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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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80.ウィルバート、怒鳴られる

「ウィルバート様、お久しぶりでございます」


 アーノルドと共に部屋に入ってきたキャロラインが、いつものごとく優雅にお辞儀をした。久しぶりに見るキャロラインは少し痩せただろうか、元々華奢だった体がより一層小さくなったように見える。


 アリスが行方不明になって以降、カサラング邸に乗り込む恐れがあるとして軟禁状態だったキャロラインも、ここ最近は落ちついてきたらしい。父であるデンバー公爵から、アーノルドかエドワードと一緒であれば短時間の外出を許可されたようだ。


 キャロラインはわたしに話したいことがあるらしい。話をするのにうってつけの場所といえば、やはりアリスの部屋か。


 アリスがいなくなってからも、アリスの部屋は綺麗に保たれている。アリスがいつ戻って来ても大丈夫なようにと、アナベルが毎日丁寧に清掃しているからだ。


 キャロラインに座るよう促し、わたしもキャロラインの向かいの席に腰掛けた。


「さぁて、俺は茶でもいれるかな」

 いつものごとく、とにかく人に茶を飲ませたくて仕方のないアーノルドが茶をいれはじめる。

 

「えーっと……3人だな……」っと呟きながら、アーノルドが手慣れた様子で人数分の茶葉をポットにいれた。


 っとここで、キャロラインが立ったままテーブルを両手でバンっと叩いた。その大きな音にアーノルドが手を止め、「何してんだよ?」っと駆け寄ってくる。そんなアーノルドには目もくれず、キャロラインは「ウィルバート様は何を考えておいでなのですか?」っと怒鳴った。


 面白味のない人形のようだと思っていたキャロラインにも、こんな人間らしい面があったとは。見たことがないほど怒りを露わにしているキャロラインに驚くと同時に、意外な一面に親近感を覚えた。


 とはいえいきなり怒鳴られるというのは、あまりいい気はしない。

「キャロライン嬢こそ、一体何を考えているんだい?」


 飛んで来たアーノルドに無理やり座らされたキャロラインは不満そうだったが、私に対して主の無礼な行動を詫びる侍女の姿を見て、少しは冷静さを取り戻したようだ。黙ったまま大人しく座っている。しかし真正面からわたしを睨みつけている瞳には、怒りとも憎悪ともとれる色が浮かんでいた。


 理由は分からないが、喧嘩を売られているのならば買わなければならない。こちらも真正面からキャロラインを睨み返す。


 無言のまま睨み合うわたし達の前に、アーノルドが「二人とも、まぁ美味い茶でも飲んで落ちつけよ」と言ってカップを置いた。自らも席につくと、我先にと茶を口に運ぶ。


「うん。美味い!!」


 アーノルドの声が合図だったかのように、キャロラインと睨み合ったまま二人揃ってカップを手にとった。茶を口に含んだ瞬間、これまた二人揃ってむせてしまう。


「な、何なんだい、このひどい茶は!!」

「なんですの、このおかしなお茶は!?」


 思わず顔をしかめてしまうレベルで不味い茶だったが、カップの中身を見て絶句した。

 

「ア、アーノルド……これは一体何のお茶なんだい?」


「いいだろ。俺様特製、スプリングスペシャルティーだ」


 何がいいのか全く分からないが、確かにこの不気味な色はある意味スペシャルと言えなくもない。アーノルドが最近はまっているというお茶は、なんとも言えない毒々しい紫色をしていた。


 アーノルドは平気で飲んでいるから、健康に害があるようなものではないとは思うが、あまりの不味さにカップに手が伸びない。それはキャロラインも同じらしく、カップに視線を落としたままだ。


「美味いだろ?」

 

 こんなマズイものをよく平気で飲めるものだ。アーノルドは期待に満ちた瞳で我々を見つめているが、これ以上はやはり無理だ。


 まだむせているキャロラインとわたしのカップはすぐに下げるよう命じたが、アーノルドは「ひでぇのは俺の茶じゃなく、お前らの味覚の方だろ」と悪態をついている。


 何かフォローになる事をと思ったけれど、スペシャルティーのせいで気管がスースーしてうまく言葉が出ない。というよりこのお茶に対するフォローが全く思い浮かばない。


 むくれてしまったアーノルドはさておき、新しく運ばれて来た茶が全員に配られた。口の中の嫌な感じのスースー感は続いていたが、ココアクッキーと濃いミルクティーによって何とか不快感を消し去ることができた。


 ほっと一息つくと、カップを持ったまま同じようにほぅっと息をついているキャロラインと目が合った。


 っと、カップを置いたキャロラインが、「先程は大きな声を出して申し訳ありませんでした」と頭を下げた。


 アーノルドがこうなる事を狙ってあんな不味い茶を出したとは思えないが、何にせよキャロラインは落ちついたので、結果オーライと言えるかもしれない。


 キャロラインは一体何に怒っていたのか? わたしに話したい事とは何なのか?


 問いかける私に、キャロラインはいつもの優雅な口調で「わたくしはただ、ウィルバート様に一言文句が言いたかったのですわ」と言った。


「文句ですか?」


「ええ……」


 いつもの調子を取り戻したキャロラインは微笑みを浮かべているが、わたしは微笑み返す気にもならない。なぜわたしがキャロラインに文句を言われる必要があるのだ。


「困ったね。キャロライン嬢に文句を言われる覚えは全くないんだが……」


「えぇ、そうでしょうね。わたくしはウィルバート様が何もなされない事に文句を言いに来たのですから」


 こういった真意を捉えにくい問答というのは本当に厄介だ。キャロラインは自分の意を察しないわたしが悪いと思っているだろうが、わたしから見れば、はっきり言わないキャロラインの方が悪い。


 それでもキャロラインの意図を汲み取るべく頭を働かせる。まぁこういった相手の本心を読み解こうとするのも、わたしの一種の癖みたいなものかもしれない。

 

「アリスの事だね?」


 わたしの問いかけにキャロラインは静かに頷いた。その顔は怒っているとも、悲しんでいるともとれる。


「アリス様が行方知れずになってしばらく経ちますが、ウィルバート様がアリス様を探してらっしゃるという話は聞きません。ウィルバート様は本当にアリス様が亡くなったと思ってらっしゃるんですか?」


 そんなわけないだろう。

 アリスが死んだなんて誰が信じるものか。わたしは今でもアリスがどこかで生きていると信じている。アリスを見つけ出すためならなんだってしてやる。


 だからこそ、今はキャロラインに何も伝えることはできない。わたしに言えるのは……


「生きていてくれたらいいとは思っていますよ。でも正直難しいでしょうね……」

 っとまぁ、これくらいだろうか。

 

 わたしの返答にひどくショックを受けた様子のキャロラインが俯き片手で顔を覆った。


「ひどい……ウィルバート様はいくら胡散臭くとも、情だけはおありだと思っておりましたのに……」


 胡散臭いとは失礼な。自分だって充分胡散臭いのによく言えたものだ。


「仕方がないだろう。だいたいアリスを死亡として事件を処理したのはあなたの父親ですよ」

 まぁそう処理するよう提案したのは、わたしの父なのだが。


 わたしとグレースが襲われた後、父はやたらと騒ぎたてるデンバー公爵を抑えきれなくなる前にこの件を処理したいと考えていた。そして宰相であるキャロラインの父に命じ、いなくなってしまったアリスに全ての罪を被せ、犯人死亡で事件の幕引きを計ったのだ。


 もちろんこの事はキャロラインも知っている。だからこそ自らの父がアリスを犯罪者にしたことに対して絶望を感じているのだ。


「どうして誰もアリス様の無実を信じないの? どう考えてもカサラング公爵が怪しいのに……」


 泣いているのだろうか? キャロラインはテーブルに肘をつき顔を覆ってしまった。その背中を侍女が優しくさすっている。


 分かるよキャロライン、よく分かる。わたしもそう思っている。わたしだけじゃない。ここにいるアーノルドだって、君と同じように思っているはずだ。


 テーブルに突っ伏してしまったキャロラインを、複雑な顔で見つめていたアーノルドが席を立った。きっと傷ついている妹のため、新たに茶をいれるのだろう。


 キャロラインが言う通り、ゴロツキを雇い、わたし達を襲わせた黒幕はカサラング公爵で間違いないだろう。公爵の発言や行動からそう確信しているものの、困ったことに証拠が全くない。証拠がないのでは、あのカサラング公爵を追い詰めることなんてできるはずがない。


 なんとしてもカサラング公爵が事件に関わっている証拠、もしくはアリスの行方についての手掛かりを見つけたい。とは言え、抜け目ないカサラング公爵が安易にボロを出すとは思えない。ならば油断する状況を作り出すしかない。


 幸か不幸か、グレースはわたしに好意を寄せている。わたしもグレースを受け入れるふりをすればいい。王太子妃の座をチラつかせていれば、油断した公爵が自らボロを出すだろう。そのボロを見つけるためにも、気のあるフリをしてグレースを側に置いておくのはよい方法だろう。


 この計画を知っているのは、わたしとルーカス、アーノルドとその部下数人だ。どこに公爵の息のかかったものがいるか分からない以上、キャロラインやアナベルにも秘密にしておく方がいい。


 もちろんキャロライン達がカサラング公爵と繋がっているとは思っていない。けれど何も知らせないのは、キャロライン達の感情による自由な行動が、わたしの計画された行動をうまく誤魔化してくれるだろい。


「……ウィルバート様のお気持ちは分かりました……」


 そう言って顔をあげたキャロラインはもう泣いてはいなかった。擦ったせいか少し目は赤かったが、わたしを睨みつけるように見つめる瞳は力強い。


「わたくし……不本意ですが、王太子妃になりますわ!!」

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