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2.自称神様現る

「あー、お腹いっぱい」


 満腹による幸福感を抱えたまままベッドに飛び込むと、これまた素敵な寝心地で一層幸福感が増してくる。


 こんなに幸せでいいのかしら?


 書庫で出会ったイケメン王太子ウィルバートは、すぐさま私のために部屋と食事を用意してくれた。


 狭い部屋で悪いけどなんて言われたけど、このベッドルームだけでも私の部屋の十倍、いや何十倍もある。しかも内装は素晴らしく可愛らしい。


 天蓋付きのベッドに横たわると、私好みの固さなこともあってか急激な眠気に襲われる。やはり自分で思うよりも、気疲れしているのかもしれない。


「本の世界かぁ……」


 私はこれからどうなるのかしら?

 不安がないと言えば嘘になるけれど、不思議なほどに心は落ちついている。というよりぽーっとなってるっていう方が正しいかもしれない。


 だってだって、「わたしが君を守るから」なぁんて甘い言葉を言われたのは初めてなんだもん。しかもあんなに素敵な男性に。


 イケメンなんて一生縁のない生き物だと思っていた私にとって、ウィルバートと二人での夕食はまるで夢のような時間だった。


 夢!? そうよ、これは夢なのかもしれない。

 そうじゃなきゃ、こんなステキな事が私なんかに起こるはずないんだもの。


 夢ならもう少しでいいから覚めないで……


 寝たらこの幸せな夢が終わって、寂しい現実に戻ってしまう。もう少し起きていてこの世界を楽しみたいと思ってるのに、瞼はだんだん下がってくる。

 

「……」

 

 すっかり瞼が落ち、暗闇の世界の中にいる私の耳に誰かの声が聞こえた気がした。と同時に、鼻根に強烈な痛みが走る。


「いったーい!!」

 あまりの痛さにさっきまでの強烈な眠気は一気に吹き飛んでしまった。


 もう一体なんなのよ?


 痛む鼻筋を抑える私に、今度ははっきりとした声が聞こえてくる。

「お前よくこんな状況で眠れるよな? 狼狽えるとか泣くとかないのかよ?」


 そう言われても……って今の誰?

 キョロキョロっと辺りを見回しても人の姿なんて見えやしない。


 嘘でしょ……

 『おばけ』の3文字が頭の中に浮かびあがる。


 こわいこわい、めちゃくちゃこわい!!

 これだけフリフリレースたっぷりの可愛らしい部屋にいても、怪奇現象はやっぱり怖い。


 ホラーな夢なら早く覚めてもらって構わない。

 さっきまでと真逆の事を考えながら、布団を頭からかぶった。それでも声は私を逃してはくれない。


「おい、何無視してんだよ?」

 布団の外で何かが動く気配を感じ、全身に鳥肌が立つ。


 こんな事なら、苦手なホラー小説も少しくらい読んでおくべきだったかも。


 怖い話を読むと夜中にトイレに行けなくなりそうで敬遠してたけど、もし読んでたら少しくらいおばけへの耐性が出来ていたかもしれない。そして運がよければ、おばけの撃退法とかまで知っていたかもしれない。


 でもそんな事を考えていてもどうにもならない。おばけはすぐ側にいて、私はおばけの対処法を知らないんだから。このままおばけが諦めてくれるのを待つか、私が夢から覚めるのを待つだけだ。


「おい」

 おばけの声に苛立ちが混じる。


「全く……本の神である俺様を無視するとは、お前一体何様のつもりだよ?」


 えっ? 本の神様ですって?

 半信半疑ながら、ちょっとだけ布団から顔を出して外の様子を伺う。やっぱり人の姿は見えない。


「どこ見てんだよ。こっちだこっち!!」

 声のした方に顔を向けると……いた!! 

 ベッドの上であぐらをかき、眉間に皺を寄せている人が!!


 ん、人!? 

 というには小さい、いや小さすぎる……


 声の主は顔立ちこそ少年のようだったけれど、大きさは缶コーヒーサイズだった。背中には右に2枚、左に1枚、合計3枚の羽がついている。


 これはまた……あまりに可愛らしい姿に恐怖なんてあっというまにどこかへ行ってしまった。こういう妖精の絵を昔絵本で見た気がする。


「おい、聞いてるのかよ?」

 愛らしい見た目に反して、その小さな生き物の口調はキツい。


「お前今自分が置かれた状況分かってんのかよ?」

「えっと……本の世界にいるって事ですか?」


「分かってんのに、よく平気で飯食って寝てられるよな?」

「ごめんなさい」


 別にご飯食べても、眠ってもいいじゃない。

 そう思っているのに、この小さな人の勢いに負けてつい謝ってしまった。


 それにしてもこの小さな人は一体なんなのだろう? さっき神様とか言ってたけど本当なのかしら? 


 私が本の世界に入り込んだくらいだから、本の神様がいたっておかしくはないけど……これはちょっと口悪すぎじゃないかしら?


 見た目はともかくとして、私のイメージする神様像からかけ離れすぎていて、いまいち信じられない。


「なんだよ、さっきからジロジロ見やがって」


 ギロリとした目に睨みつけられると動けなくなってしまう。きっと蛇に見つかった蛙はこういう気分なのだろう。


「あ、あの……本の神様っていうのは本当ですか?」  


 恐る恐る口を開くと、小さな人は「その通りだ」と何故か威張ったように胸を張った。


「俺は本の神、ノック様だ。俺がお前をこの世界に呼んでやったんだから感謝しろよ」

「あ、ありがとうございます」


 これまた勢いに負けて、ついついノックの言葉に従ってしまった。

 

「それで、どうして私がこの世界に呼ばれたんですか?」


 現実はさておき、小説において異世界に呼ばれる人間はだいたい使命とか役割みたいなものがあるものだ。私みたいな何の取り柄もない小娘にそんな大層なものがあるとは思えない。


「あー、お前には俺の昇格試験の手伝いをしてもらう」

「昇格試験?」


 思わず眉間に皺がよる。私なんかに大層な使命なんてないと思ってはいたけど、まさか試験の手伝いをさせられるなんて。自分の試験勉強だって嫌なのに、他人の試験の手伝いだなんて正直面倒くさい。


「あの……せっかくですが、お断り……」

「断るとは言わせねーぞ。だいたい俺が試験に合格しなきゃ、お前は元の世界に戻れないんだからな」


 私がこの世界に来たのは、ノックの昇格試験の手伝いをさせるためなのだから、その試験に合格するまで帰れないというのがノックの言い分だ。


 何だかおかしな理由だとは思うが、逆らう前にとりあえず試験について聞いてみることにする。まぁおかしな試験なら、後で断ればいいんだし。


「試験の内容は……」


 そう言いながら、ノックは小さなポケットから何かを取り出して私に投げてよこした。その小さな物体は、私の手の中に収まるとポンっと小さな音を立ててB5サイズの分厚い本へと姿を変えた。


「すごい!! 今の何ですか?」

「お前が見やすいように、魔法で本を大きくしてやったんだ」


 へぇ……さすが神様。ちょっとガラが悪くて信用出来なかったけど、魔法はちゃんと使えるんだ。


 初めて目にした魔法に一気に気分が高まってくる。これぞまさしく異世界に来たって感じだ。


「あら? この本って……」

 ノックから渡された本には見覚えがあった。


「気がついたか? お前が元いた世界で見つけた本だ。俺の昇格試験はこの世界を、本の通りの結末に導くことだ。お前にはその手助けをしてもらう」


 手助けねぇ……まぁそれくらいなら出来ないこともないかしら……


 古ぼけた革張りの表紙には本の題名は見当たらない。とりあえず表紙をめくってホッとした。


「よかった。日本語なのね」

 これなら読めると安堵する私を、ノックがバカにした様に笑う。


「これも俺の魔法にきまってるだろ。お前自身に魔法がかかってるから文字も読めるし、この国の奴が話す言葉も理解できんだよ」


 ほんとにいちいち嫌な言い方をする神様だ。魔法自体はありがたいし、すごいと思う。だけどこうも馬鹿にされては、昇格試験の手伝いなんてやる気が出るわけがない。


 まぁ本の内容自体は気になるから読んでみるけど……ノックを無視して本に目を落とした。


『えーっと……昔々ある王国に、それはそれは美しい王子様が生まれました。ウィルバートと名付けられた王子はすくすくと成長し、立派な若者に成長しました』


 うん。ここまではよくある物語といった感じだ。


 ウィルバートとは、さっき会った王太子のことだろう。手の甲に口づけされたことを思い出すと、何だか胸の中がむず痒くなる。


「あれ? これ白紙ですよ?」

 続きを読もうと本をめくっても、ただの真っ白なページが続くばかりで一向に文字はあらわれない。


「だからさっき言っただろ。この世界を決められた結末になるように導くのが俺達のミッションだ」


 すなわち白紙の部分の物語はまだ決まっていないということか。


「それで気になる結末は……っと」


 パラパラパラと白紙の部分を軽快なリズムで飛ばしていく。結末ということは最後のページを見ればいいんだろうか。


 何これ、みじかっ。

 白紙のページを飛ばし、たどりついた最後のページにはたった一文書いてあるだけだった。


『ウィルバートは様々な困難を乗り越えて、キャロライン デンバーとめでたく結婚したのでした』


「これだけですか?」

「だな」

「こんなの無理です無理。私には手伝えません」


 恋愛経験ゼロの私なんかが、あの目の眩むような美形王太子の結婚の手助けなんてできるわけがない。どうせ手伝いとして呼び寄せるなら、もっと恋愛経験が豊富な人にするべきだ。これは完全なる人選ミスとしか言いようがない。


「手伝わなくても構わないが、俺が試験に合格しなきゃ、お前は元の世界に帰れないんだぞ。お前をこの世界に移動させる時に使った魔法は、俺の合格まで解けないようになってるんだからな」


 それって……もしかしてノックは、帰れないって脅すことで私にやる気を出させようとしてるの?


 そうだとしたら、それは大失敗だ。

 異世界に連れて来られた全ての人間が、元の世界に帰りたいと思っているわけじゃないんだから。


 私みたいに元の世界に帰りたいと思ってない人間にとっては、帰れないって言われても「ふーん、そうなんだ」って感じだもの。


 ……だって別に私がいなくなって悲しむ人なんていないしね……


 母が死んだ後に私を育ててくれた祖母はもういない。父とは一緒に住んでいるけれど、最後に話したのはいつだろう? 父が再婚して子供が生まれてからは、ほとんど親子の交流なんてなかった。父や継母の私に対する態度を一言で言うと、無関心といったところだろうか。


 無関心という言葉は、家族だけではなくクラスメイト達にも当てはまる。

 別に嫌われていたり、いじめられた事はないけれど、幼い頃から友達というものができたことはなかった。


 下手したら私がいなくなった事すら誰にも気づかれてないかもしれない。なんて事を考えていたら泣けてくる。


 まぁそんな寂しい状況だったから、元の世界に帰れないなら帰れなくても別にいいかなって思っちゃうのよね。


 せっかく本の世界に来たんだもん。少しくらい楽しんだっていいじゃない。

 異世界、王宮、王太子!! 恋愛小説好きの私にとっては全てがご馳走、大好物よ。


 ノックはポンっと再び本を小さくしポケットにしまった。

「んじゃ頑張れよ」

 ニヤっと不敵な笑みを見せ、すっと溶けるように姿が消えた。


「ちょっ……まだ話は終わってないのに……」

 

 もしかしたら全部夢なのかもしれない。そう思いながらベッドに大の字に横たわった。


「はぁっ」

 私これからどうなっちゃうんだろう?


 ノックの手伝いをするべきか、っとか考えなきゃいけないことはたくさんある。けれど何一つ考える時間もないまま、私は深い眠りの中へ落ちていった。

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