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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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41.ウィルバートの苛立ち

 あまりにわけが分からなくてイラついてくる。


 それにしてもエドワードのやつ、わたしのアリスに対して馴れ馴れしすぎやしないか? その肩に置いた手をさっさとどけろ!!

 

 そう言ってやりたいのはやまやまだが、こんな人目があるところで怒鳴って、完璧な王太子のイメージを崩すわけにはいかない。


「アリスちゃんもエドワードも、早くおかけなさい」


 母に言われた二人が追加された椅子に腰掛た。それにしてもどうしてメイドはアリスの席をわたしの隣にしないのだ。アリスの席をエドワードの隣にするなんて。


 けれど目が合った瞬間、嬉しそうに顔を緩ませたアリスを見てイラつく気持ちがすっとどこかへ行ってしまった。


 あぁ。可愛い。可愛すぎる。

 邪魔さえなければ、今すぐに抱きしめているのに。さすがに母達の前でアリスに迫ることなんてできるわけがない。


「ウィルバート様もお忙しいですわね。年忘れの夜会も近いのに、視察までなさるなんて」


 エドワードやキャロラインの母であるデンバー夫人のねぎらいの言葉はありがたいが、今はそんな話をしたいわけじゃない。


 適当に話を流し、できるだけ不自然にならないよう話題を変える。わたしはとにかく男慣れのレッスンという言葉が気になって仕方がないのだ。


「ほら、アリスちゃんってとってもウブじゃない? だからエドワードと男性に慣れる練習をしてたのよ」


 口元を隠しふふっと無邪気に笑った母を見ながら、軽いめまいを感じた。


 男性に慣れる練習?

 わたしのアリスに一体何をさせたのか?


 母が笑って話すくらいだから、いかがわしい事はないだろうが、男性に慣れるという響きが気に入らない。


「本当にそんな練習したのかい?」


 私の問いかけにアリスが困ったような顔で笑った。こんな微妙な反応じゃ、していたのか、していないのか分からない。


「まぁ!! ウィルバート様のそのようなお顔は初めて拝見しましたわ」


 わたしが一体どんな顔をしているというのか? デンバー夫人が驚いている理由が分からない。


「そんなに心配なさらずとも、殿下が不快に思うようなことはしていませんので大丈夫ですよ」


 フォローしたつもりなのかもしれないが、エドワードの言葉はカチンとくる。


「そうよ。エドワードはあなたのためにアリスちゃんの男慣れレッスンをしてくれたんだから、感謝しなきゃね」


 またわけの分からないことを……

 こんなに腹立たしいのに、何故わたしが感謝しなければいけないのか。


 だいたいエドワードもエドワードだ。「わたしは騎士団長として当然の事をしたまでです」とか言ってるけど、騎士団長の仕事にわたしの恋人の相手なんかないぞ!!


「よかったわね、ウィルバート。これでめでたく3回目のキスができるんじゃないかしら?」


「はっ?」


 意図せず声が出てしまい、慌てて咳払いをした。


「母上……今なんとおっしゃいました?」


「3回目のキスができるといいわねって言ったのよ……あなた達まだ2回しかキスしてないんですってね」


 なんだその情報は!? 一体どこから?


 恥ずかしがり屋のアリスがわたし達のキス事情をペラペラ話すとは思えない。

 アリスを見ると、居た堪れない様子で顔を真っ赤にして俯いている。


 となるとアナベルか!?


 控えているアナベルに目を向けため息をつく。だめだこりゃ。いつもより念入りに化粧をしているアナベルは、エドワードの方しか見ていない。アナベルだけではない。控えているメイドも侍女も、ほぼ例外なく視線はエドワードの方へ向いている。


 だめだ。このままここにいたら、精神が保てそうにない。詳しい話は王宮に戻ってから、アナベルにこっそり聞けばいい。


「さぁアリス、そろそろ王宮に帰ろうか」

 

 無理やり話を終了させ立ち上がったわたしを見て、アリスは戸惑いの表情を浮かべている。


「今すぐに出発ですか?」


「もちろんだよ」


 てっきりわたしと一緒に王宮へ帰れる事を喜んでくれると思いきや、アリスは少し困ったような表情をしている。


「……もう少し待っていただけませんか? キャロライン様にお世話になったお礼とお別れの挨拶をしたいんです」


 聞けば長く王立学園を休んでいたキャロラインが、今日は久々に登園しているらしい。しかも何時に帰るか不明だと言うのだ。


 腕時計をチラッと見る。

 うーむ……アリスの希望は叶えてやりたいが、今頃王宮ではルーカスは怒り狂っているだろう。ここは申し訳ないが、アリスに我慢してもらいたい。


「申し訳ないけれど、あまり時間がとれないんだ。視察から戻ったばかりで仕事がたまっていてね。キャロライン嬢には王宮に帰ってからお礼の手紙を書いてはどうだい?」


「まぁウィルバートったら、お別れくらいきちんとさせてあげなさい」

 

 母の諌めるような口調にため息が出る。


「早く帰らなければ、ルーカスにしかられるのでしょう。夜会まで、もうあまり日にちもありませんからね」


 エドワードの言葉にその場にいる全員が納得したような顔をした。その事がわたしをより一層イラつかせた。


「エドワードこそ早く帰らなくていいのかい? 君は夜会の警備責任者だろう?」


「わたしはロバート陛下よりメイシー様の護衛を申しつかっておりますので。メイシー様がお帰りになられるまではこちらでご一緒する予定です。夜会の警備計画におきましては、わたしには有能な部下がたくさんおりますのでご安心ください」


 エドワードも彼の部下達も、ひどく有能である事はよく知っている。そのエドワードに大丈夫だと言われてしまっては、もう何も言えやしない。


「ですが……」

 再び口を開いたエドワードが母を見た。


「メイシー様はそろそろお帰りになられた方がよろしいかもしれません」


「いやよ。わたくしは夜会までは帰らないと言ったでしょう」


 駄々をこねる子供のように母がぷいっと顔をそむける。そんな母にエドワードは、「陛下はメイシー様がお側にいらっしゃらないと政に身が入らないでしょうから」とさりげなく帰宮を促している。


 エドワードの言葉に母は満足そうな顔で笑った。


「それもそうね」と言うやいなや、母は侍女を引き連れさっさと部屋へと戻って行く。早速帰る準備をするらしい。


「メイシー様を帰る気にさせるなんて……さすがですね」


 席を立つ母を見送ったアリスが、はぁっと感心したようなため息をついた。


「だてに騎士団長の地位についていませんよ」


 エドワードがそう言った途端、部屋に待機していたメイド達からどよめきが起きた。いつも冷ややかな顔をしているエドワードが微笑んだからだ。まるで愛しいものを見るかのように、目を細めてアリスを見つめている。


「メイシー様とアリス様はわたしが責任をもって王宮までお連れします。殿下は忙しいのですからどうか先にお帰りください」


「あ、ああ……」

 

 思わず頷いてしまったことに、わたしは後々後悔することになる。けれどこの時のわたしは、初めて見るエドワードの優しい表情に動揺して、アリスをエドワードから離すという目的をすっかり忘れていた。


 アリスをはじめ、デンバー夫人や多くの使用人達に見送られながら馬車に乗り込む。こんな時くらいアリスと二人きりにしてくれたらいいのに。全く気が利かない者が多すぎる。


「じゃあアリス、帰ってくるのを待っているね」

 

 アリスが可愛らしい声で「はい」っと返事をするのを見届け、いざ馬車の中へ。っと、アリスが「あっ」と小さな声を出した。


「どうかしたのかい?」

 振り向いて尋ねたわたしに、アリスは「何でもないんです」と答えた。


 そんな真っ赤な顔でもじもじしてるのは、何でもないという態度じゃないだろう。何か言いたいことでもあるとしか思えない。


「どうしたんだい?」


 アリスと向き合うようにして顔を覗き込んだわたしに、アリスが消え入りそうな小さな声で囁いた。


「ウィルに久しぶりに会えたのに、またさよならだと思ったら寂しくって……」

 

 つい声が出てしまったのだと謝るアリスが可愛くて可愛いくて。顔が緩んでだらしなくなるのを止められない。


 くぅー!! なんだこの可愛いさは!!

 

 これがよく言うキュンってやつだろうか。胸が締め付けられるような、甘くて切ない感情を噛み締める。


 もういっそ、誰の目も気にせずアリスを抱きしめてしまおうか。


 とは言え欲望のまま抱きしめてアリスに嫌われては元も子もない。

 溢れ出る思いをぐっと押し留め、アリスの両手を優しく握った。


「大丈夫、またすぐに会えるよ。王宮で待っているから気をつけて帰っておいで」


 よしっ。キマッた!! どうだわたしのスマートな紳士っぷりは最高だろう。


 私の微笑みに嬉しそうに頷くアリスを見て心の中で大きくガッツポーズをした。

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