25. レストランデート
不意打ちキスに呆然としたまま馬車を降りると、今度はあまりに高級そうなレストランの佇まいに圧倒されてしまう。
「殿下、本日はお越しいただきありがとうございます」
店のオーナーらしき人と挨拶を交わすウィルの様子からして、ウィルもこの店に来るのは初めてのようだ。
「うわぁ、すごい」
案内された個室へと入ると思わず声が出てしまった。てっきり重厚感あふれる高級品に囲まれていると思っていた部屋は、想像以上にシンプルだった。そしてものすごく可愛らしい。
室内は壁や天井、家具から飾らせている花に至るまで全て白でまとめられていた。その白い部屋の天井にはツル植物が伸び、床は緑の絨毯のように綺麗な芝が広がっている。壁には木が何本も置かれ、大きな窓から差し込む光はまるで木漏れ日のようでとても明るい。
まるで森の中のレストランね。リスでも出てきそうだわ。とても可愛らしい室内は、見ているだけでもテンションがあがってくる。
「ステキな部屋ですね」
「友人のお気に入りの店なんだ。アリスが気に入ってくれて嬉しいよ」
そう言って笑うウィルの顔は本当に嬉しそうだ。
護衛は部屋の外で待機して、ウィルと二人きりの時間を楽しむ。
うーん。この店が人気なのがよく分かるわ。部屋もステキだけど、それ以上に食事も素晴らしい。出てきた料理はどれも見た目が美しく、味は最高に美味しかった。
のんびりとランチを楽しみ、食後のデザートをいただく。私は紅茶、ウィルはブラックコーヒーを飲みながら、話題はこの後のデートについてだ。
「近くに若い令嬢に人気の宝石店があるんだけど、行ってみないかい? もちろん途中にアリスの気になる店があれば、いくらでも寄っていいからね」
「はい、ありがとうございます」
宝石店かぁ……正直あんまり興味ないなぁ。
もともと貴金属に縁のない生活をしてたからか、未だにジャラジャラしたネックレスやイヤリングが苦痛で仕方ない。
着飾るのもレディとしての礼儀だって煩く言われるから、今日もつけてるけど……肩が凝って仕方がない。
せっかくウィルが考えてくれたデートプランだけど、行き先を変えてもらおうかな?
行き先にダメ出しするなんて失礼な気がするけど、私が宝石店でつまらない思いをしたら、どんなに誤魔化してもウィルにはバレちゃう気がするのよね。それなら初めから自分の希望を言った方がまだマシな気がする。
「あの……」
「ん、何だい? 宝石には興味がなかったかな?」
す、鋭い!! ウィルには私の頭の中が見えてるんじゃないかと思ってしまう程の鋭さだ。
「ごめんなさい」
謝る私に、ウィルは「気にすることはない」と笑ってくれる。
「あの、ウィル……私、できれば本屋に行ってみたいんですけど……」
「本屋!?」
「はい。できれば新刊が多くある店に行きたいです」
おもしろそうな本は王宮の書庫にまだ沢山あるけど、やっぱり全部昔の作品なのよね。もちろん古典的な作品は楽しいけれど、そろそろ流行り物が恋しくなってきた。
「本屋かぁ……」
考え込むウィルの表情は固い。
「あっ、もしかして王太子の立場では本屋に行くことも難しいんですか?」
恋愛小説が好きなことは知られてはいけないと言っていたが、もしかしたら本屋も王太子にとっては相応しくない場所なのかもしれない。
心配する私にウィルは「そんなことはないよ」と言って笑った。
「ただこのエリアに本屋はないんだよ」
ウィルによると、貴族や王族の人達には本屋で本を選ぶという習慣がないらしい。前にアーノルドと行った平民生活エリアには本屋があるらしいのだが、本屋というものに入ったことがないウィルには中の様子はもちろん、新刊を扱っているかどうか分からないようだ。
「本屋に行かないなんて、貴族の人達は損してますよ」
本屋はどんな本があるのか見るだけでも心が弾む場所だ。店内をぶらついて、今一番売れている恋愛小説なんてのを知るのもいいし、帯やポップから興味のある本を選ぶだけでも楽しい。
そんな私の話を黙って聞いていたウィルが、「じゃあ行ってみようか」っと微笑んでくれたので、店を後にすることにした。
ウィルと共に部屋から出ようとすると、外で待機していた護衛の一人が、私だけしばらく室内で待つ様声をかけてきた。
何だろうと思いつつも部屋の扉付近で待機する私の耳に、やけに甘ったるい女性の声が聞こえてくる。
「まぁウィルバート殿下じゃございませんか」
「殿下もこのような店にいらっしゃるんですね」
ウィルの知り合いかしら?
私の位置からは見えないけれど、ウィルが誰かに囲まれている気配がする。声からして若い女性数人のようだ。
「殿下のご学友の方々ですよ。殿下に心酔されている方ばかりなので、アリス様はお会いにならない方がよろしいかと……」
そっか。どうりでこの人、私の前に立ってるんだ。嫌がらせのように壁際に立たされたのは、外から私の姿が見えないようにという配慮なのだろう。
立場的なものもありはっきりとは言わなかったけれど、ウィルの事が好きな令嬢が、ウィルと一緒にいる私を見て何を言うか分からないって事よね。
扉の外からは相変わらず女性達の声が聞こえてくる。
「せっかくお会いできたのですから、殿下もご一緒してくださいませ」
聞いているだけで胸焼けしそうな程の猫撫で声にも、いつも通りさわやかな声でさらりと流すウィルはさすがだ。
このやりとりいつまで続くんだろう。ウィルは切り上げようとしているものの、令嬢達の食いつきっぷりは凄まじい。
そんなウィルと令嬢の会話の中に、一つの声が割って入る。
「皆様、ウィルバート様が困ってらっしゃいますわ」
今まで喋っていた令嬢達とは全く違う、高く澄んだその声に聞き惚れてしまう。声に優雅さと上品さが滲み出ているなんて素晴らしい。きっとこういう人を本物のレディというのだろう。
「申し訳ございません。ウィルバート様のお邪魔をするつもりはなかったのですが……」
申し訳なさそうな女性に、ウィルが大丈夫だと言って笑っている。
「あなたがこの店を薦めてくれたお陰で楽しいランチができましたよ」
「それはよかったです」
んん?
今の話の内容からして、この店を薦めてくれたのはこのステキな声の女性ってことよね?
楽しそうに笑い合う二人には、何か他の令嬢達とは違った打ち解けた感がある。
「あのぉ……今話している女性って、ウィルと仲がいいんですか?」
外に聞こえないよう声を抑えつつ、私の前に立つ護衛に尋ねた。
「それは……」
私を見る護衛の気まずそうな表情がやけに気になる。
「せっかくですから、キャロライン様からも殿下にご一緒してくださるようお願いしてくださいませ」
いかにもぶりっ子っぽい甘えた声に気持ち悪さを覚えるが、今はそれどころじゃない。
今、キャロラインって言ったよね?
ってことは、このステキな声の主があのキャロラインってこと!?
「今キャ……」
驚いた弾みで声が大きくなってしまった私に、護衛が慌てて人差し指を口元に当て静かにしろというポーズをした。
いっけない。あんまり大声を出したら私が隠れているのがバレてしまう。極力声を落とし、再び護衛に話しかけた?
「今キャロライン様って呼ばれてましたけど、そこにいるのって、アーノルドの妹のキャロラインさんなんですか?」
私のヒソヒソ声に、護衛は一段と気まずそうな顔をして頷いた。
やっぱりあのキャロラインなんだ。
ウィルと結婚するはずの人……って言う言い方は正しいかどうか分からないけど、とりあえずノックがウィルと結婚させたいと思ってる女性。その人が今この壁の向こうにいる!!
せっかくだから見てみたい。ほんの少しでいいから姿を見たい。そう思っても私の位置からは姿どころか、影すら全く見えない。
「あの。ちょっとだけ覗いてみても……」
あっ、ダメみたいですね。
護衛のしかめ面を見ていたら聞くことすら出来なかった。
「しばらく我慢してください。御令嬢方がアリス様に気づかれたら厄介です。もしアリス様が傷つけるられるような事があれば、我々が殿下に叱責されてしまいますので」
叱責って、そんな大袈裟な。
令嬢達がわたしの悪口を言ったからって、あの優しいウィルが怒るわけがない。
「いいえ。ウィルバート殿下は確実に御立腹されるでしょう」
確信めいた口調で言われても納得がいかない私を見て、護衛はやや驚いたようだ。
「もしやアリス様はご存知ないのですか?」
「何をですか?」
「殿下がアリス様を愛していらっしゃる事をです」
「あ、愛してって……」
顔がぶわっと赤くなるのが自分でも分かった。
「た、確かにウィルから好きとは言われてるけど、でもそれは単なる好きってだけで、あ、愛してるっていうほどじゃ……」
別に「好き」って言葉が軽いとは思っていないけど、やっぱり「愛」と比べると深さが違うような気がする。ウィルは私に「好きだ」と言ってくれるけど、それは私が思っているよりも深い愛情がこもったものなのだろうか?
狼狽える私とは対照的に、護衛は冷静だ。
「間違いなく愛ですね。その証拠に、殿下のアリス様に対する独占欲は並々ならぬものがあります」
「独占欲ですか?」
独占欲って、独り占めしたいって意味だよね。
ウィルが私に対して、独占欲なんて見せたことあったかしら? っと思わず首を捻る。
「正直申し上げて、こうしてアリス様と二人きりで待機しているということは、私にとってはかなり危ない状況と言わざるを得ません。アリス様と口をきいたと知れれば、殿下は不快に思われるでしょうから……」
そんな大袈裟な、っと思うけれど、護衛は本気でそう思っているらしく、表情は真顔のままだ。
「ごめんね、アリス。待たせて悪かったね」
話に気を取られていたせいで、扉からウィルバートが顔を覗かせた事に気づいていなかった。私を見たウィルの笑顔が引き攣っている。
「どうして君達はそんなに寄り添っているんだい?」




