37.アリス様、すごいです!
「そろそろ休憩いたしませんか?」
エドワードに頭突きをくらわせてしばらくたった頃、ちょうどよいタイミングでキャロラインが部屋に顔を出した。
っと思ったら、「えっ!?」っと小さな声をあげ、入り口で立ち止まってしまった。
ダンスをしているはずの私達が、片や怒り、片や笑っていることに驚いたのだろうか? 私とエドワードを見て目を丸くしている。
「すごいっ」
キャロラインが独り言のように呟いたかと思うと、私の方に向かって飛び跳ねて来た。
「アリス様、すごい! すごいです!! エドワード兄様を笑わせるなんて、一体どんな魔法を使ったんですか?」
興奮して体を震わせながら私に詰め寄るキャロラインの顔は紅潮していていつもより色っぽい。顔を近づけて見つめられると、胸がドキドキしてくる。
「わ、私は何もしてないです」
頭突きしたから、実際には何もしてないわけじゃないけど……キャロラインの耳に入れていいような綺麗な話じゃないし、まぁいっか。きっとエドワード様も本当の話なんてされたくないだろう。
なぁんて思っていたら大間違い。キャロラインの無邪気な問いかけに、「アリス様に無理やりキスしようとしたら、頭突きをされてしまったんだよ」っと、エドワードが笑いながら馬鹿正直に答えたもんだから、私の方が焦ってしまう。
ちょっとエドワード様!!
事実だとしても、もうちょっと上手い言い方をしてくれればいいのに。これじゃあキャロライン様達がどう思うか……
「グフっ」
聞き慣れた音に、まさか……と思いながら振り向いた。想像どおり、奇怪な音の主はアナベルだった。私と目が合うやいなや、親指をグッとたてウィンクをしてくる。
いや、そんないいねポーズされても困るんだけど……はっきり言って、いい事は何もない。
アナベルの音で気づいたけど、入り口あたりには、アナベル達侍女やメイドが集まっている。エドワード目当てだと思われる彼女達は、エドワードの私にキスしようとした発言にざわついている。
わぁお。この騒ぎはどうやっておさめればいいのよっと、頭真っ白になった私の目の前で、キャロラインがユラユラっと揺れた。
「お兄様が無理やりキスを……」
何やら呟きながらフラフラしていたキャロラインが視界から消えた。
あぶない!!
そう思った時には、キャロラインが床に向かって倒れていくところだった。
さすが騎士団長、動きが早い。全く動けない私とは違い、素早くキャロラインを抱き止める。
「キャロライン、どうしたんだ?」
エドワードは腕を動かしキャロラインを横抱きに抱えあげる。
はうっ。その流れる一連の動作が、まるでクラシック映画のワンシーンのように美しくて息が止まる。
「アリス様も一緒に来てください」
慌ただしく駆け寄ってきた侍女と共にキャロラインを寝室へと運ぶエドワードが私を呼んだ。
はっきり言って戦力にはならないどころか邪魔な気もするけれど、呼ばれたからには行くしかない。
初めて入ったキャロラインの寝室はとてもゴージャスだった。家具や寝具はもちろん高価そうなゴテゴテした作りのもので揃えられている。中でも私が一番感動したのは天井だ。濃紺色の天井は丸いドーム型になっていて星が散りばめられている。上を見ているだけで、まるでプラネタリウムにいるようで楽しい。
「アリス様、キャロラインの様子も気になりますし、このままこちらでお茶にしませんか?」
私が寝室に居座ったら、キャロラインは休めないだろう。エドワードの申し出を丁重に断り、寝室を後にしようとする私をキャロラインが呼び止める。
「アリス様、まだお話したいですし、よろしければこのまま一緒にいていただけませんか?」
横たわったままのキャロラインに潤んだ瞳で見つめられたら、帰りたくても帰れない。大人しく与えられた椅子に腰掛けた。
お茶が用意される頃にはだいぶ気分もよくなったのか、キャロラインもベッドの上に体を起こしていた。
どうやらキャロラインが倒れたのは具合が悪いのではなく、エドワードが私に無理やりキスをしようとしたのがショックだったかららしい。
「もうお兄様ったら信じられませんわ。アリス様に無理矢理キスしようとするなんて最低です」
「申し訳なかったと思っていますよ。でもこれも騎士団長としての仕事のうちなので」
プリプリと可愛らしく怒るキャロラインの横でエドワードは涼しい顔でお茶を飲んでいる。
それにしても、さっき私と一緒にいた口の悪い男はどこに行ってしまったのだろう。目の前にいるエドワードの紳士っぷりには、ある意味尊敬してしまう。これはもう猫を被ってるっていうより、トラとかライオンかぶってるっていうレベルだ。
「無理矢理キスするのが仕事のうちだなんて、そんな言い訳よく恥ずかしげもなくできますわね」
元気を取り戻したら腹が立ったのだろうか。想像以上にキャロラインが怒ってくれるので、私としては気分がいい。
「本当に仕事なんだよ」
少し困ったような顔をしながらエドワードが説明を始めた。
「アリス様はウィルバート殿下が初めて興味をもたれた女性ですからね。わたしは騎士団長として、その女性について調べしようと思ったんです。殿下が悪い女性に騙されているとしたら、大きな問題が起きる前に防がねばなりませんから」
「つまり……私がウィルバート様を騙してないか試すためにキスをしようとしたと?」
「そうです。自分で言うのもなんですが、わたしはそれなりに人気がありますので。私に色目を使ってきた場合、もしくはわたしの誘惑にのるような場合はウィルバート殿下から早急に引き離さねばと思っていました」
っと、ここまで真面目に話していたエドワードが思い出したかのように再び声を出して笑い始めた。
「どんな手練手管でわたしに迫ってくるのか楽しみにしていたんですが……まさか頭突きをされるとは思ってもみませんでしたよ」
全く迷惑な話だ。いい男をみたら落としにかかる男好きだとか、ウィル以外の男とでもキスする女だと思ってたって、私のどこを見たらそんな女に見えるっていうのよ。失礼にもほどがある。
「期待されているような、慣れている女じゃなくて申し訳ありませんね」
少しでも後味の悪さを与えてやりたくて、ちょっとした嫌味を言ったつもりだったが、エドワードの方が私よりも上手だった。
「いえ。おかげでアリス様の事を斬らずにすみましたよ」
あんまりにもサラッと言われたから一瞬聞き間違いかと思ったけど……今斬るって言ったよね?
私がもしエドワードの誘惑にのってキスしてたら、そのまま斬り殺されてたってこと?
真顔のエドワードに恐怖を感じて、さぁーっと血の気が引いていく。
「冗談ですよ」
青くなる私を見てエドワードはふっと口元をゆるませたけれど、その目は笑っていない。
「エドワード兄様に笑いながら冗談を言わせるなんて……アリス様はやっぱりすごいです」
キャロラインの尊敬したように私を見つめる瞳が非常に居心地悪い。
おそらくエドワードは冗談なんか言っていない。だって目が本気だったんだもん。私がエドワードに靡いてたら、間違いなく斬られていただろう。
顔を引き攣らせる私と目があったエドワードが一瞬だがニヤリと笑った。
やっぱりこの人は悪魔だ……もうこれ以上エドワードに関わりたくない。
「もう私がウィルバート様を騙してないって分かりましたよね?」
エドワードは「それはまだ分かりませんね……」と返事をした。
なんせ異世界からの客人に会ったのは初めてなので、一連の事全てが演技かもしれないし、まだ不思議な能力を隠しているかもしれないとエドワードは疑っているようだ。
こんなど平凡な少女をいくら疑ったって何も出やしないのに。仕事とはいえご苦労なことだ。
「エドワード様……失礼を承知で申し上げますが、アリス様は決してウィルバート様を騙すような方ではありません」
アナベル〜!! あぁ、やっぱりアナベルがいてくれてよかった。
私の援護をしてくれるアナベルに感謝の眼差しを向ける。
「アリス様はウブなふりをしているわけではなく、本当に男性慣れしていないんです」
あれ? なんか思ってたのと違う気がするんだけど……
私の戸惑いをよそに、アナベルの熱弁は終わらない。
「ですからウィルバート様を誘惑してだますなんて、アリス様にはできっこありません。正直なところ、もう少し積極的になられてキッスくらい普通にしてほしいんですけど」
あ、あの、アナベルさん? 一体何言ってんの?
「まぁ! ウィルバート様はアリス様と毎日一緒に過ごされていると聞いてましたのに……その……まだキスもされていないんですか?」
って、キャロラインも何食いついてんの? 私のキス事情なんて皆に披露するものでもなんでもない。
「おそらくお二人がキッスされたのは、今までに二回ですね。毎晩寝室で二人きりで過ごされて、キッスもしないっておかしくありませんか?」
あぁ……頭が痛くなってきた……
全く援護にならないアナベルのサポートに軽い目眩を感じた。もういっそのこと倒れてしまいたいくらいだ。
「アリス様が初心なフリをしているのではなく、ただ男慣れしていないということがよく分かりました」
と、エドワードが納得したように頷いた。
「せっかくですので、ダンスのレッスンと共に、男慣れのレッスンもしましょうか?」
は? 男慣れのレッスンって……何言って……
「もちろんやります。やりますよね、アリス様?」
私より先に、アナベルが食い気味に返事をした。
「いや、私は……」
断るより先にエドワードが、「ではアリス様、頑張りましょうね」と言って私の手をとり甲にキスをした。
思わず手を引っ込めたけど、心臓はドキドキしている。悪魔だと思っていても、やはりイケメンに触られると、それだけでときめいてしまう自分が情けない。
そんな私の思いが筒抜けなのか、エドワードはおかしそうにニヤリとした笑みを見せた。




