65.拘束
「もうアリス様ったら。本当に可愛らしいんですから」
っと言うなり、キャロラインが私に抱きついてくる。
あれ? 何この予想外の反応……
もしかしたら拒否されるかもしれないと恐る恐る尋ねたのに、嫌な顔をされるどころか嬉しそうな顔をされてしまった。
「もちろん一緒にいますわ。アリス様が望まれるなら朝までだってご一緒します」
よかった。今一人になったら何だか暗い事ばかり考えちゃいそうで不安だったのだ。
「辛いようでしたら泣いても構いませんよ」
キャロラインが私の顔を覗き込む。
心配はありがたいけれど、今のところ涙は出そうにない。悲しいのは悲しいのに、泣きたいとは思わないのだ。体も頭もただただ呆然に近い脱力感に支配されている。
パジャマパーティーの再開ということで、アナベルがノンアルコールホットワインを運んでくる。私の前に耐熱グラスを置くやいなや、「私はまだ納得いきません。アリス様とウィルバート様が別れたなんて何かの間違いです」っとアナベルが叫ぶように言った。
「アリス様、よく思い出してください。ウィルバート様は何とおっしゃったんですか?」
そんな事言われても……できればあまり思い出したくない。それでも納得しないアナベルのため、記憶をたどる。
「ウィルは……ごめんねって謝ってくれたわ。あっ、あと王宮に帰って来てほしいって言ってたかな」
「それだけですか? 別れようって言われたわけじゃないんですか?」
うーんと……あれ?
別れようって言われたような、言われてないような……どっちだったっけ?
はっきりしない私を見て、アナベルとキャロライン、そしてキャロラインの侍女の3人が顔を見合わせる。
「キャロライン様、どう思われます?」
アナベルの問いかけに、キャロラインが「そうですねぇ」っと首を傾げた。
「ウィルバート様はアリス様に関わる事においては非常にポンコツですからねぇ。別れたのではなく、ただ意思の疎通がうまくいっていないだけとも考えられますね」
アナベルはキャロラインに激しく同意しているけど、二人とも!! 自分の国の王太子をポンコツ呼ばわりするのは、いくらなんでもひどくないかしら。
「ウィルは私のことでポンコツなんかにはなりませんよ。もしあんなに素敵なウィルがポンコツなら、この世の中の全ての男性はポンコツになっちゃうじゃないですか」
反論する私を、アナベルは憐れむような目で見つめている。
「アリス様も恋愛に関してはポンコツですから」
だからポンコツって……
もっと他にいい言い方はないのかしら。
確かに私は恋愛に関してはダメダメかもしれないけれど、ポンコツとまで言われる筋合いはない。
ムッとする私のことなどお構いなしに、キャロラインとアナベルは何やら意気投合している。
「アリス様、誤解しないでくださいね。わたくしはウィルバート様の事を、王太子としては素晴らしい方だと尊敬していますのよ」
キャロラインはおかしそうにうふふっと笑った。
「でもそういう尊敬すらも打ち消すほどのポンコツ具合を発揮させてしまうのが恋というものなんのでしょうね」
おーい、何を言ってるんですか?
アナベルもキャロラインの侍女も、うんうんって頷いてるけど、本当に意味分かってるんだろうか? 悪いけど私にはさっぱりだ。
でもこのわけの分からない会話とわちゃわちゃした雰囲気のおかげで、どん底に落ちる事なくいつもの私でいられたのかもしれない。
いつもは落ち着いているキャロラインが少しだけハイテンションなのはきっと、私のことを励ましてくれるためだろう。
やっぱりキャロライン様に一緒にいてもらえてよかった。そんな風に思いながら何時間過ごしただろう。たいして意味のない会話を楽しみながら、少し眠気を感じ始めた頃だった。
バタン。
無遠慮に勢いよく開け放たれたドアから数名の騎士が流れ混んできた。面識はなかったが、騎士の中でもかなり上の位の者だろう。身につけているものが王立騎士団団長であるエドワードと同じものだ。
王立騎士団はパッと見ただけでどの隊に所属するものなのかが分かるようになっている。騎士の制服は同じように見えてボタンの数や配置が微妙に違うのだ。
私はいまだにパッと見てどの隊がどの制服か分からないけれど、エドワード達王立騎士団トップの騎士達の服装だけは見分けがついた。
なんてったって隊服の色が違うのだ。
アーノルド達5つの小隊のメンバーのジャケットは紺色で、エドワードの隊服は、どうしてこんなに動き回って服が汚れないんだと思うほどに真っ白だ。
エドワードと同じ白を着ているということは、騎士団のお偉いさん、つまり王立騎士団の5つの小隊には属さずその小隊全てをまとめ上げる、騎士の中でも優秀な者達ってことだ。
「アリス様でいらっしゃいますね?」
一番最初に部屋へ入ってきた男が私に尋ねた。
獲物を前にした肉食獣のような鋭い眼光を注がれて声が出ない。
「王立騎士団副団長ともあろうお方が、このような時間に許しもなく部屋に押し入るのはいかがなものでしょう?」
私が返事をする前にキャロラインが口を開いた。
「こ、これはキャロライン様!!」
どうやらキャロラインとその男は面識があるらしい。副団長と言われたその男は明らかに狼狽えている。
「も、申し訳ございません。まさかキャロライン様がそのようなお姿でいらっしゃるとは思っておりませんでしたので……」
ナイトドレス姿のキャロラインを直視できないのか視線が定まらない。まぁこんな綺麗な人が肌の透けてる服でいるんだもの、目のやり場に困るのも当然よね。っと思うと同時に、全く同じ服を着ているのに戸惑われるどころか睨まれる私って……もともと自分の容姿に自信なんかないけれど、また一段と自信をなくしてしまいそうだ。
「アリス様はわたくしの大切なご友人であり、ウィルバート様にとっても大切なお方です。このような無礼なこと、許されませんわ」
毅然とした態度で騎士達に向かうキャロライン様は惚れ惚れするほど美しい。だからといって副団長達もいつまでも狼狽えてはいない。
「先程ウィルバート殿下が賊の襲撃にあいました。その賊に襲撃を指示したとして、アリス様の確保命令が出ております」
「……えっ、襲撃!? っていうか、えっ? 確保って、えっ、何で?」
頭の中が??? っとこんがらがっているうちに、二人の騎士にがしっと両腕を掴まれた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
振り払おうと思っても、これだけがっちりと掴まれては逃れるどころか腕を動かすこともできやしない。
「アリス様の確保命令なんて、何を馬鹿なことを!! 今すぐその手をお離しなさい」
「申し訳ありません。これが我々の任務ですので」
キャロラインが騎士達に詰め寄るが、副団長はそう即答した。
「あなたでは話になりませんわ。お兄様とお話しして解放していただきます。エドワード兄様はどちらです?」
「残念ですが、団長は今休暇をとられています」
「休暇ですって? あのエドワード兄様がですか?」
「はい。1週間ほど旅に出ると言って出ていかれました」
「そんな……」
驚愕なのか絶望なのか、なんとも言えない表情を浮かべるキャロラインのことを気にしながらも、副団長は私を連れ出すよう命じた。
「アリス様をどこへ連れて行くというのですか?」
「カサラング邸ですよ。アリス様にはそちらで取り調べを受けていただくことになります」
「取り調べですって!?」
キャロラインが驚きの声をあげると同時に、私の横にいるアナベルが体を震わせた。
副団長はキャロラインを推しやってまで任務を遂行することはできないようで、副団長とキャロラインの攻防戦は続いている。そんな2人を前に腕をがっしりと掴まれたままの私は身動きがとれない。
このまま無理矢理私を連れて行くのはキャロラインの手前無理だと思ったのか、副団長は私に語りかけはじめた。
「このままこちらにいては身の潔白も証明できませをん。どうかアリス様、御同行ください」
いまだに腕は掴まれたままなのが気になるけれど、先程までの態度とは違い頭を下げてお願いされたら断りにくい。
「いいですよ」
「アリス様!?」
キャロラインとアナベルが驚きの声を上げ私を見た。二人は行くのは危険だと言うけれど、私はこのまま犯人みたいに扱われるなんていやだ。取り調べって言っても拷問されるわけじゃないだろうし、さっさと行ってさっさと身の潔白を証明した方が気が楽だ。
「あ、でも……行く前に一つお願いが……このままの格好じゃ恥ずかしいので、出かける準備をさせてください」
副団長は私の姿をマジマジと見る。
言われて初めて私がナイトドレスを着ていると気がついたらしく、副団長は私の腕を離すよう指示した。ずっと掴まれていたせいで血の巡りが悪かったのか腕がだるい。
「ではお着替えの間扉の外でお待ちいたします。用意ができたらお声掛けください」
キャロラインの時みたいに少しは動揺してほしいもんだわ。ナイトドレス姿の私を見ても副団長達全員が全く無反応なことがなんだか切ない。
やっぱり私ってばその程度の女ってことよね……
このなんとも言えないやりきれなさのおかげで、今から連行されるという不安は全く感じなかった。




