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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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63.笑顔でお別れ

「いやぁ、今夜は本当に楽しいねぇ」


 はっはっはと豪快に笑うデンバー公爵につられて、私も思わず声を出して笑った。


 キャロラインと共にデンバー邸へ来て早3日が経った。今日はキャロラインの父であるデンバー公爵と初めての夕食会だ。公爵は見た目こそ綺麗な口髭のいかついおじさんだが、とても陽気で話しやすい。


「私もこんなに楽しい夕食は久しぶりです」


「おや、王宮での食事はつまらないのかい?」


「そういうわけではないんですが……」


 つまらないわけではないが楽しいわけでもない。ウィルとグレースと三人で過ごす私の複雑な気持ちを的確に表現する言葉が思いつかない。


「アリス様は毎日グレース様とお食事されていたそうですわ」

 キャロラインが口をはさんだ。


「グレースというと、カサラング家の娘さんかな?」


「ええ、そうですわ」

 そう答えたキャロラインを見て、デンバー公爵がにやりと笑った。


「ほぉ、それでキャロラインはやきもちをやいているのか」


「やきもちなどやいてませんわ。ただウィルバート様のなさりようは、あまりにも公平さに欠けるものだと思っているだけです」


 そんなキャロラインを見てうんうんと頷きながら、デンバー公爵が感慨深けな声を出した。


「キャロラインがやきもちをやく姿を見れるとは……なぁ、サブリナ」


「ええ、あなた。嬉しいですわね」

 サブリナ様が愛おしむような瞳でキャロラインを見つめた。


「幼い頃から公爵家の娘として完璧すぎるほど完璧に振る舞ってきましたからね。あなたが心を開ける方が見つかったのは、母としてとても嬉しいことです」


「父も嬉しいぞ。他人に全く興味がなかったお前が、やきもちをやくほど人を好きになったんだからなぁ」


 二人の言葉にキャロラインは恥ずかしそうに頬を染めた。

「これはやきもちではなく正当な……もういいですわ」


 ニコニコしている二人に何を言っても無駄だと思ったのか、キャロラインは口をつぐんだ。公爵夫妻がキャロラインの事を本当に大切に思っていることが、二人の顔を見るだけでよく分かった。愛情溢れる三人の微笑ましい様子は、見ていて温かい気持ちになる。


「そうそう、グレース嬢で思い出したが、殿下は春喜宴のパートナー変更に難儀しているようだよ」


 ウィルはグレースにパートナーを辞退して欲しいようだが、グレースには全くその気がなくて困っているらしい。


「もしかすると、グレース嬢も本気で王太子妃の座を狙っているのかもしれないね」


 ズキン。

 公爵の言葉に胸が痛んだ。


 王太子妃の座を狙っている……

 それはつまり、グレースがウィルと結婚したいと思ってるってことだ。グレースがウィルのことを好きなのは明らかなので、グレースがウィルと結婚したいと思っていてもおかしくない。


 ウィルとグレースの結婚。

 二人のことを想像するだけで胸が苦しい。


「全くウィルバート様ったら情けないこと」

 意に沿わぬ者が自分に近づけぬよう前もって手をうつべきだったのにと、キャロラインは冷たく言い放つ。

 

「でもよかったじゃないか」

 公爵はワイン片手にご機嫌だ。


「グレース嬢が春喜宴で殿下のパートナーになるのなら、アリス様にはエドワードのパートナーになってもらえばいいんだから」


 へっ?


「まぁお父様、いいお考えですわ」


 顔を輝かせ手を叩いているキャロラインには悪いけど、全くもっていい考えでも何でもない。エドワードのパートナーだなんて、そんなおそろしい事は絶対にお断りだ。


 私そっちのけで盛り上がるキャロライン達に、「エドワード様のパートナーにはなれません」とはっきり言っても全く伝わらない。


 まずい!! このままじゃいつもみたいに流されてパートナーにされてしまう。


 っと、私以上に慌てた様子のメイドが部屋に駆け込んで来た。


 どうかしたのかと問いかける公爵に、メイドは「はい、あの……」っと言いにくそうに口ごもり、公爵の耳元で何かを伝えた。


 何か問題でも起こったのだろうか?

 メイドの話を聞いた公爵の眉間に皺が寄る。


「どうやら来客があったようなので、少し失礼させてもらいますよ」


 立ち上がった公爵が私を見て意味ありげな笑みを浮かべた。その事が私の不安を駆り立てる。


 公爵が戻ってきたのは、それから数分後のことだった。公爵と共に部屋に入ってきた人物を見て、サブリナ様とキャロラインが立ち上がる。もちろん私もナイフとフォークを置き、慌てて立ち上がった。


「ウィルバート様、ようこそいらっしゃいました」


「連絡もせず、突然訪ねて申し訳ありません。どうしてもアリスに会いたかったもので」


 ドクン。

 サブリナ様と挨拶を交わすウィルバートの言葉に心臓が大きな音を立てた。


「いやぁ、思っていたより早くばれてしまったようですね」

 はっはっはっと公爵が豪快に笑った。


 公爵からは、ウィルには私の居場所が分からぬよう撹乱しておいたと聞いていた。ウィルは、ただにっこりと笑っているので感情が読めない。


 公爵からの「是非殿下も一緒に夕食を」っという誘いを断り、ウィルは私に二人きりで話したいと言った。何やらこの後は予定があるので、あまり時間がとれないらしい。


「カサラング家の晩餐会ですね?」


「そうです」と答えたウィルに、公爵は「今宵のパートナーはグレース嬢ですかな?」っと軽い口調で尋ねた。


 そっか……ウィルはこれからカサラング家の晩餐会に行くんだ……


 だからいつもより華やかな服を着ているのね。白地の服には胸元も首回りも綺麗な薄い水色の刺繍がしてありとても綺麗だ。


 ワイン瓶を持ち上げ「まぁ少しくらい遅れてもいいじゃないですか。ワインだけでもどうですか?」っと尋ねた公爵に断りをいれ、ウィルは私に二人で話そうと告げる。


 私は別に構わないけど……こういう夕食の途中で席を外すのはマナー違反だったはずだ。チラッと視線を向けると公爵はニヤリと笑い小さく頷いた。


 部屋を用意すると言う公爵に、時間がもったいないので私が今使っている部屋でいいと告げ、ウィルと私は部屋を移動した。


 ウィルと二人きりなんていつ以来だろう。ここ最近はいつもグレースがいたので、二人きりという状況はずいぶん久しぶりのような気がする。


 時間がないのにわざわざこうして会いに来て私と二人きりで話したいって言うなんて……きっと別れ話だろう。


 この3日、ウィルから離れてひとりでゆっくりと考えてみた。この世界に来てから今までのことを思い出し、いっぱいいっぱい考えた。


 そして悲しいけれど、何度考えてもやはりウィルの私への愛情はなくなってしまったという結論しか出なかった。グレースが王宮で暮らし始めてからのウィルを毎日見ていた私にはよく分かる。ウィルは今グレースのことを大切に想っている。


 誠実で優しいウィルのことだ。今夜の晩餐会でグレースをエスコートする前に、私にきちんと別れ話をしようと思ったのだろう。私みたいな仮の恋人相手にもきちんと筋を通してくれるなんて。ありがたいと思わなきゃダメよね。私も笑顔で受け入れなくてはいけない。


「あぁ、アリス……会いたかった……」


 部屋に入るなり、なぜだか私を引き寄せようとするウィルの腕をひょいっとかわすと、ウィルは「えっ?」という驚いた表情を見せた。そんな表情をされると思っていなかったので私も驚きだ。


「あの、お話というのは?」


 ウィルが座ってゆっくり話そうと私をソファーへと誘う。でもあまり時間がないのなら、さっさとすましてしまった方がいい。


「でもお時間がないのでしょう?」


「確かにそうなんだけど……まぁ座っておくれ」


 仕方なくソファーに腰掛けると隣に座ったウィルが私の顔を覗き込んだ。じっと観察するように見つめられると、緊張で息苦しくなってくる。


「よかった」

 安心したようにウィルが笑った。


「キャロライン嬢から誘拐するという手紙をもらったから心配していたんだよ。アリスが元気そうでよかった」


「心配かけてすいません」


 頭を下げる私にウィルは、「抱きしめさせてくれたら許してあげるよ」っと冗談っぽく笑って言った。

 

「え? どうしてですか?」


「どうしてって……分からないかい?」


 うーん……最後だからとか?

 別れる時にハグしたりキスしたりっていうのは聞いた事はあるけど……


 今ウィルに抱きしめられたりしたら、きっと私は泣いてしまう。そしたらウィルだって困るだろうし、最悪だって思われたくない。


「あの……今は困ります」

 

「そっか」っと呟いて、ウィルが俯く私の頭を優しく撫でた。こんな風に優しく触れられるなんて本当に久しぶりのことだ。ウィルの大きな手に撫でられるのはとても気持ちが良い。


 やばい。泣いてしまいそう。

 笑え、アリス!! 何があっても笑うのよ!!

 心の中で自分を必死に励まし続ける。


「ウィルの話したい事は分かっています。ですから早くグレース様を迎えに行ってあげてください」


「アリス……」


 ウィルは複雑な表情をして「ごめんね」っと呟くように謝った。

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