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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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23. 香水をつけさせて

 次の日、約束の時間より前にやって来たウィルは、何の準備もしていない私の姿を見て申し訳なさそうな顔をした。


「思ったより早く仕事が終わってね。せっかくだから一緒にランチをと思っていたんだけど……早すぎたみたいだね」


「ごめんなさい。まだ着ていく服が決まってなくて……」


 いつものことだが、準備が全く進まなかったのは、デートに着る服の事でアナベルと揉めていたからだ。


 街に行くというので、てっきり前回アーノルドと出かけた時のように変装するのかと思っていたけど、今日はどうやら変装の必要はないらしい。


 ウィルバートの恋人は異世界からきた少女だという話はすでに国中に広まっており、私の容姿や性格に関することまで噂になっているようだ。それなら下手に変装するより、このままの姿で人目についた方がいいのではとウィルは言っていた。


 そんな話を聞かされてしまったら身支度にも力が入ってしまう。人からジロジロ見られるのは確定なんだから、少しでも良い印象を持たれたい。


 その点は私もアナベルも意見が一致しているのに、選ぶ服は全く違うんだから不思議だ。


 私はシンプルなワンピース風ドレスを着たいけれど、アナベルが選ぶのは胸を強調するかのようにがっつり首まわりが開き、袖に無駄なほどレースが多くついたドレスばかりだ。


 このままアナベルと話していてもキリがない。ここはもうウィルに決めてもらおう。ウィルならきっと無難な物を選んでくれるはずだ。

 

 そう思っていたのに、ウィルがまさかこんなに服選びに時間をかけるとは……


「アリスは何を着ても可愛いからなぁ」

 そんな独り言を呟きながら、クローゼットの服を一着ずつ吟味している。


「殿下……お決まりにならないようでしたら、お手伝いいたしましょうか?」


「何言ってるんだい! せっかくアリスがわたしの好みの服を着てくれるっていうのに。わたしの楽しみを奪わないでもらいたいね」


 見かねたルーカスの申し出も断り、服、靴、アクセサリーに至るまで全部自分がコーディネートすると言い張っている。


 ウィルにお願いした事を後悔し始めた頃になって、ようやくウィルは私の衣装を選び出した。


 これでやっと準備が始められる。

 何だかすでにひと段落ついた感があるけど、まだデートのスタート地点にも立ってない。


 さすがにウィルとルーカスのいる前では着替えられないと、隣の寝室に移動して、手早く着替え髪をセットする。


「さぁ、あとは仕上げですね」


 ジャジャーンっとアナベルがエプロンのポケットから取り出したのは、小さなハート型の小瓶だった。中にはピンク色の液体が入っている。


「今日は特別な日ですからね、特別な物をご用意しました」


 そう言ったアナベルの口からグフっという音が漏れた。


 あ、なんか興奮してる?

 嫌な予感がして、瓶の蓋を外したアナベルを慌てて止める。


「ま、待って。アナベル、それ何なの?」


「これはですね……」


 もったいつけるような間を取りながら、アナベルが私の顔に顔をよせ、内緒話のように小声で囁いた。


「これはなんと、キッス専用香水なんです」


「キス専用香水?」


「そうです。キッスしたい人とデートする前につけたら、あら不思議。一時間後にはキッスできちゃうっていうすぐれものなんです」


「へ、へぇ……」


 うわぁ。最高に胡散臭い。飲むだけで簡単に痩せるっていうサプリ並みの怪しさだ。つけるだけでキスしたい人とキスできる香水なんてもの、あるわけないじゃない。


「あっ。そのお顔は信じてませんね?」

 私の顔を見たアナベルが不満そうに口を尖らせた。


「いいですよ。アリス様もこの香水をつけたらすぐ分かるんですから」


 そう言いながら、瓶を持つ手を私の首へと伸ばした。


「ちょっ、つけないでよ」

 アナベルが香水をふきかける前に、体をすっとずらして逃げた。


「アリス様逃げないでください。うなじにつけるのが効果的なんですから」


 効果的も何も、そんな怪しげなものつけるつもりは全くない。首の後ろを手で隠し逃げるが、アナベルは諦めるつもりがなさそうだ。


 それにしても毎度毎度、キッスキッスって言ってるけど、アナベルの頭の中ってこういう恋愛事ばかりなのかしら? これだけ恋愛一直線なのは、ある意味尊敬に値する。


「アリス様の奥手なところは可愛らしいとは思いますけど、アリス様付きの侍女としてはデートを成功させる義務がありますから」


「そんな香水なくたって、デートは成功させてみせるから大丈夫よ」


 デートって何をもって成功と失敗を判断するの? そんな事も分からないけど、とりあえずアナベルの説得を試みる。


 が、私の言葉なんて全く聞いちゃいない。

 瓶を持ったままのアナベルがじりじりとにじり寄って来る。


「とりあえずうなじと手首につけましょう。あとは服を脱ぐことになった時のため、内腿と脇の下もつけておけば完璧ですね」


「脱がんわ!!」

 どうしてこんな寒い日に、街中で服を脱ぐなんて事があり得るのよ!!


「そんなの分からないじゃないですか。馬車の中で盛り上がってそのまま……っとか……グフっ」


 ちょ、ちょと……アナベルったら変な妄想しないでよ!! 全く恐ろしいったらありゃしないんだから。


「いい? 服を脱ぐなんてことあり得ないんだからね」


「何言ってるんですか? このままじゃいつまでもお二人の仲は進展しませんよ」


 そんな事言われても、私自身がウィルとどうなりたいのか……関係をすすめたいのか、それとも終わらせたいのか、まだよく分かってないんだもん。できればもうしばらくこのままの居心地よい距離感でいさせてほしい。


「本当に必要ないから」 


 そう言って逃げるけれど、動きにくいスカートを履いているせいですぐに追い詰められてしまう。ベッドサイドに追い詰められた拍子にベッドに後頭部から倒れこんだ。


「さぁ、観念してください」


「いやー、やめてっ!」

 思わず大きな声で叫んでしまった。


「アリス、大丈夫かい?」

 なんの前触れもなく、寝室のドアがバタンという大きな音をたてて開いた。


「あっ……」

 そういえば隣の部屋でウィルとルーカスが待ってたんだっけ。


 ドアを開けたウィルバートは驚いたように目を見開いている。いつも冷静なルーカスですら、明らかに驚愕といった表情だ。


 そりゃ驚くわよね。ベッドの上で侍女に押し倒されるなんて、あんまり見ないシチュエーションだもん。


「これは一体……どういうことかな?」

 私を助け起こしたウィルバートが、非難めいた視線をアナベルへと投げかける。


「ええっと……」


 アナベルが私とウィルをキスさせるために、怪しげな香水をつけようとするので逃げていた。説明は簡単だけど、ウィルに言うのは結構な恥ずかしさだ。


「私からご説明を……」


 口ごもる私とは逆にアナベルはペラペラと今の出来事について語り始める。


「……というわけなんですよ」


「なんとまぁアホらしいことを……」


 ルーカスが呆れたようにため息をついた。本当の事すぎて返す言葉もない。


「キス専用香水……なかなか興味深いね。見せてもらってもいいかい?」


 えぇっ!? ウィルってば何で食いついてるの?

 

 ウィルバートが香水に興味を示したので、アナベルは嬉しそうだ。


「友人の故郷の特産品なんです」


「これで本当にキスしたくなるのかい?」


「はい、もちろんです。この香水をつけて行ったデートで、落とせなかった男性はいません」

 アナベルが自信たっぷりに頷いた。


「それは面白い……ちょっとつけてみようかな……」


 ウィルの言葉にルーカスが過剰な程に反応する。


「殿下おやめください。そのような怪しげなもの……」


「失礼ですね。怪しくなんかないですよ」

 アナベルが明らかにむうっとした顔でルーカスを見た。


「怪しいと言えば怪しいかもしれないけど、効果があるか試してみるのも面白いじゃないか」

 興味津々のウィルは、ルーカスの言うのも聞かず今にも香水をつけてしまいそうだ。


「ウィルバート様がお使いになっても構いませんが、あまり男性的な香りではありませんよ」


「そうなのかい、それは残念だな。どんな香りがするのか試してみたかったんだが……」

 アナベルの言葉にウィルは残念そうな顔をして、小瓶を戻した。


 その小瓶を受け取りながら、「それでしたら……」とアナベルがニコニコし始める。


「アリス様につけていただいで、ウィルバート様がその香りを嗅げばいいんですよ」


「あぁ、それは名案だね」


 んあ? 

 何が名案なもんですか? 匂いを嗅がれるなんて、何の罰ゲームよ!!


「うなじでよろしいですか?」


「そうだね。それがいいだろうね」


 期待で瞳をキラキラと輝かせるアナベル、いつも通りの微笑み携えるウィルバート、あきれて物も言えないというようなルーカス、三人の視線が私に集まった。


 いやいやいや……何で嗅ぐ事前提で話が進んでるの? 絶対につけないって言ってるじゃない。


「アリス、どうだろう? どんな香りかつけてみてくれないかい?」


「いやです」

 ウィルの頼みでも、こんなうさん臭いもの、絶対につけないんだから。


 フルフルと首を横に振る私に、ウィルはうーんと考えるような仕草を見せた。


「どうしてもつけたくない?」

「はい、つけません」


「絶対に?」

「絶対につけませんから!!」


 今日こそは、いつもみたいに流されたりしないんだから。私の決意は固い。


「うーん……それならしかたないね。どうしてもつけてもらえないなら、今ここでキスしようかな」


 力一杯拒絶の意志を示した私に、ウィルは悪戯っ子のような無邪気な笑みを見せた。

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