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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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27.本屋

「さぁアリス、降りておいで」


 先に馬車を降りたウィルバートがわたしの手をとる。


 今降りるのはちょっと……っと思いながらも、私に拒否権はない。促されるままに馬車を降りた。


 本屋に行きたいなんて言うんじゃなかったな。

 賑わっている通りを歩きながら、何度そう思っただろうか。


 本屋のある通りは馬車が通れないので、途中から歩かなくてはならない。別に歩くことは大した問題ではなかったけれど、ウィルと歩くことによって視線を集めてしまうのが苦痛でならなかった。


 今は誰にも顔を見られたくない。

 そんな気持ちから、どうしても俯き加減になってしまう。


 別に顔を見られたからって、馬車の中でキスしたことなんて分からないかもしれないけれど、何だか皆にバレてしまいそうな気がして落ちつかない。それに今はいつも以上に自分の顔に自信がない。ものすごく赤い顔をしている気もするし、緩みすぎてだらしない顔になっている気もする。


 そんなこんなで、目的の本屋に着く頃には体以上に心の方が若干疲れてしまっていた。


 それなのに、本屋の大きな窓から中を覗くと自然とテンションが上がってくる。我ながら単純だと思うけど、久しぶりの本屋に興奮してさっきまでの精神的疲労なんてどこかへいってしまったみたいだ。


 案内された本屋は、外装がカントリー調でとても可愛いく、真っ赤なドアは白い建物が並ぶ街の中で一際目を引いた。


 浮かれる私とは逆に、ウィルの表情は固い。

「どうかしましたか?」


「なんでもないよ。ただ……」

 ウィルは少し困ったような笑顔を見せ、内緒話をする様に私の耳元に口を寄せた。


「本屋に入るのは初めてなのでね」

 

 もしかして……緊張してるの?

 本屋に入るのに緊張するなんて。もう、ウィルってば可愛いんだから。


 いつだってかっこよくて、パーフェクトなウィルの戸惑っている姿にときめいてしまう。


「私に任せてください」


 ウィルが入れないのなら、私が先に入ればいいだけのこと。私はダンスもテーブルマナーもできないけれど、本屋のドアを開ける事はできる女なのだ!!

 

 躊躇なくドアを開けると、カラリンと来客を知らせるドアベルの優しい音が響いた。


 思った通りだわ。窓の外から見た通り、中もいい感じだ。小さな店内には、カラフルな絵本がたくさん並べてあり、とてもアットホームな雰囲気だった。


「いらっしゃいませ」


 そう声をかけて来たのは、20代前半くらいだろうか、背の高いポニーテールをした女性だ。


「初めてのお客様で……でででで」


 でででで? 


 にこやかに出迎えてくれた次の瞬間に、青い顔をして震え始めた女性がこの世の終わりかというような叫び声を上げた。


 悲鳴を合図に、店の外で待機していた護衛がどっとなだれ込んでくる。小さな店内は一気に密度が高くなってしまった。


 その護衛に驚いたのか、女性が再び悲鳴を上げる。すると今度は店の階段から一人の男性が転げ落ちてきた。


「ナタリー、どうした?」


 護衛でごった返す店内に驚き目を丸くする男性に、ポニーテールの女性が震えながらしがみつく。


「カール……殿下、殿下が……」


「殿下?」


 意味が分からず眉間に皺をよせた男性だったが、店内にウィルバートの姿を確認すると女性と同様震え始めてしまった。


 二人の様子は、突然現れたウィルバートに驚いているというより、怯えているといった方が正しいのかもしれない。


「ななななな何か問題でも、あああありましたでしょうか?」

 カールと呼ばれた男が真っ青な顔をしたまま、震える声で問いかけた。


「何も問題はないよ。驚かせて悪かったね」


 何も危険がないことを確認した護衛が再び外に出ると、店内は落ちつきを取り戻した。が、店員二人の引き攣った表情は変わらない。


「わたしの恋人は本が大好きでね……今どのような本が人気なのか知りたくて寄らせてもらったんだよ」


 恋人……ウィルバートからそんな風に紹介されるとやはり照れてしまう。店員二人も私の事は噂に聞いていたのだろう、「異世界からの……」小さな声で呟くのが聞こえた。


 どうやら二人の中では恐怖よりも異世界からの客人である私への興味の方が勝ったのだろう。私の姿を観察しているうちに、いつのまにか固かった表情は柔らぎ、言葉もスムーズになった。


 話していて分かったことだが、この書店はもともとナタリーの祖父母が経営していたものらしい。その書店を、幼なじみであったカールと結婚した際、ナタリーが引き継いだようだ。


 祖父母の代から王族はもちろん、貴族のお客なんて来たことがない。それなのにいきなりウィルバートが入って来たもんだから、びっくりして叫んでしまったのだとナタリーは謝った。


「アリス様は本がお好きとのことですが、普段どの様な本を読まれますか? うちで扱う商品の中に気に入っていただけるようなものがあればいいんですが」


 カールの声には自信のなさが滲み出ている。自分達の店には庶民が楽しむような本しかないので、私が気に入るものなんてないのではと心配しているように見えた。


「そうですね。色々読みますが、一番好きなのは恋愛小説ですね」


「恋愛小説!?」


 カールとナタリーの声がハモった。

 顔を見合わせる二人には明らかな戸惑いが見える。

 

「アリス様は恋愛小説を読まれるんですか?」


「もちろん読みますよ」


 二人は王太子であるウィルバートの連れて来た私が恋愛小説を読むというのが信じられないのだろう。


「だって私も庶民なんで」


 一瞬そう言ってしまおうかなんて事も考えたが、恋人だと紹介してくれたウィルの立場もあるのでやめておいた。


 それにしても、この国では恋愛小説の位置づけが低いというのは本当のようだ。話には聞いていたが、今回カールとナタリーの驚きと動揺を見て、そのことがよく分かった。


 私が恋愛小説を読む事に対して半信半疑といった様子の二人だったが、私が好きな小説の話を始めてから少し様子が変わってきた。特に好きな小説として『あの日の約束』を挙げた事がよかったみたいだ。同じくこの小説を好きだというナタリーはパァッと表情を明るくした。


 それからはとんとんっと話は進み、書店の上階へ案内された。この書店は3階建てらしく、今いる1階は主に子供や家族向けの本を多く並べているそうだ。


 2階の社会や経済に関する難しそうな本を横目に通り過ぎ、たどりついた3階が恋愛小説コーナーになっていた。その種類の多いこと!! これは嬉しい驚きだ。


 あぁ本当に、こうやって売り場を物色するのはいつぶりだろうか? 週に一度は本屋をぶらぶらしていたのが懐かしい。


 珍しく元の世界の事を思い出しながら、何の気なしに平台の本を手にとった。売り出し中の作品なのだろうか、並べられている本の数が多い。


「あっ、それは……」


 ナタリーが一瞬慌てたように手を伸ばしかけたが、私がすでに本を手にしているのを見て口をつぐんだ。


 何かまずい本だったかしら?


 ナタリーの態度が気になりながらも、最初の数ページをざっと流し読みする。

 

 わーおっ。


 本の内容に驚いて慌てて本を閉じた。私と目があったナタリーが、気まずそうな表情を浮かべている。


 うん、分かる。そうよね。そりゃそんな顔にもなっちゃうわよね。


 最初のページを読んだだけで、あの時何故ナタリーが焦っていたのかがよく分かった。


 もっと早く、そう、『籠絡された客人』という本のタイトルを見た時に気づくべきだった。

 タイトルにある客人というのは異世界からの客人、つまり私の事だ。


 けれど私とナタリーが感じている気まずさの理由は、この本が私をネタに書かれた話だからというわけではない。

 私達の気まずさの原因は、この本がバリッバリの官能小説だったことだ。


「これって……人気あるんですか?」


「え、ええ。とても……」


「そうなんですか……」


 相変わらず気まずそうな表情を浮かべたままのナタリーに、何と言ったらいいのか分からない。それはナタリーの方も同じらしく、困った様子で両手の爪をカリカリしている。


「へぇ、『籠絡された客人』かぁ。興味深いタイトルだね」


 突然後ろから声がして思わず体がビクッとする。ナタリーにばかり気を取られていて、ウィルバートが側に来たことに全く気づかなかった。


 興味深そうに平台の上に並べられている本を眺めていたウィルバートが、積み上げられた本の中から一冊を手にとった。


「あ、あの、ウィル、それは……」

 

 できれば中は見ないで欲しい!!


 そんな私の願いが叶ったのか、ウィルがページをめくることはなかった。けれど、しまった。この本にはウラスジがついている。これじゃ中を見なくても、この本が王太子と異世界からの客人による官能小説であることが丸わかりだ。


「うん、いい話だね。2冊もらおうか」


 ウラスジを読んだウィルが満足そうな顔をして、手にした本をナタリーの方へ差し出した。

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