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8.二人でお茶を

「お待たせしました」


 お茶の用意ができたことを告げるアナベルの声で、テラスに用意されていたソファーに腰をおろした。


 うわおっ。

 ソファーは思った以上に柔らかく、沈んだお尻と背中が包み込まれるようで気持ちがいい。


 気楽にお茶の誘いをオッケーしたけれど、なんだか緊張やら慣れない甘い雰囲気やらでどっと疲れが出てしまった。


 書庫での雑巾掛けは自分で思っているよりも足腰にきていたらしい。一度こうして座ってしまうと、なんだかもう立てないような気になってくる。


 はぁ。それにしても気持ちがいい。

 心地よい風に当たりながら、こんな風にリラックスしてたらついつい眠ってしまいそうだ。


 さすがアナベル。

 最高の眺めの場所に、最高に座り心地の良いソファーを置いてくれてるんだから。

 

 あっ。

 いつの間に目をつぶっていたのか……

 ソファーの座面が沈むのを感じて慌てて目をあけると、私の隣に腰かけたウィルバートと目があった。


 前言撤回!! アナベルってば何でこんなソファー用意しちゃったのよぉ。


 二人がけのソファーは決して小さくはないけれど、私達二人で座ると膝がかすかに触れてしまう。


 こんなにウィルバート様の近くにいたら、また緊張してきちゃうじゃない。


 緊張で体を強張らせる私に気づいているのかいないのか……

「お邪魔虫は退散いたしますので、何かあったらお呼びくださいね」

 アナベルがウフフっと笑って頭を下げた。


 あぁ……行っちゃったわ……

 引き止める間も無く去って行くアナベルの背中を恨みがましく見つめた。


「アナベルはいい子だろう?」

 ウィルバートも私と同様にアナベルの背中を見つめている。その瞳はとても穏やかだ。


 たしかにアナベルはいい子だわ。

 明るいし、気が利くし、一緒にいてとても楽しい。何でも相談できる頼れるお姉さんって感じだ。


 私の言葉に頷きながら、アナベルを私付きの侍女にして正解だったとウィルバートが嬉しそうに笑った。その屈託のない笑顔に心がざわめく。


 ううっ。落ちつかないよぉ。

 ウィルバートの笑顔からキラキラ光線が溢れ出ていて直視できない。


 いつもならこんな時はルーカスの冷たい視線で我に返るのに、今日は何故だか姿が見あたらない。


「どうしたんだい?」

 キョロキョロと辺りを見回す私を不審に思ったのか、ウィルバートが心配そうな顔をした。


「いえ……ルーカスさんがいないのは珍しいなと思って」


「ルーカスには仕事を多めに頼んできたんだ。アリスと二人きりになりたかったからね」

 そう言ってウィルバートはイタズラっ子のような表情を見せた。


 ウィルバート様ってば……

 こんな時に気の利いた返事ができない自分が情けない。ウィルバートは照れている私を見て口元を緩ませた。


「さぁ、お茶にしようか。せっかくの紅茶が冷めてしまうよ」

 まだ湯気の立つカップを持ち上げ一口飲んだ。


「いい香り」


 夏摘みのダージリンだろうか。

 甘いような香ばしいような特徴的な強い香りと、すっきりとした渋みの中に優しい甘みを持つ紅茶はとても気品が感じられる。


「アリスはアップルパイは好きかな?」


 ティーカップの横には大きく切り分けられたアップルパイが置かれている。艶々としたパイは見るからに美味しそうだ。


「いただきまぁす」

 フォークで一口サイズに切り分け、口に入れる。


「んんーっ。おいしいっ」


 ゴロゴロっとしたリンゴは甘酸っぱくてとてもジューシーだ。パイもサクサクでとってもいい感じ。


 あー、最高。

 あまりの美味しさに手がとまらない。


 夢中でパクパクっと食べ進めていると、なんだか視線を感じて横を向いた。


「気に入ってくれて良かった」


 私が食べるのを見ているウィルバートは嬉しそうだ。


「そんなに見つめられたら……穴があいちゃいますよ」


「アリスに穴が空いたら困ってしまうなぁ」

 クスクスとおかしそうに笑ってウィルバートが立ち上がった。


「それじゃあ、わたしはお茶のお代わりを用意しようかな」


「え、そんな……」

 ウィルバートを働かせるなんて申し訳ない。


 慌てて立ち上がろうとする私の肩に手を置き、

「これでもお茶をいれるのは得意なんだよ」

 鼻歌を歌いながらポットを手にとるウィルバートはとても楽しそうだ。


 テラスの端に置かれた長机にはアナベルが用意したのか、おかわり用のアップルパイとポットや茶葉などが置かれていた。


「あとはしばらく待つだけだよ」


 そう言ってウィルバートは丸型ティーポットをテーブルの上に置いた。茶葉がポットの中でゆっくりと浮き沈みしている。


「もういいかな?」


 ポットの中をスプーンで一混ぜして、二人分のカップに均等に紅茶を注ぐ。得意だと言うだけあって、ウィルバートの動作は滑らかだ。


「さぁ、召し上がれ」

 すっと私の前に置かれたカップをゆっくりと持ち上げた。


 隣からウィルバートの視線をビシバシ感じて、カップを持つ手が震えてしまう。


「すっきりしていて、とっても美味しいです」


「よかった」

 ほっとしたような顔で、ウィルバートも紅茶を飲んだ。


 お世辞抜きで、本当に美味しいわ。

 ウィルバートのいれた紅茶は、渋みや強い香りがなくとても飲みやすかった。


 用意されていたアップルパイを綺麗に平らげ、景色を眺めながらまったりとした時を過ごす。


 本当にいい気分……

「ステキな景色を見ながらこんなに美味しいものが食べられるなんてとっても幸せです」

 私の横でウィルバートも同じように秋の景色を眺めている。


「ウィルバート様、今日は……」


「あれ、アリス? ウィルバート様でいいんだったっけ?」


 私の言葉を遮ったウィルバートが、ん? という顔で私を見つめている。


「あっ。そうでした。ウィルでした」


「なんだい?」


「えっと……」

 名前を呼んでるうちに、何を言いたかったのか忘れてしまった。


 そうそう、お礼を言うんだったと思い出して、膝をやや左に動かし、体をウィルバートの方へ向けた。


「今日はお茶に誘ってくださってありがとうございました。とても楽しかったです」


「こちらこそ付き合ってくれてありがとう。アリスと二人きりで過ごせて、とても嬉しかったよ」


 うっ。

 ウィルバートから放たれるキラキラパワーで目が痛い。至近距離で見つめ返されて、思わず目をそらせてしまった。


 ヒュッと強い風がテーブルクロスを揺らす。

「寒くないかい? 風も出てきたし、そろそろ部屋に戻ろうか?」


 風は確かに冷たいけれど、太陽がしっかりと出ているおかげか寒さはそこまで感じない。


「もしよければ、もう少しだけここでお庭を眺めていたいです。こんな風に外に出るのは久しぶりなので」


「部屋に閉じ込めてばかりで申し訳ない。もう少し外に連れて行けるよう時間を作るよ」

 ウィルバートの申し訳なさそうな顔を見て、慌ててそんなことはないと告げた。


「閉じ込められてなんてないですよ。今日も書庫にいましたし、快適に過ごしてますから」


 確かにこの世界に来てから外には出てないけれど、閉塞感は全くというほど感じていない。なんせ与えられた部屋は、私一人で使うには申し訳ないほど広いのだから。それでもウィルバートは私が閉じこもり気味な事をまだ気にしているようだ。


「よし、決めた」

 ポンっと手を叩いてウィルバートが立ち上がった。


「今夜一緒に庭園を散歩しよう」


「夜に、ですか?」

 

「そう、夜に。時間は……そうだな、夕食前にしよう。夕食は散策の後に二人で一緒にとるっていうのはどうかな?」


「はい、喜んで」


 ウィルバートが嬉しそうに微笑んだ。

「よかった。じゃあ夜のデートまでに急いで仕事を終わらせておくよ。じゃないとルーカスが煩いからね」


 ウィルバートに導かれて部屋へと戻る間、彼と何を話したのか全く覚えていない。それくらい私の頭の中はグルグルしていた。


 ウィルバート様ってば、デートって言ってたわよね? デートって私の知ってるデートと同じ意味なのかしら? 


「ねぇ、アナベル……この世界で、デートってどういう意味?」


「デートですか?」


 部屋まで送り届けてくれたウィルバートを見送ってから、何やら忙しくしていたアナベルが手をとめ、一瞬考えるような仕草を見せた。


「そうですね。ベッドインするかどうかの選別タイムですかね」


「……」

 何か今、想像と全く違う答えが返ってきた気がするんだけど……


「ごめん。もう一度言ってもらえる?」


「いいですよ。私にとってデートとは、ベッドインしてもいい相手かどうか品定めする時間です。そもそも恋愛の最終ゴールとは、相手と……」


「ごめん、アナベルもういいわ」

 これ以上聞いたらダメな気がして早々にアナベルの言葉を遮った。


 どうしよ……余計に混乱してきちゃった。


 アナベルの言うデートの解釈がこの世界における一般的な解釈なのかしら? もしそうならウィルバートは私のことをそういう対象として見てるってこと?


「ってことは私は今夜、ウィルバート様からそういう目線で見られるってこと?」


「その通りです!!」


 力強く言い切ったアナベルがクローゼットから出してきたドレスを見て絶句する。


「何これ?」

 アナベルが今夜のデート用に選んだ深緑色のドレスは驚くほど布地が少なかった。


「一番セクシーなドレスを選びました。これならウィルバート様もイチコロです。すぐさまベッドへ直行しちゃうこと間違いなしです」

 パチっとウインクしてくるアナベルに、言葉が出ない。


 本当に何言ってんの……

 こんなの着ていけるわけないじゃない。だってスケスケよ、スケスケ。

 

「ここまでくるとセクシーっていうより、下品な気がするんだけど」


 細かいレースがふんだんに使われたドレスはとても美しいけれど、レースの向こうの景色が透けて見えている。


 これはアナベルの私に対する嫌がらせなのでは? という考えが一瞬頭をよぎったが、アナベルの様子から察するに彼女はただ私とウィルバート様をベッドインさせたいのだけなのだろう。


 これも私のためを思ってのことなので、ありがたい……ような気もしないではないが、このドレスは絶対に着たくない。


 まいったわ。まさかデートって準備にこんなにもエネルギーがいるものだとは思ってもみなかった。


 セクシーさの重要性をコンコンと語り続けるアナベルに、慎ましさの重要性で反論してやろうかと考えながら、私は大きなため息をつくことしかできなかった。

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