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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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57.不穏な茶会

 もちろん私も少なからずショックを受けた者の一人だ。

 

 グレースがウィルのパートナーに……やっぱりなっという思いと、何でなの? という思いが私の中で混じり合っている。


 ウィルがグレースの事を気に入っているのは、私の目から見ても明らかだった。グレースと一緒の時のウィルはいつも凛々しく、見慣れている私ですら見惚れてしまう程美しい笑顔をしている。


 グレースと共に笑い合うウィルの楽しそうな顔を見るのは嬉しかったけれど、同時に寂しさも感じてしまう。私と二人きりの時よりもグレースといる方が楽しいのだと実感してしまうからだ。


 ウィルがグレースをパートナーにと思うのも当然よね。


 それでも心のどこかでウィルは私の事を選んでくれるような気がしていたなんて。私ってばいつからこんな自惚れ屋になったんだろう。


「キャロライン様のそのお顔、もしかしてまたわたくしの妄想だと思われていますか?」


 グレースは至極ご満悦の笑みを浮かべているが、キャロラインは動じていない。


「驚きましたわ。グレース様が春喜宴に出席されるなんて珍しいですね」


 どうやらグレースは人が多い所や賑やかな場所は苦手なようだ。夜会などには滅多に顔を出さないため、私が出た年末の夜会にも出ていなかったらしい。


「おっしゃる通りわたくし夜会は苦手なのですけれど、今回はロバート国王直々にお願いされましたのでお断りできなくて……」


 困ったような口ぶりだが、その表情からは自慢したくてたまらないことが読み取れる。


「嫌ならお断りすればよろしいのに」

 私の横でアナベルがボソッと呟いた。


「何かおっしゃいまして?」


「いいえ、別に何も。」

 悪びれる様子もなくアナベルはにっこりと微笑んだ。


 んもうっ、アナベルったら……

 グレースに聞こえるように言ったのが丸わかりだ。


 アナベルの呟きはグレースにも聞こえていたのだろう。グレースの勝ち誇ったような顔は、今度はアナベルへと向けられている。


「お断りしたくてもできませんでしたの。年末の夜会ではウィルバート様のパートナーがそれはそれは酷かったというお話をお聞きしましたので……」


「なっ!!」


 アナベルが怒りで顔を真っ赤にするが、さすがに立場上グレースに言い返すことはできない。奥歯を噛み締め耐えているせいか、握りしめた拳が小刻みに震えている。


 年末の夜会のパートナーは酷かった……

 その言葉が私の胸に突き刺さった。


「アリス様もお聞きになりましたか? 前回のパートナーは何でも貧しい家の方で、夜会に出られるのが初めてだったとか」


 グレースに返す言葉が見つからない。

「貧しいから夜会に出た事がないわけじゃないわよ!!」っと叫んでやりたかったが、夜会に出た事がなかったのは事実なのだから叫んだところでまた馬鹿にされるだけだ。


「ロバート国王もさぞやご心配だったのでしょうね。そのような身の程知らずが二度とウィルバート様に近づけぬようにせねばとおっしゃっておいででしたわ」 


「……そうなんですか……」


「ええ。ウィルバート様もこの話を聞いてとても喜んでくださいましたの。やはりパートナーには自分に相応しい身分と教養がなければとおっしゃっておいででしたから」 


 グレースの言う事だから全てが本当なわけではない。ウィルやロバート様が私の事を悪く言うはずなんてない。そう思ってはいるのに、グレースの言葉が真実のように思えて胸が苦しい。


 それからの事は、はっきりとは覚えていない。ただグレースの前で泣くのはごめんだと、逃げる様にして部屋に戻って来た事だけは記憶にあった。


 部屋に戻るやいなや、我慢していた涙が溢れ出す。


「アリス様……」

 キャロラインが私の頬に優しくハンカチを当て涙を拭う。涙で滲んだ視界でも、キャロラインの心配そうな顔ははっきりと分かった。


「ご、ごめんなさい」


 これ以上泣いたら、キャロラインを困らせてしまう。慌てて両手で目を擦り涙を拭う。でもなぜだろう。止めようとこんなに頑張っているのに、涙は次から次へと頬を伝っていく。


 突然キャロラインの細い腕が私を包み込むように抱きしめた。驚く私の背に手を回したキャロラインが、「我慢しなくていいんですよ」っと囁いた。そのあまりに優しい声に気が緩み、我慢していたものが一気に流れ出してしまった。


「キャロラインさまぁ……」


 キャロラインにしがみつくようにして、ギャンギャン泣いている私の背中をキャロラインがゆっくりとさする。


「ええ、分かります。悔しかったですわよね」


 うん。悔しかった。グレースの言う事が事実すぎて何も言い返せない自分自身が悔しくてたまらない。


 もし私にウィルと釣り合う身分と教養があったら、自信を持って言い返すことができたのだろうか? ウィルに相応しい身分と教養のあるグレースが妬ましい。


「キャロライン様、お願いです。ウィルと結婚してください」


「えっ!?」っという小さな驚きと共に、私の背中をさすっていたキャロラインの手がとまった。

「アリス様、何をおっしゃってるんですか?」というアナベルの声も聞こえてくる。


「だって……ウィルとグレース様の一緒の姿なんて見たくないんです。だからキャロライン様にウィルと結婚してほしいです」


 冷静になって考えたら、グレースとウィルが一緒にいる所を見たくないから、キャロラインにウィルと結婚してくれと頼むなんて無茶苦茶だ。ワガママ言うのも大概にしろと怒鳴られても仕方ない。


 でもこの時の私は泣き過ぎていたせいか、頭が興奮していたらしい。本気でキャロラインとウィルの結婚を望んでいた。二人が結婚したら私は元の世界に帰れる。そうすれば、もうグレースに優しくするウィルの事を見なくてすむのに。元の世界に帰りたいなんて思ったのは、この世界に来て初めてかもしれない。


 泣きじゃくる私に、キャロラインは何も言わなかった。何も言わず私が落ちつくまで優しく背中を撫で続けてくれた。


 それからどのくらい経ったのだろうか。とても長いようにも一瞬だったようにも感じる時が過ぎ、私の涙と興奮は一気におさまった。


 っと、今度は自分の無様さが恥ずかしくなってくる。あんなにギャンギャン声を出して泣いたのはいつ以来だろう? 恥ずかしすぎて、「落ちつかれたみたいですね」っと笑うキャロラインの目を見る事ができない。

 

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

 ただただ頭を下げることしかできない私をソファーに座らせると、キャロラインはアナベルに飲み物を持ってくるよう頼んだ。しっかり泣いた後なので、お茶よりは水の方が水分補給になるだろうとアナベルが持って来たのはさくらんぼのフレーバーウォーターだった。デカンタの中に見える赤いさくらんぼが可愛らしい。


 私がグラスをあけるのを待ち、キャロラインが口を開いた。

「アリス様とグレース様はあまり仲がよろしいわけじゃないんですね? わたくしてっきりお二人は仲がいいのかと思ってました」


「すいません」

 私が謝ることではないとキャロラインは言うけれど、私がきちんと話していなかったのが悪いのだ。


「でも驚きましたわ。グレース様があの様な方だったなんて」


 普段学園で見かける姿からして、大人しいとばかり思っていたグレースの挑発的な態度にキャロラインは驚いている。そんなキャロラインに対して、アナベルがグレースに対する愚痴をツラツラと述べ始めた。


「まぁ、アリス様!! それはお辛かったですね」


 キャロラインの優しい言葉に、泣き過ぎて干からびたはずの瞳が再び熱くなってくる。


「アリス様!! アリス様がこの様に傷ついていらっしゃるのは全部ウィルバート様のせいですわ。もうウィルバート様なんてお捨てになって、わたくしの兄にされてはいかがですか?」


 私をじっと見つめるキャロラインの瞳の中に燃えるような熱さを感じ、再び滲んでいた私の瞳は急速に乾いた。


 えっと……わたくしの兄って、アーノルドかエドワードにのりかえろっていう意味よね? 


 いやいや、ないでしょ。そもそも捨てられるのは私であって、私がウィルを捨てるなんて事はあるわけないし。


 泣きそうな私を笑わすための冗談……にしてはキャロラインの瞳は本気だ。


「……私……やっぱり……」

 

 うまく言葉が出てこない。

 私はやっぱりウィルの側にいたい。でもグレースと一緒の姿なんて見たくない。だからウィルの側にはいたくない。私の中に矛盾した気持ちが溢れ、私の一番の願いがどれなのか自分でも判断がつかない。


 きっと私の頭の中がぐちゃぐちゃな事なんてお見通しなのだろう。言葉に詰まる私を見てキャロラインが優しく目を細めた。


「ではアリス様の気持ちがはっきりと分かるまで、わたくしがアリス様の事を誘拐することにいたしましょう」


「ゆ、誘拐ですか?」


 いきなり何を言い出すんだと驚く私に、キャロラインがお茶目な笑みを浮かべながら頷いた。


「ええ。アリス様はこのまま王宮にいらっしゃるよりも、少しウィルバート様と離れてみる方がいいと思いますよ」


 まぁ確かにキャロラインの言うことも一理あるけど、誘拐なんて穏やかじゃない。普通に王宮を離れればいいだけのような気もするが、キャロラインはそれだとウィルがうるさいから、ウィルにバレずに私を連れ出したいのだと言っている。


「でも誘拐なんて本当にできるんですか?」


「わたくしを誰だとお思いですか?」 

 キャロラインが不敵な笑みを浮かべた。


「デンバー家のわたくしには人脈という力がございます。わたくしの力をとことん使ってアリス様の事を完璧に誘拐してさしあげましょう」

 

 えーっと……なんだか権力の無駄遣いって気もするんだけど。こういう時って、ありがとうって言うべきなのかしら? 


 いつもの上品な笑みとは違い、口元を隠しながら「おーほほほ」っと声を出して笑うキャロラインは、まるで悪の親玉のような黒いオーラを放っていた。

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