22.デートの約束
ウィルとのキスから一週間がたった。
「んー、このアイスクリームとっても美味しいです」
寒い日に暖かい部屋で、冷たいアイスクリームを食べるとどうしてこんなに美味しいのだろう。王宮の料理長が作るパリパリのチョコ入りのアイスは、私のお気に入りのデザートだ。
冷えた口の中を温かい紅茶で休ませる。これがまた、たまらなくいい。コクのある紅茶とアイスとが合わさって、まるで濃厚なミルクティーを飲んでいるかのようだ。
「はあぁ、幸せ」
「ふっ」
向かいに座るウィルバートが私を見て目を細めた。
「あら? ウィルは食べないんですか?」
ウィルはアイスクリームに全く手をつけていない。
「アリスがあんまり美味しそうに食べるから、つい見惚れていたんだよ」
もうウィルったら……なんだか照れ臭くてウィルの顔を直視できない。
あのキス以来、ウィルと甘い雰囲気になることは全くない。こうやって穏やかに過ごせているのはありがたくもあり、ちょっとだけ物足りなくもある。
「おかわりを用意させようか?」
空になったお皿を見つめたままぼんやりしていたせいか、ウィルには私がまだ食べたそうに見えたらしい。
「いえ、もうお腹いっぱいいただきました」
ごちそうさまでしたと手を合わせる私を見て、アナベルが食器をさげた。
「そうだ、アリス。明日の午後、よかったら一緒に出かけないかい?」
「えっ。いいんですか?」
「この前のリップのお詫びも兼ねて、街で買い物でもどうかな?」
先日プレゼントされたリップは、結局使うことなくアナベルからウィルへと返却された。
「二度と変な贈り物をしないよう、ウィルバート様に釘をさしておきましたから」
アナベルは鼻息を荒くしながらそう言っていたっけ。
ウィルはまだその事を気にしていたなんて。何だか逆に私の方が申し訳ない。
「お詫びなんていりません。私こそせっかくいただいたのに使えなくてごめんなさい」
「謝らなくちゃいけないのはわたしの方だよ。アリスを傷つけてしまったし……」
「傷つけられてなんかいませんよ」
結局あのリップは使ってないんだし、別に傷つくことなんてないんだけど……
そう言った私に、ウィルは少しだけ気まずそうな顔を見せた。
「あのリップは……アリスが唇を気にしていたから良かれと思ってプレゼントした物で、決してアリスの唇が荒れていると思って渡したのではないよ」
「あ、そ、そうですか……」
アーナーベールー!!
またウィルに余計な事を言いつけたわね!!
私が話した事をこうやってすぐウィルに報告しちゃうんだから。非難めいた視線をアナベルに向けるが、アナベルは素知らぬ顔だ。
「本当に……アリスの唇はとても柔らかくて気持ちよかったよ」
「そ、それはよかったです」
ってかもうやめてー!!
キスした相手から自分の唇の感想を聞くなんて、恥ずかしくて死んじゃいそう。こんな時慣れてる人なら余裕で返事ができるのかしら?
恥ずかしさで熱く火照った顔を冷まそうと、目を瞑って二度ほど軽く深呼吸をする。そんな私を見てウィルバートはクスリと笑った。
「明日はわたしとデートしてくれるよね?」
あぁ、なんて綺麗なの……
柔らかな微笑みを浮かべまっすぐ私を見つめるウィルバートは、窓から差し込む光を浴びてとても輝いている。
「はい……喜んで」
強力な魅力にやられ、気づけばそう答えていた。
「よかった。楽しみだよ」
嬉しそうなウィルの元に、すすすっとルーカスが音もなく寄って来る。
「殿下、そろそろアリス様にあの話をなさらなくては……」
「あぁ、そうだったね」
あの話?
態度から察するに、私の事を嫌いであろうルーカスの口から出た言葉だけに、悪い予感しかしない。
「大丈夫だよ、悪い話ではないから」
私の心中を察したウィルバートがふっと口元を緩めた。
「アリスはこの国の暦については覚えているかな?」
「はい、もちろんです」
そりゃもちろん覚えていますよ。
一年は12か月、1月1日から12月31日まで……私の慣れ親しんだ日本の暦と一緒なのだから簡単だ。
今まで聞いた話からして、同じなのは暦だけじゃない。季節も春夏秋冬と、日本とさほど変わらない流れのようだ。私にとっては分かりやすくてとてもありがたい。
「一年の最後の日はね、王宮で国王主催の『年忘れの夜会』が開かれる決まりなんだ。今年はアリスに、わたしのパートナーとして出席してもらいたいと思っているんだけど、どうかな?」
「もちろんご一緒します。ね、アリス様?」
私が返事を考える前に、アナベルが即答する。
「う、うん」
キラキラと瞳を輝かせて顔を近付かせてくるアナベルの勢いにおされて思わず頷いてしまったけど、いいのかな?
国王主催っていうくらいだし、年末の夜会って大切な行事なんじゃ……私なんかが参加したら場違いな気がする。
「よかった。アリスと一緒に年を越すのが今から楽しみだよ」
「本当に楽しみです。アリス様がウィルバート様のパートナーとして公の場にいらっしゃるなんて……早速ダンス映えするドレスをお作りしましょうね」
「ダンス映え!?」
ってダンスするってこと?
「あ、もちろんダンス映えだけじゃなく、色気と品の両方を兼ね備えたものをお作りしますよ」
「それは楽しみだな」
いやいや、ウィルもアナベルも楽しそうに笑ってるけど、私ラジオ体操くらいしか踊れないんですけど……って、ラジオ体操はダンスには入らないかな?
「アリスは踊れないのかい?」
「はい。ダンスなんてしたことありませんし、もちろん夜会も初めてです」
困ったような顔をするウィルの後ろから、小馬鹿にするようなルーカスの笑い声がとんでくる。
「ダンスもできないのに殿下のパートナーになりたいなどと、厚かましいにもほどがありますね」
別に私はパートナーになりたいなんて一言も言ってないんですけど……ただ夜会に誘われたからオッケーしただけじゃない。そう言ってやりたい気持ちをぐっと押さえた。
「私の国ではダンスなんできる方が珍しいんです。せっかくのお誘いですけど、やっぱり私は夜会に行くのはやめておいた方が良さそうですね」
王宮での夜会に興味がないと言ったら嘘になる。華やかな世界に憧れがあるものの、馬鹿にされてまで参加したいとは思わない。
構わないわよ。一人で年越しなんていつものことなんだから。
「大丈夫だよ、アリス。踊れなくても全く構わないから」
「殿下、それでは……」
口を開いたルーカスを、ウィルバートが視線だけで制した。机の上で指を組んでいた私の手を、そっとウィルバートの掌が包み込む。
「アリスは夜会に来てくれるだけでいいんだよ。わたしはね、新しい年を迎える瞬間をアリスと共に迎えたいんだ。だからわたしと一緒にいてくれないかい?」
熱い眼差しで見つめらたらノーとは言えない。小さく返事をして頷いた私を見て、ウィルバートがよかったと微笑んだ。
「いいかいルーカス。私はアリスと一緒に参加したいんだ。当日はアリスが踊らなくてもすむよう対処するから、これ以上何も言わないでほしいな」
「……承知いたしました」
かなり不満そうな顔をしながらも、ルーカスは頷いた。
「ですが殿下、アリス様は夜会に出席されるのが初めてとのこと。ある程度のマナーを学んでおかなければ、アリス様が恥をかかれるのではありませんか?」
ルーカスは、不機嫌だと分かる表情を全く隠す様子もなく、じとっとした視線を私に向ける。
ううっ。視線が痛い。
まぁでもルーカスの気持ちも分からないでもない。自分の大切な主人のパートナーが、へまをしでかしたらいけないと心配するのは当然だ。特に私は夜会の決まり事どころか、この世界の常識すら危ういのだから。
「ルーカスの言う通りだと思います。ダンスは無理ですが、夜会までに一般常識とマナーについては勉強しておきますね」
運動には自信がないが、勉強には自信がある。恥をかかないくらいの知識を頭に叩きこむくらいどうってことはない。
「アリスがそう言うなら……ルーカス、講師の手配は頼めるかな?」
「もちろんです。お任せください」
そう答えたルーカスの瞳がキラリと輝いた。なんだか嬉しそうに見える気がするのは気のせいかしら? これはもしかすると、私ってばまずいことになっちゃうんじゃない?
今まで見たことのないルーカスのニヤリとした笑い顔を見ながら、やっぱり夜会に出るなんて言わない方が良かったかもと少しだけ後悔した。




