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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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60.ウィルバートは諦めない

 公爵の話を聞いて初めて知ったのだが、これまで「是非娘を王太子妃に」的な売り込みはほとんどなかったらしい。どの夜会や舞踏会にもキャロラインを伴っていたので、もう王太子妃は決定したようなものだと認識されていたようだ。


 王太子妃は決定していても、うまく王太子に気に入られれば側室や愛人にはなれるかも……そう思う貴族は父ではなく、直接わたしの元へ娘を送り込んでくる。このことは学園などでガンガンおしてくる積極的な令嬢達のことを思い出すと納得できる話だ。


 だが年忘れの夜会に、わたしはキャロラインではなくアリスをパートナーとして連れて行った。それによって、王太子妃はキャロラインで決まりだという貴族間の暗黙の了解が破られてしまった。


「言いにくい話だが、キャロラインには勝てなくともアリス相手なら楽勝だと思う貴族も多くいるからなぁ」


 言いにくいと言いながら、全く躊躇することなくそう言い切ってしまう父の態度に多少の腹立たしさを感じる。


 だがしかし、父の言うことも分からなくはない。この国の貴族社会においては、確固たる身分のないアリスが軽く見られる可能性があるのは仕方のないことだ。しかも、アリスは振る舞いや考え方が貴族社会の常識とは異なっている。まぁそれがアリスのいい所なのだが、軽視されてしまう理由でもある。


「あまり気にしない方がよろしいですよ。なんせ我が家の娘は完璧ですからね。アリス様がどれだけ素晴らしくとも、見劣りしてしまうのは当然の事です」


 公爵はフォローしたつもりなのかもしれないが、全くもってフォローになっていない。

「親バカかよ」っとアーノルドは笑っているが、実際のキャロラインを知る者はなかなか笑えないだろう。


 王太子として厳しく教育されてきたわたしから見ても、キャロラインは完璧な令嬢だった。容姿もさることながら、身のこなしやマナー、教養まで非の打ち所がないほどの素晴らしさだ。


「ウィルバート、誤解のないように言っておくが、わたしはアリスをとても気に入っているんだよ。わたしだけではない。メイシーも、ここにいる公爵だってアリスに好感を持っているよ」


 父の言葉に、公爵はがはははっと豪快な笑い声をあげた。


「では……パートナーを変更することに異存はありませんね?」

 わたしの言葉に父と公爵は顔を見合わせた。


「異存はないと言いたいところだが……変更するのは難しいだろうね」


 国王である父が一度許可した事を覆すのは、父ですら難しいことだ。パートナーを変える方法があるとすれば、グレースに自らパートナーを辞退してもらう事くらいか。


「難しいかもしれませんが、なんとかグレース嬢から断ってもらえるようにするつもりです」


 とはいえ、まだ何も策は思いついていない。


「本来なら我がデンバー家のためにも、ウィルバート様に協力したいのですが……今回はなかなか難しいですな」


 先程までの陽気な口調とは変わり、公爵は真面目な表情をみせた。その表情は暗にパートナー変更は望みなしだと語っている。


「なぜですか?」


「相手があのカサラング公爵だからですよ。娘をこけにされたと怒りかねません。殿下もアリス嬢に危害が及ぶのは避けたいでしょう?」


「一度決まったパートナーからグレース外してカサラング公爵を怒らせるのは厄介だ」と公爵は言った。もしグレースをパートナーから外し、アリスを新たなパートナーにしたら、プライドを傷つけられた公爵がアリスに危害を加えかねないというのだ。


 カサラング公爵は、自分の目的のためなら手段を選ばないと言われている。悪名高いカサラング公爵が、おとなしく引き下がってくれるとは思えないというのが公爵の見解だ。


 どうやら父も公爵と同じ考えらしい。

 パートナー解消により、カサラング公爵が何か悪巧みをするのではないかと心配している。


「いいか、アリスを傷つけたくなかったら、お前のやることは一つだ」


 父がびしっとわたしを指差した。


「春喜宴にはグレースと出ろ。でもあまり親しくはならないようにすること。そして出来るだけ早くアリスと婚約するんだな。以上」


 いや、一つじゃないじゃないか。

 バッチリきまった……そんな顔で満足そうにポーズをきめている父に、つっこみたくなる気持ちをぐっと押さえた。


 父や公爵の心配するようにアリスが危険な目にあうことは避けなくてはいけない。でもパートナーをアリスにすることも諦めたくない。


 なんとかする方法が必ず見つかるはずだ。

 父には適当に頷きながら、わたしはまだアリスを諦めるつもりはなかった。


「でもこれでキャロラインの手紙の意味が分かったな」


 アーノルドに言われ、初めてその事に気が付いた。キャロラインは自分がわたしのパートナーになりたいからではなく、アリスのために春喜宴のパートナーを変更するよう要求しているのだろう。


 っと、ここであることに引っかかる。キャロラインの目的がわたしの想像通りなら、キャロラインはグレースが春喜宴でわたしのパートナーになるという話を知っていたという事じゃないか!!


 そしてアリスを連れて出て行ったということは、アリスもパートナーの話を聞いてしまったかもしれない。


 それはマズイ。もしアリスがパートナー変更は父がカサラング公爵に押し切られただけと知らず、わたしが望んだものだと勘違いしていたら最悪だ。


 慌てて立ち上がった途端、後ろに下げた椅子がガタンと音を立てて倒れた。ルーカスが慌てて飛んで来て椅子を元に戻す。わたしの突然の行動に驚いた父と公爵は、目を丸くしてわたしの方を見た。


「アリスを迎えに行ってきます」

 まだ飲み足りない様子のアーノルドにグラスを置かせ席を立たせる。


「どちらへ行かれるおつもりですかな?」

 

 そんなわたし達の様子を見ていた公爵が左手で口髭を触りながら尋ねた。


「デンバー邸ですよ。キャロラインがアリスを連れ去った事はご存知でしょう?」


 いくらキャロラインが国で一番力のある公爵家の娘だとしても、王太子であるわたしの恋人を無断で王宮から連れ出すことはできない。公爵である自らの父と、国王であるわたしの父には話を通しているはずだ。


 わたしの想像とおり、二人はキャロラインがアリスを誘拐した事を知っていた。というより、キャロラインから誘拐の許可を求められていたようだ。


「父上!! なぜそのような許可を出したんですか!?」

 

 一体父はどこまでわたしの恋を邪魔する気なのだ!! グレースをわたしのパートナーにしただけでも腹立たしいのに、アリスがわたしの側からいなくなる事を認めるなんて。これが親のすることか!!


「まぁまぁ。アリス様はキャロラインと殿下の結婚を望まれるくらいまで追い込まれていたようですし、いちど離れてみるのもいいかもしれませんよ」


 えっ……?

 アリスが追い込まれていた? キャロラインと私の結婚を……えっ? 何だ?


 全く話についていけず戸惑うわたしに、父はやれやれっという顔をしてみせた。父から話を聞かされ、体中の力が抜けていく。脱力しすぎて、ついには椅子に崩れ込むようにして座ってしまった。


 父がキャロラインから聞いたという、アリスを誘拐するに至った経緯はわたしにとっては寝耳に水だった。

 

 まさかわたしの知らない間にアリスがそんなにも苦しんでいたなんて……


「やったな。当て馬作戦大成功じゃねぇか」

 アーノルドが揶揄うようにピューっと軽い口笛を吹いた。


「成功なわけないだろう」


「でもアリスがお前とグレースの関係に苦しんでるんだから似たようなもんだろ」


 いや違う。全く違う。わたしはただアリスがグレースへの嫉妬によって、わたしへの恋心を自覚してくれるだけでよかったんだ。それがどうして、泣きながらキャロラインと結婚して欲しいと叫ぶ事になってしまったのだろう? アリスはわたしとキャロラインが結婚してもいいと思っているのだろうか? アリスはわたしが思うよりもわたしのことを好きではないのだろうか?


 今すぐにでもアリスの気持ちを確認しなくては。挨拶もなしに駆け出したわたしを公爵が呼びとめる。


「殿下、私の屋敷に行っても無駄ですよ」

 誘拐なのだから、キャロラインがデンバー邸へ帰るわけがないと公爵は笑っている。


 ではどこにいるのか?

 わたしの質問に公爵は自分も知らないと首を振った。


「知らない? そんな事があるわけないでしょう」


 公爵が居場所を知らなくて、誰が知っているというんだ。


「正確な場所は知りません。まぁ我が家の領地のどこかにいると思いますけどね」

 

 いや……ガハハハって、何がそんなにおかしいんだ。豪快に笑う公爵に対して敵意にも似た感情がわいてくる。


 アリス達が広大な公爵の領地のどこにいるのか分からないという事実はわたしを絶望に突き落とした。わたしが探しに行ったとしても、すぐには見つからないだろう。

 

 もういい。こうなっては仕方ない。アリス探しはアーノルドの部下に命じて、先に邪魔な方を片付けてしまおう。


「ルーカス、グレース嬢のところへ行っておくれ。先程の夕食の件をオッケーしてくるんだ」

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