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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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38.世界一素敵なのは誰?

 それから数日間は何事もなく過ぎた。


 エドワードとのダンスの練習も、キャロラインとのマナーの実践練習も、それなりに順調だ。


 アナベル達は私の事を眉目秀麗な騎士団長にダンスの手ほどきを受けるラッキーガールみたいに思っているらしく、事あるごとにエドワード様と踊れるなんて運がいい的な言葉を耳にする。


 アナベル達の言うラッキーとはちょっと違うけれど、たしかに私はラッキーかもしれない。なんせあれ以来エドワード悪魔バージョンに出会っていないのだから。


「アリス様、今日は一緒に劇場に出かけませんか?」


 朝食の席でキャロラインがニコニコ顔で誘ってくる。私が悪魔に会わずにすんでいるのは、こうやって常にキャロラインが私のそばにいてくれるからだ。


 エドワードの声を出して笑う姿は、キャロラインにとってはよほど衝撃だったのだろう。エドワードを笑わせるなんて素晴らしい……と、何やら崇められてしまった。


「二人は本当に仲良しねぇ」


「まるで姉妹のようですわ」


 共に朝食をとっていたメイシー様とサブリナ様が顔を見合わせ笑っている。


 いやいや、私とキャロライン様が姉妹みたいだなんて畏れ多くて笑えないわ。こんな完璧としか言えないキャロラインと私じゃ、月とスッポンだもの。いや、キャロラインが月なら私はスッポンでもまだ厚かましいかもしれない。ダンゴムシくらいなら許されるだろうか。


「劇場、いいわねぇ。キャロライン達が行くのならわたくしも行こうかしら」


 メイシー様の一声で揃って劇場に向かうことになった。また街中でジロジロ見られても大丈夫なように気合いをいれて準備したのだが、今回は驚くほどに人の視線を感じなかった。


 王妃であるメイシー様をはじめ、サブリナ様にキャロライン様、エドワード様、私以外の顔ぶれが豪華すぎて誰も私の事など見ていないのだ。


 特に若い女性はエドワードしか見えないようで、魂を抜かれたようにぽーっとしている令嬢を劇場内だけでも数十人は見かけた。


 おかげで人目も気にせず芝居を堪能することができた。芝居の後、どなたかの屋敷に行かれるというメイシー様、サブリナ様、そしてメイシー様の護衛を任されているエドワード様と別れ、キャロラインと二人でレストランに入る。ここは前にウィルが連れて来てくれた店だ。


 前回来た時と同じく、通された個室は植物がたくさんでまるで森の中にいるみたいだ。


「素晴らしいお芝居でしたわね」

 本当に初めて見たお芝居はとても面白かった。二人で感想を言い合っているうちに食事が運ばれてくる。


 キャロラインのすらっとした長い指が慣れた手つきでフォークとナイフをとる。その一連の動きが滑らかで見惚れてしまう。


 本当にキャロラインは指先まで抜かりなく美しい。手は透明感がありすべすべで、指先はささくれ一つなく、爪の先まで綺麗に整えられている。


 見れば見るほど、一緒にいればいるほど、キャロラインの美しさに魅せられてしまう。


 そのたびに、どうしてウィルはこんな素敵な人が側にいて心が動かなかったのだろうという疑問が湧いてくる。


 どう考えても私とキャロラインなら、何があってもキャロラインを好きになるのが普通でしょう。


 ウィルは否定したけど、やっぱりロリコンだったんだろうか? それとも不細工にしか萌えないブス専とか!?


 目の前の美しいキャロラインを見つめながら、私の頭の中は私の事を好きだと言うウィルに対する疑問で満タンだ。


「アリス様?」


 キャロラインに呼ばれ、はっと我にかえる。いらない事を考えていて食事が進んでいないせいで、キャロラインに余計な心配をさせたみたいだ。


「ごめんなさい。ちょっと考え事をしてたんです」


 手にしていたフォークを動かし、前菜のカルパッチョをパクリ。程よい酸味が爽やかでとても美味しい。


「本当にこのレストランの料理はどれも美味しいですね」


「そう言っていただけて嬉しいですわ。ここはわたくしのお気に入りの店なんです」

 

 キャロラインが嬉しそうに微笑み、スープを口に運んだ。


「でもアリス様とこんな風に仲良くなれて嬉しいですわ」


「私もです」っと答えると、キャロラインはいたずらっ子のように可愛らしく笑った。


「本当ですか? 最初の頃のアリス様は、わたくしの事をかなり警戒されていましたよね?」


 内心ギクっとしながらも慌てて否定する私を見て、「分かっています」とキャロラインは優しく笑った。


「ウィルバート様のパートナーの座を奪われたわたくしが、嫉妬からアリス様に嫌がらせをすると思ってらっしゃったんですよね?」


 あぁ……誤魔化しようもないくらいにすっかりバレちゃってる。これはもうどうしようもない。


「ごめんなさい」

 

 深々と頭を下げた私の耳に、キャロラインの楽しげな笑い声が聞こえてくる。驚いて顔をあげると、キャロラインが口元を隠したままおかしそうに笑っていた。


「……怒ってないんですか?」


 嫌がらせをすると思っていてたなんて言われたら、普通は気を悪くしそうなもんだけど、キャロラインは怒るどころか非常に楽しそうに見える。


「怒っていませんわ。ふふっ。アーノルド兄様からお話はお聞きしていましたが、アリス様は本当に正直な方ですね。いくらでも誤魔化せばよろしいのに、素直に謝るんですもの」


 キャロラインが怒っていないのはありがたいが、こうおかしそうに笑われては戸惑ってしまう。


「確かにわたくしはウィルバート様のパートナーとして様々な会に出席しておりました。でもそれは立場上仕方なくでしたの」


 決まった相手のいない王太子に、幼なじみで公爵家の娘でもある自分は都合がよかったのだとキャロラインは言う。


「わたくしはウィルバート様に一緒に参加したいと思える相手が見つかったことを本当に嬉しく思っておりますのよ。なので嫌がらせなんていたしません」


「キャロライン様はウィルバート様の事を好きではないんですか?」


 こんな質問にキャロラインがまともに答えてくれるとは思わなかったが、どうしても尋ねたくてたまらなかった。


「はっきり申し上げて、あまり好きではありません」


 きっぱりと言いきったキャロラインを見てほっとした。


 ん? ほっとしたって何よ?


 キャロラインとウィルバートはいつか結婚するんだから、好きじゃないなんて言われたら困るところじゃない。ほっとしてどうするの!


 自分で自分につっこみながら、ウィルを好きではない理由を尋ねた。これに関しては、純粋に興味もあった。


 あんなに優しくてかっこよいいウィルを好きにならないなんて信じられない。


「性格が悪いからですわ」


 なんとっ!! あの穏やかで善良なウィル事を性格が悪いと言うなんて。


 驚いた私を見てキャロラインが、「あら? アリス様はまだウィルバート様の胡散臭さに気がついていらっしゃらなかったんですね」なんて言うものだから、余計に驚いてしまう。


「胡散臭いって、ウィルバート様は世界で一番素敵じゃないですか? かっこいいし、優しいし、笑顔なんて眩しすぎるくらいですし」


 って、ちょっと熱くなりすぎちゃったみたいだ。キャロラインがおやおやっというような顔で私を見ている。


「ウィルバート様が世界一素敵というのは間違いですわ。なぜなら世界一素敵なのはエドワード兄様ですから」

 

 にっこりと微笑んでいるけれど、キャロラインの笑顔には圧がある。反論できるわけがない。


 普通ならブラコンだなっと思えるキャロラインの発言も、エドワードを見た今なら納得せざるをえない。


 確かに顔だけはダントツで世界一かっこよかったわよ。私の好み的にはウィルが笑った時の目が細くなる顔が最強だけど、顔立ちの良さだけで言えばエドワードが世界一だと認めざるを得ない。


 ただし悪魔だけど……

 っと心の中でつけ加えた。


 キャロラインはウィルの事を性格が悪いと言っていたけれど、エドワードの方がかなり歪んでいる。


 とは思いながらも、口に出すことはできない。

 なんせキャロラインはエドワードの本性を知らないのだ。私が変にバラしたりなんかしたら……


 エドワードの事を考えて、ブルっと身震いした。うん。下手したら今度こそ本当に斬り捨てられそう。あの冷たい微笑みを浮かべたまま容赦なく私に剣を向けるエドワードが容易に想像できる。


 給仕係がスープ皿をさげ、変わりに魚料理が置かれた。大きなホタテの貝柱とヒラメから美味しそうなバターの香りが漂ってくる。


「でも意外ですわ」 

 給仕係が部屋を出て二人きりになったのを確認してからキャロラインが口を開いた。

 

「わたくし、アリス様はわたくしがウィルバート様の事を好きではないと答えた方が嬉しいのではないかと思っていました」


 そう言われたら……悩んでしまう。

 もしキャロラインがウィルバートの事を好きって言ってたら、私はどう思ったのだろう?


 その方がよかったわよ。だって、いつか二人は結婚するんだし……

 無理やりそう思おうとするけれど、なんだか胸の中がもやっとしている。


 キャロラインがどう答えたら私は満足だったのか……結局私にはその答えは出せなかった。

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