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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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24/117

24.香水をつけたなら

「へっ?」

 どうしてこの流れでそんな話になっちゃうの?


 言葉を返す間もなく、ウィルの手が伸びて私の頬に触れた。ウィルはどうやら本気らしい。


「ちょ、ちょっと待ってください」

 慌てて後退りする私の腕をウィルバートが掴んだ。


「だめだよ。逃がさないから」


「な、な、なんでいきなりキスすることになってるんですか? しかもこんないきなり……」


 アナベルに助けを求めようとするが、見るからに無駄だった。私の目にうつったアナベルは、鼻息を荒くして私達がキスするのを期待している。


 あぁ、こりゃダメだ。

 私の気持ちなんて、興奮したアナベルに届くはずはない。


「アリス様、私達のことは気にせずやりまくってください」


 アナベルが気にしなくても、私は気になって仕方ないんだってば!!


 ルーカスとアナベルにがっつり見つめられながらウィルとキスするなんて……絶対ありえない。


「ウィル、分かったからもう……」

 勘弁してください。


「じゃあ香水はつけてもらえるのかな?」


 あぁ……やっぱりこうなってしまうのね。

 あんなにも固かった私の決意が、ガラガラと音を立てて崩れていく。


「はい、つけさせていただきます……」

 私にできることは、ウィルバートの問いかけに静かに頷く事だけだった。


 観念してうなじを曝け出した私を、甘いベリーのようなみずみずしい香りがふんわりと包み込む。想像していたよりも微かで爽やかな香りだ。


「可愛らしい香りだね」


 うっ。ウィルってば、そんなに近づいて私のうなじを嗅がないでほしい。


 さりげなくウィルとの距離をあけようとするけれど、すぐにバレて捕まってしまった。


「どこに行くの?」


「ど、どこにも行かないですよ」


「そう。それならよかった」


 良くない、全然良くないです。

 こんな風に後ろから抱きしめられたりしたら、ドキドキして体が硬直しちゃうじゃない。


「本当にこの香水は甘くてとろけるような香りがするね」


 そう囁くウィルの息が首にかかると、ゾクゾクとした快感に襲われる。


 そんなウィルからの攻撃に悶える私の横では、私達とはちょっと違うバトルが繰り広げられていた。


「たしかに女性らしい甘い香りですが、これでキスしたくなるとは思えませんね。こんな胡散臭いものを信用するなんてどうかしてますよ」


 部屋に漂う香水の香りを嗅いだルーカスが小馬鹿にしたように笑った。その態度が気にいらなかったのだろう、アナベルが挑むような視線でルーカスを見る。


「ではルーカス様、賭けをしませんか?」


「賭けですか?」


「ええ。今日ウィルバート様とアリス様がデート中にキッスをしなければルーカス様の勝ち、もしキッスした場合は私の勝ちです」


「はっ、くだらないことを」

 実に馬鹿馬鹿しいとルーカスが鼻で笑った。


「そんな事おっしゃってますけど、実は負けるのが怖いんじゃないですか?」


 アナベルも負けてはいない。馬鹿にしたように笑うルーカスに対して嘲るような笑みを返した。


「いいでしょう。その賭けにのろうじゃありませんか」


 二人の間をバチバチとした火花が飛び交う。


 あぁ、なんだか不穏な雰囲気……


 気にはなるけど私が口をはさんだら、ウィルに抱きしめられているのを見られてしまう。ただでさえ恥ずかしくてたまらないのに、二人にジロジロ見られちゃうなんて想像するだけでも熱が出ちゃいそうだ。


 「あ、あのウィル……アナベル達の様子が気になりますし、そろそろ放してもらえませんか?」

 

「大丈夫だよ。ルーカスもアナベルも話に夢中で気づいてないから」


 ウィルバートはそう言って、私を抱きしめたまま離さない。そんな私達に気づくことなく、ルーカスとアナベルは睨みあうような緊張感を漂わせ、賭けの話を続けている。


「それで、何を賭けるんです?」


 ルーカスの問いかけに、アナベルはしばらく考えて答えた。


「負けた方が、勝った方の命令を、何でも1つきくというのはでいかがですか?」


「いいでしょう」

 二人の間に、再びバチバチとした火花が見えた。


「ということですので、私とルーカス様、どちらが賭けに勝ったのか後で教えてくださいね」

 アナベルが私達の方を向いた瞬間、ウィルの腕が離れ急に自由になった。


 よ、よかったぁ。

 どうやら二人には、私がウィルに抱きしめられていたのは見られていないみたいだ。

 

「あら? アリス様、お顔が真っ赤ですが大丈夫ですか?」


 心配そうなアナベルの後ろに、ルーカスと話しているウィルの姿が見えた。


「そういうことですので殿下、キスをされるのでしたら明日以降にお願いします」


「責任重大だね」

 ルーカスに向かって何食わぬ顔で笑っているウィルが、ちょっとだけ憎らしかった。



☆ ☆ ☆



「まだ怒っているのかい?」


 街へ向かう馬車の中で、向かいに座ったウィルが私の顔を覗きこんだ。


「はい、とっても怒ってます」


「そんなに嫌だった?」


 ウィルの悲しそうな顔を見ると心は痛むけど、そもそも悪いのはウィルなんだもん。少しは反省してもらわないと。ふいっとそっぽを向いた。


「だってアナベルもルーカスもいたんですよ。それなのにあんなことするなんて……嫌に決まってるじゃないですか」

 

 もしウィルに抱きしめられているのをアナベルに見られたら……何て言われるか考えただけで恐ろしい。


「じゃあ二人きりだったらよかったのかな?」

 ウィルが座っていた席から私の隣へと移動してくる。


「ねぇアリス、せっかく二人きりなんだし、ルーカスとアナベルのどちらが賭けに勝つのかについて話さないかい?」


 冗談っぽく語りかけてくるウィルの、悪戯っ子のような瞳に胸がざわめく。いつもの事だけど、こんな風に至近距離で見つめるのはやめてもらいたい。ウィルの視線に囚われると、言いたい事なんて何一つ言えなくなってしまう。


「ねぇ、アリスはどちらが勝つと思う?」


 私の反応を楽しんでいるかのようなウィルの視線から逃げようと俯いた私の顎を、ウィルの長い指がクイッと持ち上げる。


 二人のうちどちらが賭けに勝つのか……

 私達がキスをしなければルーカスの勝ち、キスをしたらアナベルの勝ち。そんなこと、どんな顔して話し合えっていうのよ。


「わたしはアナベルが勝つんじゃないかなって思ってるんだけどな」

 微笑みを浮かべるウィルの言葉に激しく動揺してしまう。


 アナベルの勝ちってことは、つまり私達がデート中にキスをすることを意味している。まさか今されちゃうとか!?


 思わず身構える私を見て、ウィルがふっと口元を緩めた。


 ひどい!! 

 ウィルってば絶対楽しんでるわよね。いつも私ばかりが焦って、余裕なウィルが憎たらしい。


「私はルーカスの勝ちだと思います」

 腹立ち紛れにきっぱりと言い切った私を見て、ウィルは「そうかい?」とおかしそうに目を細めた。


「絶対絶対ぜーったいにルーカスの勝ちですから」


 よし、言ってやったっと、ある種の満足感を覚える。流されてキスしなかった自分を褒めてあげたいくらいよ。

 

 けれど、やっぱりウィルは手強かった。

「わたしは今すぐにでもアリスとキスしたいんだけどな」


「なっ、そんな事……言わないでください」

 そんな風にウィルの熱い目に見つめられたら、私までキスして欲しい気分になっちゃうじゃない。


 隣に座るウィルが私の方へと体を寄せた

「キスしていいかい?」


「ダメです」

 キスしたくない気持ちと、キスしたい気持ちの間で揺れる心を抱えたまま、掠れる声で小さく答えた。


「わたしとキスするは嫌?」


「わ、分かりません」

 そんな事聞かれたって、分かんないよ……


 嫌かと聞かれたら、そりゃ嫌な面もあるわよね。ウィルにキスされたらドキドキして心臓壊れちゃいそうだし、体中熱くなるし、顔なんか真っ赤になって鼻血まで出そうだもん。


 でも……前にウィルの唇が触れた時は、ドキドキもしたけれど幸せでずっとこのままでいたいとさえ思ってしまった。


「そっか。嫌なんだ」

 そう言ってクスッと笑うウィルには、私の気持ちなんてお見通しなのかもしれない。

 

 なんでいつもそんな風に余裕なのよ。悔しくてつい、「本当に嫌ですから」なんて可愛くない事を言ってしまう。


 再びクスクスと笑いながら、「分かっているよ」とウィルは私の頭をぽんぽんと優しい叩いた。

 

「ほら、もうすぐ着くから機嫌を直してくれないかい。人気のレストランを予約してあるんだ」


 子供じゃないんだからレストランなんかに釣られたりしないんだから、なんて思いつつも、人気のレストランという響きに胸が弾む。 


 ワクワクしながら窓の外を眺めると、なるほど、馬車はお洒落な建物が両脇に並ぶ大通りを走っている。


「前回来た時と、街の雰囲気がだいぶ違いますね」


 前回アーノルドに連れて来てもらった時は、こんな風に馬車が走れるような広い道路じゃなかった気がする。通りには露天が並び、人も多かったので、街の入り口で馬車を降りて歩いたはずだ。


「あぁ、それは街のエリアが違うからなんだよ」


 ウィルの説明では、前回行ったのは平民と呼ばれる人々が普通に生活をしているエリアで、今訪れているのは貴族が多く訪れる場所で、高級品を扱っている店が多いエリアらしい。


 そんな話をしているうちに、馬車はゆっくりと停車した。外の護衛が馬車の戸をあけると、先にウィルが立ち上がり外に出た。


「段差に気をつけて」

 扉の外で手を差しのべてくれるウィルの手をとり、馬車の階段を一歩降りた時だった。


 手を強く握られたかと思うと、ウィルの方へ引き寄せられた。


 その瞬間……


 あっと声を出すこともできない程一瞬ウィルの唇が私の頬に触れた。


「スキあり!!」

 一瞬の出来事に驚いて呆然とする私を見て、ウィルはいたずらっ子のようにニンマリと笑った。

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