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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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49.ウィルバートの計画

「失礼。わたしのパートナーは夜会に不慣れなもので。このように大勢に囲まれては怯えてしまいます」


 わたしとアリスの間に入り込んだ者達をさりげなく押し出すようにしながらアリスの隣に立った。アリスが安堵の表情を浮かべわたしを見あげている。


「いやぁ、ウィルバート殿下が異世界からの客人を連れて来るという噂は本当だったんですね」

 

 無遠慮な視線でアリスを舐め回すように見つめているのは、アドリエンヌの兄であるマーキンだ。本来なら伯爵家の次男であるマーキンが、わたしにこのような口をきくのはおかしいことなのだが、本人はそのおかしさに気がついていないようだ。


 このマーキンという男、決して悪い人間ではないのだが少々思慮が足りないところがある。そして妹と同様かなり厚かましい。わたしに対する無礼は咎められて当然だが、わたしとしてはこんな小物をいちいち罰する気にならない。それがいけなかったのかもしれないが、最近立場を弁えない発言が目立ってきた。


「でもがっかりですね。異世界からの客人というからには、さぞや魅惑的な女性だろうと思っていたんですけど、このレベルですか」


 マーキンに同調するかのような笑い声が耳につく。あぁ面倒だ……


 嘲笑の笑みを浮かべるマーキンに、無言のままにっこりと微笑み返す。とたんにその場がしんと静まり返った。


「いこう、アリス」


「えっ? あ、殿下!?」


 アリスの手をとりその場を後にするわたしにマーキンの間抜けな声が聞こえてくる。


 わたしの気を害した事に気づかないなんて愚かな男だ。まぁこの程度のトラブルなら、わたしがいちいち指示せずとも、アーノルドが簡単に処理するだろう。


「あ、あの、よかったんですか?」

 ここにも一人、今の状況を理解できていない者がいるようだ。アリスは不安そうな顔でわたしを見つめている。


 まだ身分制度に馴染んでいないアリスには、マーキンのわたしに対する態度が不敬であるとは分からないのだろう。けれどせっかくの夜会で、こんなつまらない説明なんかするつもりはない。


「アーノルドがいるから大丈夫だよ」

 わたしの微笑みに、アリスは納得したような、していないような微妙な表情を浮かべた。


「それより、アリス。もう一度わたしと踊ってもらえないかな?」

 

 「えっ」っと驚いたようなアリスが、「でも……」っと言葉を濁す。


「アリスともう一度踊りたいんだ」


 アリスの両手を包み込み、顔を覗きこむようにして見つめると、アリスはほんのりと顔を赤らめ、ゆっくりと頷いた。



☆ ☆ ☆



「あ、あの……自分で歩けるので、もう……」


 アリスがわたしの腕の中から逃れたそうな素振りを見せるが、逃すつもりは毛頭ない。


「慣れないヒールで足が辛いだろう。このまま部屋まで連れていくよ」


 アリスの動きに違和感を感じたのは、何曲目のダンスの時だっただろうか?


 アリスは何も言わなかったが、明らかに足の動きは遅くなっていた。痛みもあるのだろう。顔からは愛らしい笑顔が消え、口元がきゅっと固く結ばれていた。


 すぐさまアリスを会場から連れ出し、部屋へと連れ帰る。アリスは自分の足で歩きたいと言うけれど、足の痛みが悪化しては大変だ。アリスを横抱き、いわゆるお姫様抱っこしたまま廊下を進んでいく。


 会場からアリスの部屋まではやや距離がある。メイドにすれ違うたびに恥ずかしそうに俯くアリスが愛しくてたまらない。わたしに抱かれてこんな顔をするのはアリスくらいなものだろう。普通の令嬢なら、わたしの腕の中で勝ち誇ったような顔をするに決まっている。


 アリスを抱き抱えたまま部屋へ入り、彼女をソファーの上にそっとおろした。


「ありがとうございました」

 わたしの腕から放たれた途端、ほっとしたような顔をして微笑むアリスが憎らしい。


「足は痛むかい?」


「少しだけ……でも大丈夫です」


 アリスの前に跪くようにして、靴を脱がせる。両足とも赤くなったりはしていないようだ。痛みの原因が靴擦れではないなら、軽い捻挫だろうか。少しでも痛みが和らいで欲しい。足裏を支えるように持ち、足首から爪先へと優しくさすっていく。


「悪かったね。わたしがもう少し気をつけるべきだった」


 アリスは高いヒールに慣れていないので、足が痛くなる可能性があるとアナベルが夜会前に言っていたのに。注意を怠ってしまったわたしのミスだ。


「ウィ、ウィルのせいじゃありません」


 足裏に手が触れるのがくすぐったいのか、アリスは口元を緩めたまま身を捩らせている。


「私が悪いんです。足が痛くなる前にきちんと休めばよかったのに。ウィルとのダンスが楽しすぎて、つい調子にのっちゃいました」

 

 なんて可愛らしい事を言ってくれるんだ!!


 脳内で大絶叫しても、アリスを愛おしく思う気持ちが溢れて抑えきれない。跪いたまま、そっとアリスの足に口付けた。


 ビクッ。

 アリスの体が驚いたように一瞬震えた。


「あっ」

 私と目があったアリスの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。


 うーん。いい。

 たまらずもう一度同じ場所にキスすると、アリスは両手で顔をおおった。


 アリスの恥ずかしがっている顔がもっと見たい。隣に腰かけ顔をおおっている手を優しく取り除く。真っ赤な顔をして俯いているアリスの顔を覗きこむと、その瞳は潤んでキラキラと輝いて見えた。


 わたしの隣で居心地悪そうに身を縮めているアリスを見ていると、どうしてだろう。アリスをもっと困らせてやりたいという感情が湧きあがってくる。わたしにこんな加虐心があったなんて。アリスに出会うまで全く知らなかった。


 加虐心っといっても、泣くほどいじめたいと思っているわけではない。わたしはアリスの恥ずかしそうに顔を赤らめながら俯く顔と、涙を浮かべて必死に我慢する姿が好きなのだ。 


 今ここでキスしたら、アリスはどんな反応をするだろうか?


 俯いたままのアリスの顎に手を当て、わたしの方へ顔を向けた。瞳をうるませたままわたしを見るアリスの表情には、拒絶の色はない。


「アリス……」


 吸い寄せられるように顔を近づけたわたしの耳に、トントントンとドアをノックする音が聞こえた。

 

 誰だ、いいところで邪魔をするのは!!


 壁の時計を見て、ドアの向こうにいる人物に思い当たった。


「あ、あら、こんな時間に誰かしら?」


 顔の熱をさますように、両手で顔をポンポンっと叩きながらアリスが立ち上がろうとする。それを制してアリスを座らせたまま、わたしがドアへと向かう。


「ウィルバート様、お待たせいたしました」 


 侍女から受け取ったキッチンワゴンを部屋の中へ運び入れる。アリスと共に部屋へ戻る時間を想定して、あらかじめ軽食を届けてくれるよう頼んでおいたのだ。


「アリス、お腹はすいていないかい?」


「実は……ちょっとすいてます。でもアナベルもいないし、我慢しようって思ってました」

 ワゴンを見たアリスが嬉しそうに笑った。


「アナベルはどうしたんだい?」


「今日は王宮で働いている人達で集まって年越しパーティーをするって言ってましたよ」


「へぇ。それはいいね」


 パーティーの事なんて、全く知らなかったふりをしているが、実はそのパーティーのことはよく知っている。というより、そのパーティーを企画したのは他でもないわたしだ。


 アリスと二人きりで年越しをしたい!

 そのために何をするべきか?

 それはズバリ、アナベルとルーカスを遠ざけること。


 アナベルはわたしに協力的なので話せばなんとかなるだろうが、問題はルーカスだ。


 ルーカスは、わたしに対する思い入れが非常に強い。そのためわたしのためになると思えば、わたしの意に反する事でも簡単にしてのける。頭の回転が早く仕事ができる分、邪魔をされると非常に厄介だ。あからさまな邪魔はしないとしても、わたしが夜会の会場を長時間不在にすることを許しはしないだろう。


 ルーカスのことだ、わたしとアリスがいい雰囲気になった時を狙って、わたしを呼びにくるに決まっている。


 ルーカスにわたしとアリスのイチャラブ年越しタイムを邪魔させないためにと考えたのが使用人達のパーティーだ。


 国王である父に、王宮で働く者達に労いの意味をこめて年越しの宴を開いたらどうかと提案したのだ。ルーカスにはそのパーティーの責任者を申し付けてある。


 何もこんな大切な夜会の夜にパーティーをしなくてもとルーカスは渋っていたが、国王から命令されては聞かざるをえない。


 これでもうルーカスという邪魔は入らないだろう。思う存分アリスと二人きりの時間を満喫してみせる。


 だが期待に満ち溢れる私とは違い、アリスはやけに時間を気にしている。


「あの……私は一人でも大丈夫ですし、ウィルは夜会に戻ってください」

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