、私を笑った者達を侍女長が問い詰めると大人しく白状したそうだ。嫌がらせに関わったと判明したのは、メイドだけで16人もいたというから驚き……というか、かなりショックだ。
それって、私が相当嫌われてるってことよね?
「何でアリーがそんな嫌がらせされなきゃいけないのよ!!」
私が嫌がらせを受けていることに、自分だけ気がつかなかった事が気に入らないオリヴィアは明らかに不機嫌顔だ。
「そうそう。俺もその理由が知りたかったんだよな」
私への嫌がらせには気づいたが、セスもマリベルもその理由までは分からなかったらしい。
「それはですね……」
侍女長のルーナがメイド達から聞き出した話を始めた時だ。レジーナ様に呼ばれたというラウルが部屋に入って来た。
「ちょうど良いところにいらっしゃいました。アリー様への嫌がらせの件について、ラウル様にも聞いていただきたいと思っておりましたので」




