39.ウィルバートの期待
「いやぁ、買った買った」
買ったばかりの茶の包みを取り出したアーノルドは、行きのめんどくさげな様子とは違い満足そうな顔をしている。
「ほら、これ見てくれよ。オレンジにイチゴだろ、レモンパイにやきいもっていうのもあるんだぜ」
お茶好きのアーノルドには素晴らしいのかもしれないが、はっきり言って全く興味がない。果物の茶はともかくとして、レモンパイ茶とやきいも茶なんて美味しそうだとは思えない。
「つまんねーやつだな。あ、これはアリスに土産なんだけど……」
「アリスに?」
見ればアーノルドが取り出した茶のラベルには、キラキラ茶と書いてある。
「なんだい、その怪しげなお茶は?」
「いつもキラキラでいたい女性にお勧めって言ってたぜ」
「ダメだな、そんな危なげなもの。だいたいアリスにお土産を渡していいなんて言った覚えはないよ」
「土産渡すのに、なんでお前の許可とらねーといけねぇんだよ?」
「アリスはわたしのものなんだから、わたしの許可がいるのは当然だろう」
アーノルドが明らかに面倒くさそうな顔をして見せた。
「お前……本人にはそういうこと言うなよな。引かれるぞ。ただでさえムッツリなんだから……」
「誰がムッツリだって?」
「お前だろ。ムッツリじゃなきゃ、あんなにたくさんフェロモン香水なんて買わねーだろ」
「それは……本当に効果があるか試してみたいじゃないか」
たしかにフェロモン香水はたくさん買った。店の者が驚くくらい買いはした。でも女性をムラムラさせる効果があるとか言われたら、誰だって試してみたくなるものだろう。それだけでムッツリなんて言われたくない。
「確かにわたしは沢山買ったよ。けれどそれは使ってみていいものがあれば、国の特産に……」
わたしが何を言っても、アーノルドは「はいはい、分かりましたよ」的な顔をしている。
「どうせアナベルに渡して、アリスにこっそり使わせる気だろ?」
アーノルドが一段と冷ややかな瞳でわたしを見た。
「そんなわけないだろう。アリスにはフェロモン香水なんて必要ないよ。これ以上アリスが魅力的になったら困るからね」
今でさえアリスに惹きつけられて、自分を抑えるのに必死なのだ。これ以上アリスが魅力的になったら耐えられる自信がない。
「お二人とも楽しそうで結構ですが、殿下は約束を覚えてらっしゃいますか?」
「約束?」
ってなんだったかな?
首を傾げる私に、ルーカスがはぁっとわざとらしいため息をついた。
「王宮に戻り次第仕事をされるという約束です。いいですか? 本来なら視察なんて3日あれば足りるところを、無理やり10日間に伸ばしたんですよ」
「分かっているよ。そのへんはきちんと考えているから大丈夫だよ」
相変わらずルーカスは疑っているような目で私を見ている。これでも結構仕事はできる方だと思うのだが、信用されていないようだ。
「なんだお前忙しかったのかよ? この時期に10日も王宮をあけるんだから、暇なのかと思ってたぜ」
「アーノルド様もですよ。夜会当日の警備など色々話し合うことがおありでしょう。騎士隊長のお一人なんですから」
ルーカスに言われ、笑っていたアーノルドがうっと言葉に詰まった。
「まぁそれはそうなんだが……俺の場合はウィルバートのお守りが一番大事な仕事だから……」
「誰がアーノルドにお守りを頼んだんだい?」
「お前だろ。あんなに俺についてくるよう何度も言ってたじゃないか。だからめんどくさいのにこうやってついてきたんだろう」
アーノルドの言っていることは事実だ。夜会の警備準備が忙しいから、わたしの護衛には隊員を寄越すと言っていたアーノルドに、視察には必ず同行するよう何度も言った。でもそれは別にお守りとして来てもらったのではない。アーノルドが王宮に残っているとまずい理由がらあるから同行させたのだ。
「アーノルドが王宮に残っていたら、アリスが寂しがらないかもしれないだろう。それではわざわざこの忙しい時期に10日間も王宮をあけた意味がなくなってしまうからね」
「その言い方だと、アリスに寂しい思いをさせたいっていう意味にならねーか?」
「その通りだよ」
アーノルドが眉間にしわをよせた。
「腹黒だとは思ってたが、好きな女にまでそんな態度とるとはな……」
「別にわたしは腹黒ではないし、アリスをいじめたいわけではないよ」
たしかに私はいい人ぶってはいる。それは立場上仕方のないことだ。でも思考はどちらかと言えば善人な方なので、腹黒と呼ばれるのは心外だ。せめて外面がいいと言われたい。
「わたしとアリスは今まで毎日顔をあわせていただろう? それが突然会えなくなったらどうなると思う?」
「さぁ、別に何も気にしてないんじゃないか?」
「不正解だね。正解はわたしに会いたくてたまらなくなる、でした。会えない時間に愛は育つってよく言うだろ?」
「まぁた恋愛小説かよ……」
アーノルドがけっと吐き捨てるように言った。
「アリスは毎日会っていたわたしに会えなくて寂しく感じる。それは何故か……? 寝る前に一人その理由を自問自答しているうちに、自分が恋しているからだと気づくってわけだよ。どうだい、完璧な計画だろう?」
はんっと鼻で笑いながら、アーノルドがギロリとした目でわたしを見た。
「いいかウィルバート、教えといてやる。現実の女ってのはな、そんな可愛いらしいもんじゃねぇんだよ。女ってのは、ちょっと会えない日が続いただけで身近な男にすぐ乗り替えるような薄情な生き物なんだよ」
アーノルドの憎々しげな様子に思わず苦笑してしまう。たしかにアーノルドの付き合っていた令嬢達はそういうタイプの女性だった。彼女達なら身近に良さそうな男性がいたらガツガツいくだろう。
「アリスはそんな子じゃないよ。それはアーノルドも知っているだろう」
アーノルドは少し考えるような仕草をみせた。自分の歴代の恋人達とアリスは少し違うのは分かっているのかもしれない。
「じゃあウィルバートはアリスのことを全く疑ってないのかよ?」
「当たり前だろう」
とは言え、まだ仮の恋人であって、アリスが私のことを好きなわけではない。もちろん彼女の視線や仕草からわたしに対する好意は感じられるが、わたしが彼女に抱いている愛情には遥かに及ばない。
「確かにわたしの身近にはアリスが惹かれてもおかしくない人物が数人いるよ。その中で今アリスと知り合いなのはアーノルドだけなんだ。だからとりあえずアーノルドさえ離しておけば大丈夫なはずだよ」
「それで俺を同行させたってわけか」
アーノルドがはっと鼻で笑った。
「そのような心配は無用かと思われます。殿下に優る男性などこの世に存在いたしませんから」
相変わらずルーカスのわたしに対する評価は高い。もちろん、小さい頃から今まで人より努力してきたのだから、人より優れた男であるという自負もある。ルーカスから、この世で最も優れた存在であるかのように扱われる事に悪い気はしなかった。
それでも残念ながら、わたしはこの国で最も優れた男であるとは言えない。容姿や能力において決して勝てない人物が二人ほどいるからだ。
ありがたい事にその二人とアリスには全く接点がなく、会う機会もないだろう。とにかくアリスをその二人にだけは会わせたくない。
ああ、もうすぐ王宮だ。
外の見慣れた景色に、帰ってきたことを実感する。
10日間、アリスはどのように過ごしていただろう。さすがにわたしのことを恋しく思ってくれているのではないか。そんな期待に胸が膨らむ。
馬車を降りるやいなや、ブツクサ言うルーカスを振り切りアリスの部屋へ向かった。不思議な事にアリスの部屋は鍵がしまっている。部屋にいないということは書庫にでも行ったのだろうか?
普段アリスが書庫に行く時は、部屋にアナベルが待機しているんだが……
部屋に鍵がかかっている事を疑問に思いながらも、アリスの姿を求めて書庫へと向かう。アリスが書庫ならば、それはそれでちょうど良い。書庫ならば邪魔者が入りにくく、二人きりで話すにはぴったりだ。
はやる気持ちで書庫の重い扉を開けたわたしの目に飛び込んできたのは、期待していものとは全く異なる光景だった。
「おっ! ウィルバート、帰ったのか? 視察はどうだった?」
「父上……これは一体どうされたんです?」
「書庫の改装を始めたんだ。お前が言い出したんじゃないか。書庫を改装して王宮の皆が使える場所にするんだろう」
確かに書庫を改装するつもりだったが、これは私が思っていたレベルをはるかに越えている。
質素だった書庫の内装は、すっかり華美なものに変えられてしまった。わたしの定位置であったシンプルな長机は取り除かれ、替わりにゴールドのソファーセットが置かれている。
「父上、何故書庫にこのような豪華なシャンデリアが必要なんです?」
高い天井から下がる無数のクリスタルは、どう考えてもこの書庫には不釣り合いだ。
「メイシーはこういう豪華なのが好きだからね」
父の言うとおり、母はシャンデリアや大理石など豪華な物が好きだが、何故書庫を母上仕様にする必要があるのだろうか? これだけキラキラしていたら、落ち着いて本を読める気がしない。それでも父は天井を見上げ、満足そうな表情を浮かべた。




