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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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68.死後の世界ではないらしい

 カサラング邸に行くと言ったのは失敗だったかもしれない。そう思ったのは用意された馬車を見た時だった。


 私1人だからいつもより小さい乗り物なのはいいとしても、窓が一つもないっていうのはあんまりだ。こんな馬車に乗りたくないなと思いながらも半ば強引に押し込められた。


 私が腰かけるのを待たず、ドアがバタンと大きな音を立てて閉まった。多分鍵をかけているのだろう。ガチャガチャという金属音がする。


 まさか電気もないなんて……

 窓も電気もない馬車の中は、完全なる暗闇だ。ガタガタという音と揺れで、馬車が走り出したことだけは分かった。


 私は閉所恐怖症でも暗所恐怖症でもないけど、この状態は結構きついかもしれない。

 

 今の正確な時間は分からないけど、おそらく午前2時半くらいだろう。暗闇と馬車の揺れが眠気を誘う。


 私どうなっちゃうんだろ?

 この扱いを見ると、罪人だと思われてるってことだろうけど……


 私が人に頼んでウィルを襲わせるなんてあるわけないじゃない。だいたい私はずっと王宮にいたのに、どうやって襲撃なんてするような危険人物に接触するっていうのよ。まぁ説明したら分かってもらえると思うけど……間違いにしても失礼な話だ。


 そんなことを考えているうちに、いつのまにか眠っていたらしい。聞き慣れぬ声で目が覚めた。


「このような時に眠れるとは、たいしたものですね」


 馬車は止まっているのか、揺れはなかった。

 もう朝なのだろう。開け放たれたドアから明るい光が差し込んでいる。その光が私の前に座る人物を照らし出す。


 だ、誰なの?

 驚きでバッチリ目が覚めた。


 真っ黒なフードと真っ黒なマスク、真っ黒なマントと、見るからに悪人キャラがそこにはいた。顔はよく見えないけれど、体格からして男性だろう。


 怪しい男が動いたので反射的に体を後ろにずらした。恐怖で声が出ない。男の手にキラリと光る短剣が見えた。


「動かないでくださいよ。失敗したら困るので……」


 失敗って何? ってか私、刺されちゃうの? そんなの嫌すぎる!!


 怖くて身動きはとれないけれど、馬車の扉が開いたままなのは明るさで分かる。飛び出したら逃げられるだろうか?


 一か八か……

 私が腰を浮かし出口に体を向けた途端に、怪しい男も動いた。後ろから羽交い締めにされ、男の大きな手で口を塞がれる。


「危ないから動かないでくださいと言ったのに」

 男がため息をついた。


「仕方ありませんね」

 私の口を塞いでいた手が今度は私の口をこじあける。何か入れられたと思うと同時に苦味が広がる。


 何これ何これ? 

 苦味に対抗しようと口の中に唾液が溢れてくるけれど、こんなの飲み込みたくない。なんとか吐き出そうともがくが、羽交い締めにされたまま逃げ出すことができない。抗っても全く歯が立たず、口に広がった苦味は喉の奥へと流れていった。


 もうダメだぁ。溢れ出た涙で目が滲む。

「そんなにおびえなくても、大丈夫ですよ。少し眠っていただくだけですから」


 私を羽交い締めにしたまま私の耳元でささやいた男の声は、恐ろしい見た目に反してとても穏やかだった。


 だんだんと体から力が抜けていく。これじゃあ羽交い締めにされていることでかろうじて立っているようなものだ。


 ウィル……助けて……

 私の意識はそこでプッツリと切れてしまった。



☆ ☆ ☆



 ううっ、気持ち悪い……

 何だか体が揺れている気がするし、頭もクラクラする。


 私一体どうしたんだっけ?

 さっき怪しい男に何か飲まされたということをぼんやりと思い出した。


 私……死んじゃったのかな……それとも夢だったとか?


 もやのかかったようにすっきりしない頭のまま前を見ていると視界が小刻みに上下に動く。やっぱりこれは、どう考えても揺れている。というか、まるで飛んでるみたい……


 そっかぁ。私、死んで鳥になったのね。

 悲しいというより変な満足感を感じながら、体に当たる風の速さを楽しむ。このスピードで飛んでるということは、きっと私はハヤブサになったのだろう。目にうつる景色の流れ方で、自分がものすごいスピードで前に進んでいることが分かった。


 ……でもハヤブサにしてはあまりにも低く飛びすぎじゃない? 


 ここは林の中だろうか? 見えるのは木々ばかりで全く面白くない。せっかく鳥になったのなら大空に羽ばたかなきゃ損だ。


 えいっ。


 飛び方は分からないけど、とりあえず手を大きく広げてバタつかせた。


「何やってんだよ、あぶねーだろ」


 怒鳴り声がしたかと思うと体がガクンと前のめりになった。がっしりとした腕が伸びて、私の体を抱きとめる。


 あれっ?


 私を抱える腕の主の顔を見て固まってしまう。

 なんでエドワード様がここにいるの?


「エドワード様も死んじゃったんですか?」


「何ねぼけてんだよ。俺が死ぬわけねーだろ」

 驚く私にエドワードは呆れたような顔を見せた。


「えっ、でも……」


「悪いが今は話してる余裕はねぇんだ。後にしてくれ」


 エドワードは視線を前に向け、馬を走らせる。どうやら飛んでると思ったのは勘違いで、私はエドワードに支えられて馬に乗っていたようだ。


 人間というのは、死んだ後でも夢を見るものなのね。でもどうせならエドワード様よりウィルの夢が見たかった……そう思いながら、私の意識は再び深い沼に沈んでしまった。


 くしゅん。

 それから何時間たったのか、自分のくしゃみで目が覚めて驚いた。なぜだか私は小さな湖のほとりで眠っていたらしい。


 湖は四方をうっそうとした林に囲まれている。もうすぐ夜がくるのだろう。見上げると空はすでに薄暗い。


 これが死後の世界っていうやつなのだろうか。恐ろしいほどの静寂の中ただ一人で立ちつくす。


 私本当に死んじゃったのね……

 悲しさや虚しさといった感情がこみあげてくる。


「なんだ、起きてたのか」

 突然後ろから声をかけられて、思わず腰が抜けそうになった。


「エドワード様!? もうびっくりさせないでくださいよ」


「お前が勝手に驚いただけだろ」


 そう言って私の顔を見たエドワードの手が止まる。林の中で集めてきたらしい小枝置くと、私の側までやって来る。


「何泣いてるんだよ?」


 そう言われて初めて自分が涙を流していることに気がついた。私の涙をぬぐうエドワードの手の感触はリアルで、とても夢だとは思えないくらい温かかった。


「エドワード様は悲しくないんですか?」


「俺が? なんで俺が悲しまなきゃいけねーんだ?」


「だって死んじゃったんですよね? もっと生きたかったとか思いませんか?」


 エドワードは意味が分からないといったように首をひねった。


「一体誰が死んだんだって?」


「えっ? エドワード様と私ですけど……」

 エドワードが眉間に指を当て、はぁっとため息をついた。


「そうか……俺達は死んだのか……」


「エ、エドワード……様?」

 エドワードの手が私の頬に優しく触れる。


 えっ、何この展開? 甘い雰囲気になりそうな予感に心臓が大きな音を立て始める。


「いったぁーい」

 予期せぬ痛みに、頬をおさえた。

「いきなりつねるなんて、酷いじゃないですか!!」


「お前がおかしな事言ってるから、目を覚ましてやったんだよ」


「キスされるのかも」なんて身構えた私がバカだった。私とエドワードの間に、そんな甘い出来事があるわけないじゃない。


 まだ痛む頬をさする私を見てエドワードが笑った。


「それだけ痛けりゃ、これが現実だって分かっただろ?」


 確かに痛かった。ということは、本当に現実ってことなの?


「じゃあ私は生きてるんですか?」


「当たり前だろ。だいたいなんで死んだなんて思ったんだ?」


「それは……」


 キュルキュルキュル

 馬車で知らない男に羽交い締めにされたからだと返事をする前に、私のお腹が盛大な音を立てた。


「色気のかけらもない音だな」


 エドワードが信じられないというような顔で私を見るけど、しょうがないじゃない。だって死んでないって分かって安心したら気が緩んじゃったんだもの。だいたいお腹の音に色気も何もあったもんじゃない。


「まぁいい、すぐ飯にするから座って待ってろ」


「じゃあ私も何かお手伝いします」


「いいから大人しく座ってろ」


 命令口調で言われてしまったので、逆らうことなくそばにあった平たい石に腰かけた。エドワードは慣れた手つきであっというまに火を起こし、集めてきた小枝で焚き火をつくりあげてた。焚き火のサイドに支柱をたて、鍋を吊るす。


「すごいですね」


「こんなの誰でもできるだろ」


 手際の良さに驚いて拍手を送る私に、大したことないとエドワードは言いながら荷物の中から木の器を二つ取り出した。


「用意がいいんですね」


「まぁ、野宿になるのは分かってたからな」

 エドワードが火の側に腰かけ鍋の中身を確認した。


「そういえば……どうして私はエドワード様とこんな場所にいるんですか?」


 私の部屋に押し入った副団長は、エドワードは休暇でしばらく王宮にはいないと言っていたっけ。


「休暇中にたまたま私を見つけて助けてくれたんですか?」

 だとしたら私はものすごく運がいい。


「よし、いい感じだ」

 鍋を確認していたエドワードは私の質問に答えることなく出来上がったスープを器によそった。


「ほら、食えよ」


 湯気と共にコンソメのような香りが立ち上り、私のお腹が再びキュルキュルと音をたてた。


「はぁ、美味しい……」


 温かいスープが冷えた体を内から温めてくれる。塩味のシンプルなスープはほっとするような優しい味で、私の疲れた心にまで染み込んでくるみたいだ。


「ごちそうさまでした」

 おかわりも合わせて結局4杯も食べてしまった。お腹もいっぱいだし、体も温まったし……


「はぁ、幸せ……」


「こんな時に幸せとかよく言えるな」


 火が消えぬように小枝を放り込むエドワードの横顔が、強まった焚き火の炎に照らされる。


「だってさっきまで死んだと思ってたんですよ。生きて美味しいものを食べてお腹いっぱいなんて、幸せ以外ないじゃないですか」


 突然エドワードの手が伸び、私の顎をくいっと持ち上げた。


 こ、この体勢は……エドワードの真剣な眼差しから目がそらせない。

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