73.城の夕食会
「アリー、申し訳ないんだが、わたしは今すぐに王宮に戻らなくてはいけなくなったんだ」
私の準備ができたのを見届けたエドワードは、今度は自分の出発の準備にとりかかる。
「できれば今夜くらいは一緒にいてあげたかったんだが……」
マリベルがいるせいで本性を隠しているエドワードの表情から本心は読み取れない。けれど申し訳なさそうなエドワードを見るのはなんだか心苦しかった。
「大丈夫ですよ。一人でも頑張りますから」
「そうだね……まぁこじんまりとした夕食会だからきっと大丈夫だろう。わたしがいない間はレジーナ殿下とマリベルに頼るんだよ」
「はい、分かりました」
性格がひん曲がってるだとか、二重人格だとか……心の中で散々悪口を言っていても、エドワードがいなくなるのはやっぱり心細かった。なんだかんだで、私はエドワードを信頼しているみたいだ。
「エドワード様、本当に色々とありがとうございました」
見送る私の肩にポンっと手を置き、
「すぐ王都に帰れるようにするから待ってろよ」
そう小さく囁いてエドワードは去って行った。
☆ ☆ ☆
聞いてたのと違うじゃない! これのどこがこじんまりとした夕食会よ! こじんまりって言葉の使い方間違ってるでしょ。
集まった人の数に怯みながらも勇気を出して会場に足を踏み入れた。すると途端にわらわらっと集まって来た人達に取り囲まれてしまう。
中でもひときわ声の大きな女性が私に顔を近づけてくる。
「あなたが噂のアリーちゃんね。まぁまぁまぁ。想像してた以上に可愛らしい子じゃない」
その女性があまりにも顔を近づけて喋るので、一歩後退りする。私に合わせるように女性は再び一歩私に近づいたかと思うと、後ろを振り向いた。
「あの堅物エドワードが、こーんな可愛らしい子を攫ってくる日が来るなんて思わなかったわね」
「本当だよ。これはしっかりお祝いしなくちゃいけないね」
そう言って一人の男性が女性の肩を抱いた。
何だか妙に楽しげな様子のカップルに気圧されてしまうが、なんとなくこの二人が誰だか分かったような気がする。
「ちょっと!! 父様も母様も、私より先にアリーに話しかけるなんてずるいわ」
騒がしい声と共に現れたオリヴィアの言葉を聞いて、やっぱりと納得する。
思った通り、オリヴィアの両親だったみたいね。男性の目元とオリヴィアのはっきりした目元はよく似ているし、女性の浮かれた感じはオリヴィアそのものだ。
ガヤガヤと騒がしかったが、時間になると皆指定された席についた。参加者は城の住人と重役だけだと聞いたけど、これだけいたら名前を覚えるだけでも大変そうだ。
乾杯がすんだ次の瞬間、
「ねぇ、アリーちゃんはエドワードとどのように出会ったの?」
オリヴィアの母からぶつけられた質問に、口に含んだスパークリングウォーターを吹き出しそうになってしまった。
ちょ、ちょっと、話が違うんですけど。
「夕食会でエドワード様との馴れ初めとか聞かれたらどうするんですか?」
エドワードにそう尋ねたところ、「そこまで詳しい話を聞いてくる人はいないはずだよ」っと言われていたのだ。
プライベートなことを深く尋ねないのが上流階級のルールらしい。突っ込んだ質問はされないはずだから、とりあえず余計なことは話さず、ニコニコしてやり過ごすようにというのがエドワードからのアドバイスだった。
なのに夕食会開始早々に突っ込んだ質問がきちゃったじゃない。
「それ、私も知りたいと思ってたの」
オリヴィアが興味津々といった感じで私の返事を待っている。
「あれだけモテるのに、誰にも靡かなかったエドワードの恋人よ。色々聞きたい事があるのよね」
ははっ。
身を乗り出すようにして語りかけてくるオリヴィアに思わず苦笑してしまう。きっとこの子はアナベルと気が合うに違いない。
そんなオリヴィアに、にっこりと笑顔を返した。キャロライン直伝、この話はもう終わりという時用のとっておきの笑顔だ。
けれど、「せめてどのような出会い方をしたのかだけでも教えてくれない?」っとオリヴィアがなおも食い下がるところをみると、私の笑顔の威力はまだまだのようだ。
「ひ、秘密です」
「えー。少しだけでもいいから教えてよ。あなたの話を聞くの、すっごく楽しみにしてたんだから」
「すいません……勝手にお話したらエドワード様に叱られてしまいますから」
これは事実だ。適当な話を作ってもいいけれど、つぎ会った時に絶対怒られるに決まっている。
誰か話題を変えてくれないかと思っていると、私達のやりとりを聞いていたおじさん達が、エドワード殿と言えば……と話を始めた。
「なんでも急遽王都に戻ったと聞きましたが」
「そのようですな」
「それであれがエドワード殿の連れてきた娘ですか。一人で城に残るなんてさすが平民の娘は図太いというか……」
「しかもあのように殿下に近い席に座るなど、身の程知らずもいいところだ」
はははっと同調したような笑い声が起こる。
これって明らかに私の悪口を言ってるわよね。
しかもおじさん達は声をひそめるというより、私に聞こえるように言っている気がする。だってニヤニヤとしたいやらしい笑みで時折こちらを見ているんだから。
きっとただの町娘である私が自分達より上座に座って食事をしていることが気に入らないんだろう。でも私は言われた席に座っただけなんだから、文句なら席順を決めた人に言ってもらいたい。人には気づかれないよう小さくため息をついた。
いちいち反応してみせる必要もないので、私は食事に集中させていただこう。見てないふり、聞こえてない振りは得意だ。こんな知らないおじさんの声をスルーするなんて簡単よ。
私の前には美味しそうなオマール海老が出されている。こういう殻があるものって気を抜くとすぐにお皿の上がぐちゃっとして品のない食べ方になっちゃうのよね。全神経をフォークとナイフを持つ手に集中させる。
そんな私の態度が気に入らないのか、おじさん達の声は大きくなっていく。
「さすがのエドワード殿も、今回の件では責任をとる必要があるかもしれないでしょうね」
「騎士団長が王都を留守にしている間に王太子殿下が襲われたんだから、そりゃお咎め無しとはいかないでしょう」
「ただの平民の娘なんぞのために、今までの経歴を失うなんて騎士団長も愚かなことをしたものだ」
残念でした。エドワードはお咎めなんかうけませんよーだ。だいたいエドワードはウィルが襲われるのも事前に知っていたし、王都を留守にしてるのも全て計画通りなんだから。
スルーすることに慣れているとはいえ、悪口の内容は気になってしまう。耳に入ってくる不愉快な声に向かって心の中でべーっと舌を出した。
っと、オリヴィアが皆に聞こえるような大きな独り言を言った。
「こんな場でわざと人を不快にさせるような話をする方が愚かだわ」
突然のオリヴィアの一声に会場は一気に静まりかえる。
「オリヴィア王女、何かおっしゃいましたかな?」
「エドワード本人の前では何も言えないくせに、いないとなると急に悪く言うなんて愚かだって言っただけ」
「なっ」
私を笑ったおじさん達が怒りで顔を真っ赤にする。まずいと感じたのか、おじさんの隣に座っていた若者が宥めるように口を挟んだ。
「オリヴィア王女、それは少し言い過ぎでは……」
「どこが? そこの自分達が一番だと思ってる馬鹿なじい様達にはもっと言ってもいいくらいよ」
わおっ。これは想定外の展開になってしまった。おじさん対少女の戦いに、見ている私までヒヤヒヤしてしまう。個人的にはオリヴィアに、がんばれと声援を送りたい。
「オリヴィア、もうお黙りなさい」
レジーナ様が口を出すが、
「なぜですか? わたくしは間違ったことを言ってません」っと、オリヴィアはむくれてしまう。
「全く王女様は口のきき方というものをわかっていらっしゃらないようだ」
「本当に。お母上のジャニス様もかなりなものでしたが、オリヴィア様はそれ以上ですな」
その馬鹿にしたような言い方と、同調したように笑う周りの声に、私までカチンとしてしまう。
カタン。
わざと椅子の音を立てオリヴィアが立ち上がった。
「母の事まで悪く言うなんて……こんな劣った人達と同席するなんて耐えられないわ」
「オリヴィア、座りなさい」
レジーナ様の命令を無視してオリヴィアは動き出すと、呆気にとられている私の所までやって来た。
「さぁ、アリー行くわよ」
「えっ?」
行くわよって、一体どこへ?
ついていくべきか、このまま座っているべきか? 頭がうまくまわらなくて決められない。
「早くしなさいよ」
「は、はい」
追い立てられるように命令され、思わず立ち上がってしまった。振り向くことなく前をズンズン進んで行くオリヴィアの足取りからは怒りが感じられる。ふいに立ち止まったオリヴィアが私を振り向いた。
「あなた、どうして言い返さないのよ? あんな風に言われて悔しくないの?」
噛み付かんばかりの勢いに怯んで後退りしてしまう。
「え、えーっと……」
どうして言い返さないかって、そりゃ言い返すより聞こえないふりする方が楽だからだと正直に答えたら本当に噛みつかれちゃうかしら?
そう心配するくらいにオリヴィアは怒っていた。
「あなた、エドワードとの身分違いを乗り越えていこうとしてるんでしょ? それなのにあんな風に馬鹿にされるなんて。絶対絶対おかしいんだから!!」
オリヴィアの固く握りしめた手から、彼女の悔しさが滲み出ているような気がした。
私が本当にエドワードの身分違いの恋人なら、きっと悲しいし悔しかったかもしれない。でも私はこの世界における身分もない上にエドワードの恋人でもない。だからあのおじさん達の悪口は、私にとっては悪口にはならないのだ。
でもそっか……この子は私のために夕食会を途中で抜け出すほどに怒ってくれたんだ。
会ったばかりの私のために怒りを爆発させてくれたオリヴィアに深い感謝を感じると共に、私は一人じゃないんだという心強さを感じた。
「オリヴィア様、私のために怒ってくれてありがとうございます」
私の言葉に一瞬驚いたような顔をしたオリヴィアだったが、「どういたしまして」と笑った顔は15歳の少女らしいあどけないものだった。




