4.うるさい神様
「はぅぅぅ」
ベッドに仰向けになりながら、今日一日を振り返る。色々あったけど、何をしてても思い出されるのはウィルバートの告白ばかりだ。
「わたしはアリスの事が好きだよ」
きゃーっ、きゃー、きゃー!!
大きな枕を抱きしめて顔を埋める。何度思い出しても照れちゃうわ。
「……おいっ。いい加減にしろよ」
本日何度目かの回想中に、ぶっきらぼうな声がして我にかえった。
枕をどけて前を見ると、目の前には呆れたようなノックの顔が!
「げっ」
今日一日姿を見ていなかったので、すっかりノックのことを忘れていた。
「げってなんだよ。げって……」
「……だって……いつからそこにいたんですか?」
一人でニヤニヤしていたのを見られたのだとしたら恥ずかしすぎる。
「しばらく前だな。お前が赤い顔してジタバタしてるから、気持ち悪くて声かけれなかったんだ」
やっぱり見られてたのね……
気まずい気持ちを誤魔化すように体を起こして、んんっと咳払いをした。
「で? 俺がいない間に何があったんだ?」
枕の形をポンポンと整えてノックはその上に座り、足を組んで身を乗り出すような体勢になった。
「……実はですね……」
ウィルバートに結婚して欲しいと言われた話をすると、ノックが大きな声で笑い始めた。
「お前は馬鹿か?」
笑い過ぎて涙が出たのか、ノックは肩を震わせながら目を擦っている。
「お前分かってるのか? 本の通りの結末にならなきゃ元の世界に戻れないんだぞ?」
「分かってますよ」
昨日言われたばかりの事を忘れてしまうほど私の頭はポンコツではない。
「分かってるって、お前……元の世界に帰りたくないのかよ?」
「帰りたいかと聞かれたら帰りたい気もしますけど……まぁ別に帰れなくても構わないんで」
昨日そう言いたかったのに、ノックは話も聞かずに消えちゃったのよね。
「はぁ? 帰れなくても構わないって、お前なぁ……」
怒鳴られる!!
そう思って身構える私を見て、ノックは大きなため息をついた。
「まぁ帰れなくて構わないってのは置いといて、プロポーズされてそこまで浮かれるなんて頭おかしいだろ」
「仕方ないじゃないですか。自慢じゃないけど、私、誰かに告白されたのなんて初めてなんですから」
初めての愛の告白ってやつなのよ。しかも相手はため息が出ちゃうくらい美形の王子様。これで浮かれるなっていうのが無理な話だ。
「確かに自慢することじゃねーなぁ。だいたいあの王子がお前を好きって有り得ないだろ? 騙されてるとか思わないわけ?」
ノックの小馬鹿にするような顔には腹が立つけど、そうなのよね……
ウィルバートが私を好きになる要素が全くもって思いつかない。
やっぱり私騙されて……ううん。ウィルバートのあの熱い眼差しに嘘はなかった!! っと思いたい……
「で、でも恋愛小説ではよくあることじゃないですか?」
モテモテのイケメン男子が平凡な女の子に恋する話なんてのは、恋愛小説の定番中の定番だ。
「ここは本の中の世界なんですよね? だったら私だって……」
ヒロインになれちゃうんじゃないかと言い終える前にノックが口をはさんだ。
「いくら本の世界でも有り得ないね。お前、頭の中に花でも咲いてるんじゃないか?」
ううっ。
本当に口の悪い神様だ。悔しいけれど、何も言い返せない。
「全く……忙しいのに様子を見に来てやれば、浮かれまくってるし……これでこの先やっていけるのかよ」
「だったら私を元の世界に送り返せばいいじゃないですか」
「だから昨日言っただろ? お前を呼び寄せるのに使った魔法は俺が合格するまで、すなわちウィルバートとキャロラインが結婚するまで解けないんだ。もう忘れたのかよ? 」
ノックが呆れたような顔で私を見た。
「それは覚えてますよ。でもノック自身が解くことはできるんでしょ?」
あ……できないのね。
ノックは答えなかったが、態度でそう分かった。
「仕方ねーだろ。召喚魔法は難しいんだよ……」
やれやれ……全く困った神様だ。
「それなら、ウィルバート様にキャロラインって人と結婚してくれるよう頼んでみるってのはどうですか?」
そうすれば物語は早く完結する。ウィルバートの結婚までの間私はこの世界を満喫できるし、ノックも手間が省けて皆ハッピーだ。
プロポーズしてくれた人に、他の人と結婚するよう頼むのはひどい気もするけど、事情を説明すればウィルバートも分かってくれるだろう。
「あぁ……言い忘れてたみたいだな」
ノックが急に真顔になった。
「もしお前以外の奴に俺の存在や本の結末がバレるようなことがあったら……」
「バレるようなことがあったら?」
ノックの物々しい言い方に、ごくっと唾を飲み込んだ。
「お前の存在はこの世界からも、元いた世界からも抹消されるぞ」
「ええっ? それって?」
抹消!? 何それ? どういう意味?
「要するにお前という人間は、はじめから全くどの世界にも存在しないことになるってことだ」
な、何それ……それってものすごく怖いんだけど。
「とにかくだ。存在が消されたくなかったら余計なことは言わないことだな。まぁ頑張れよ!!」
「ちょ、ちょっと待って……」
あーあ、また消えちゃった。好き勝手言うだけ言って急にいなくなるんだから、いやになっちゃう。
「頑張れって言われてもねぇ……」
元の世界に帰る帰らないより、存在を消されない方が重要だ。とにかくいらない事は喋らない。ここではそれを一番に頑張ろうと心に誓った。
☆ ☆ ☆
「あふっ」
まだ眠たい目をこすり大きなあくびをした。
考え事をしながら眠ったせいか、たっぷり寝たはずなのに頭はすっきりしない。
絶対ノックのせいだわ。だいたい文句だけ言って帰るってどうなの? 昇格試験なんだから、人に頼らず自分で頑張ろうって思わないのかしら。
遅い朝食を済ませ、窓からの景色を楽しむ。今日も晴天で、吹き込む秋の風が爽やかで気持ちがいい。
こんな日は外に出て木陰で本を読めたら最高なんだけどなぁ。
あの書庫には見た事がない本が沢山あったはずだ。何か貸してもらいたいけど、勝手に王宮の中を歩きまわって大丈夫なのだろうか?
「アリス様、紅茶が入りましたよ。あら? 難しいお顔をされて、どうかされたんですか?」
こんな風に『アリス様』なんて呼ばれてお世話をされると、まるで本物のお姫様になったみたいだ。
私専用の侍女と言われて身構えたけれど、このアナベルという少女はとても気さくで話しやすい。この世界に不慣れな私にとって、とても心強い存在だ。
「私、難しい顔なんてしてた?」
「ここにシワがよってましたよ」
ふふっと笑いながらアナベルが眉間に触れた。アナベルとの会話は楽しくて、眠気なんて吹っ飛んでしまう。
「せっかくいい天気なのに、何もすることがないなって思ってたの」
「それでしたらウィルバート様にどこかへ連れて行っていただいたらいかがですか? 気持ち良い日が続いてますから、ピクニックなんて楽しいと思いますよ」
「ピクニックかぁ……行きたいけどウィルバート様は王太子なんでしょ? 忙しいだろうし、あんまりワガママとか言うわけにもいかないわ」
王太子の仕事がどんなものかは分からないけれど、公務とやらがたくさんあるんじゃないかしら。
ただでさえ私は突然異世界から押しかけて迷惑をかけているのだ。こんなにも手厚くもてなされてるのに、これ以上のことをお願いするのも気が引けてしまう。
「確かにお忙しくしてらっしゃいますね。でもウィルバート様はまだ学生ですし、アリス様のお願いを聞く時間くらいありますよ」
「学生ですって?」
驚いた私を見てアナベルも驚いたようだ。
「ご存知なかったんですか? ウィルバート様は現在王立学園に通ってらっしゃいます。今16歳ですから、あと3年は通われるはずですわ」
アナベルによると、王立学園というのはこの王都にある貴族のための学校らしい。国中から身分の高い子供達が集まるため、警備も厳重で施設も素晴らしいようだ。
「ウィルバート様が学生かぁ……」
それにしても驚きだわね。
ウィルバート様が学生だっていうのにも驚いたけど、それ以上に驚いたのは、ウィルバート様が16歳だってことだ。
16歳っていったら私より一つ下じゃない!!
信じられない……あんな16歳いる?
19とか20とか、とにかく私よりは絶対年上だと思ってたのに。
やっぱり本物の王子様というのは只者ではないと、なんだか変に感心してしまう。
「アナベルはいくつなの?」
「今年25になりました」
何気なく尋ねて紅茶を吹き出してしまう程に驚いた。
「25ですって!?」
気管に入りかけた紅茶をンンッと咳払いで追い出した。
「今行き遅れのババアって思いませんでしたか?」
アナベルのギロっとした視線に慌てて首を横に振った。
「お、思ってない、思ってない」
本当に思ってないんだからこんなに焦る必要はないのに、ついついアナベルの迫力にやられて吃ってしまった。
「私より1つか2つ年上かなって思ってたからびっくりしただけよ」
実年齢より若く見えていたことに気を良くしたのか、アナベルの目元に穏やかな笑みが戻ってきた。
「私もアリス様の年齢を聞いた時は驚きました。10歳くらいかと思ってましたので」
「10歳!? いくらなんでもそれはないでしょ」
思わず笑ってしまったけれど、ウィルバートもルーカスもそれくらいだと思っていたと知り、驚いてしまう。
それで皆あんなに驚いてたのね。私が17歳だと伝えた時の皆の反応がおかしかったのはそのせいだったのか。
……私ってそんなに子供っぽいかしら?
たしかに色気とか艶っぽさとかは皆無だけど、さすがに小学生とかに間違われるほどではないでしょ。きっとこっちの世界の人達が皆大人っぽいのよ。うん、絶対そうに決まってる。
「でも本当によかったですわ。17歳でしたらウィルバート様との年齢も近いですし、結婚のお相手にぴったりですね」
「いや、別に年が近いってだけで結婚はできないでしょ」
って聞いちゃいない!!
「ウィルバート様の想い人にお仕えできるなんて……私はなんて幸せなのかしら」
うっとりして自分の世界に入ってしまったアナベルに、乾いた笑いしか返せなかった。