56.二人の公爵令嬢
「グレース様、書庫の改装はすすんでらっしゃいますか?」
キャロラインの問いかけが合図だったかのように、公爵令嬢二人による褒め合い合戦が始まった。
「王宮の書庫の改装を任されるなんて、さすが才女のグレース様だ」「そういうキャロライン様こそ……」「いやいやグレース様の方が……」みたいなやりとりを、イチゴのショートケーキを食べながら眺める。
はぁ。やっぱり本物の令嬢同士のやりとりは迫力が違うわね。キャロラインとグレースのやりとりを見ていると、やはり産まれながら名家の令嬢は一味違うと実感せざるをえない。どんなに勉強と訓練をしても、私じゃこんな大物感は出せないだろう。
「でも羨ましいですわ。グレース様はアリス様と毎日ご一緒できるんですもの」
まだ誤解の解けていないキャロラインが今日一番の力強い笑みを浮かべた。それに対してグレースも「そうですね」とキャロラインに負けず劣らずの迫力ある笑みを見せた。
なんだこれ……
微笑みあってはいても、キャロラインとグレースの間にピリピリっと見えない火花が飛んでいる。
キャロラインがグレースに敵対心を向けるのは、私とグレースが仲がいいと思ったキャロラインの誤解によるものだと分かっている。でもグレースは? グレースはどうしてキャロラインに対して挑む様な微笑みを浮かべているのだろう。
張り詰めた空気の茶会は、表面上にこやかなまま続いていく。
キャロラインが、いかに私と関係が深いかについて話せば、グレースも負けじと私との関係について話をする。私はそんなグレースの意図が分からず、頭を悩ませることしかできない。
私と仲良くもなく、仲良くしたいとも思っていないはずのグレースがどうして私との仲をキャロラインと競うのか?
その答えが分かったのは、私が2杯目のお茶のお代わりをした頃だった。
「でもまさか、ウィルバート様がわたくしだけでなく、キャロライン様にまでアリス様の事をお願いされているとは思いませんでした」
ウィルにお願いされたって何の事?
グレースの話が気になるけれど、口を挟めない私はひっそりと首を傾げるしかできない。でもグレースがやけにキャロラインに絡むのは、きっとウィルが関わっているからなのだろう。そう思うとグレースの態度にも納得だ。
「グレース様は、ウィルバート様に何かお願いをされているんですか?」
自分は何もお願いなどされていないと微笑むキャロラインに対して、「分かっています」とグレースが頷いた。
「そうですよね。アリス様の前ではお話しにくいですわよね」
グレースは一人で勝手に納得しましたみたいな顔してるけど、キャロラインはどうなのだろう?
微笑みを浮かべたまま表情の変化がないから、全く分からない。
もし二人が納得していたとしても、私は納得いかないんですけど。私の前では話せない事って一体なんなのよ!
黙ってやりすごす方がいいと分かっているのに、つい口を開いてしまった。
「お二人はウィルバート様から何か私の事を頼まれているんですか?」
「わたくしは何も……」と言うキャロラインの声に被せるように、「アリス様と仲良くするよう頼まれているんです」とグレースが言った。
私の前では話しにくいと言っていた割にすんなりと話し出したグレースによると、ウィルは友達のいない私がかわいそうだから、仲良くして欲しいとグレースに頼んでいたらしい。
「ウィルバート様もお忙しいのに、アリス様のお相手は大変じゃありませんか。ですからわたくしやキャロライン様がアリス様と仲良くしてウィルバート様の負担を減らしてさしあげているんです」
「そうなんですか……」
どうしよう。ショックなんだけど……
言葉が続かない私にグレースが追い討ちをかける。
「ウィルバート様の頼みでなければ、わたくしやキャロライン様があなたと仲良くしようなどと思うわけがありませんわ」
同意を求めるようにグレースがキャロラインへと視線を向けた。正直グレースなんてどうでもいいけど、キャロラインが私と仲良くしてくれていたのが嫌々だったとしたら……そう思うと怖くてキャロラインの顔を見ることができない。
「まぁアリス様!? 表情が冴えないみたいですが、もしかしてショックを受けておられますか?」
大袈裟に驚いたような声をあげるグレースに何と言えばいいんだろう。「別に……」っと痩せ我慢してみせる? それとも「ショックで泣きそうです」っと同情を誘う? それより「そんな事だろうと思ってました」と強がってみる方がいいだろうか?
頭はクリアで思考ははっきりしているのに、口から言葉が出てこない。まるで頭と口を繋ぐ回路が切れてしまってみたいだ。そんな私を嘲笑うかのようにグレースは言葉は終わる気配がない。
「ウィルバート様は本当にお優しいですわよね。アリス様のように教養も礼儀もない方の事も親身になって面倒を見てらっしゃるんですから」
もうダメだ。完全に戦意喪失、グレースと話をする気力なんて残っていない。泣かないように我慢する事だけで精一杯だ。もうさっさと部屋に戻って布団を被って寝てしまいたい。
「グレース様、くだらない妄想はそれくらいにしてくださいませ」
もう顔をあげることすらできない私の耳に、するどい声が響いた。
「あら、キャロライン様。わたくしがいつ妄想なんてしましたか?」
「先程からずっとじゃありませんか」
キャロラインの不愉快そうな口調が気になり何とか顔をあげると、キャロラインが真面目な顔をして私を見ていた。
「アリス様、グレース様の話を信じてはいけませんわ」
「まぁ、キャロライン様はわたくしの事を嘘つき呼ばわりされるのですか?」
キャロラインはグレースに対してイエスともノーとも言わなかった。ただ「わたくしはウィルバート様からアリス様と仲良くするよう頼まれたことはございません」と私に向けてキッパリと言い切った。
「わたくしは、アリス様が好きだからこそ、このようにアリス様とお付き合いしているのです」
私に向けられるキャロラインの眩しい笑顔が、闇に堕ちかけた私の心を照らしてくれる。キャロラインの言葉が嬉しくて、我慢していた涙が決壊して溢れ出してしまいそうだ。
ズビー、ズビビー
やけに激しく鼻をかみ、皆の視線を独り占めしているアナベルは私以上に涙でぐちゃぐちゃだ。泣きながら笑っているもんだから、見ている私まで思わず笑ってしまう。キャロラインもキャロラインの侍女も温かな眼差しでアナベルを見つめている。
「さぁ、アリス様お部屋へ戻りましょう」
早々と立ち上がったキャロラインがグレースに向け、「お招きありがとうございました。グレース様の作り話はとても興味深かったですわ」と微笑んだ。
見ている私的にはキャロラインの嫌味は強烈だと思うけれど、グレースは全く気にもしていないようだ。それどころか「キャロライン様のお考えは分かりますわ」っと憐れむような顔をしている。
「キャロライン様は、ウィルバート様のパートナーの座を取り戻したくてアリス様のご機嫌をとっているのでしょう?」
「また新しい妄想話ですか?」
半分馬鹿にしたような笑いを含んだ口調で喋っているのに、キャロラインの笑顔がいつも通りな事が逆に怖い。
「誤魔化さなくても分かっておりますわ。パートナーの件でもなければ、アリス様と仲良くするメリットがありませんものね」
もう口もききたくないとでもいうように、キャロラインはグレースを見て無言で首を横に振った。
「キャロライン様、どれだけアリス様のご機嫌をとっても無駄ですわ。ウィルバート様の春喜宴のパートナーはわたくしに決まりましたから」
グレースを無視して立ち去ろうとしていたキャロラインの足が止まった。ゆっくりと振り向き、「今何とおっしゃいましたか?」っとグレースに尋ねる。
「わたくし、春喜宴でウィルバート様のパートナーをさせていただくことになりましたの」
「どうしてあなたが……」
滅多な事では動じないキャロラインの瞳が一瞬大きく開いた。もちろんグレースがその表情の変化を見逃すはずがない。勝ち誇ったような顔で紅茶を一口飲んだ。
春喜宴の話は前に聞いた事がある。確かその文字の示す通り、春を喜ぶ宴のことだったはずだ。普段は王都に来ることのない王族が一同に会するため、一年で一番盛大な宴になるのだとルーカスは言っていたっけ。
その宴でグレースがウィルバートのパートナーになった聞かされた事は、その場にいた全員に衝撃を与えたようだった。




