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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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19.ウィルバートはストーカー!?

 コンコンコン


 服の襟を正し、前髪を整え、アリスの部屋のドアをゆっくりとノックする。待ってましたとばかりに勢いよくドアが開き、わたしを見たアナベルがにっこりと微笑んだ。


 ソファーに腰掛け読書をしているアリスは集中しているのだろう。わたしが来た事に全く気づいていない。アリスに声をかけようとするアナベルを静かに制して、少し離れた椅子に腰をかけた。


 あぁ、やはりアリスは最高に可愛いな。

 真剣な顔をしてページをめくるアリスを見ているだけで、一日の疲れなんて消えてしまう。


「えっ、ウィル? どうして?」

 私の視線に気づいたのか、顔をあげたアリスが驚きの声をあげた。


 っと思うと、今度は急にはっとした顔をして立ち上がる。

「やだっ。私ったらこんな格好で……」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めるアリスは、サテンのネグリジェを着ていた。ボリュームのある袖とふんわりとしたロングスカートにはフリルとレースがふんだんに使われている。光沢のあるサーモンピンクと、可愛らしいデザインがアリスにとてもよく似合う。


「本当はもっとセクシーなものを着ていただきたかったんですけどね……」


 アナベルの呟きを無視して、「ウィルが来るって分かってたら、きちんとして待ってたのに」っとアリスが不満そうな顔を見せた。


「ウィルごめんなさい。あの、すぐ着替えるので待っていてください」


 寝室へ移動しようとするアリスをすぐさま引き止めた。こんなに可愛いのだから着替える必要なんて全くない。


「でもこんな格好じゃ恥ずかしいし……」

 とアリスは落ちつかない様子で体をクネクネさせている。


 あぁ、たまらない。


 恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めてモジモジするアリスが可愛いくて、もっと恥ずかしがらせたいという欲望が顔を出す。


 ネグリジェという見慣れない姿を見ているせいだろうか、異常に気分が高まってくる。


 グッジョブだアナベル。さすがわたしが選んだ侍女だけの事はある。気を利かせて静かに部屋を出て行ったアナベルを心の中で称賛する。


 アリスは知らないが、わたしが今夜部屋を訪ねて来ることはアナベル、いや正確に言うと『チームアナベル』には知らせていた。


 先日アリスが変装してアーノルドと街に出かけたという情報も、この『チームアナベル』からもたらされたものだ。


『チームアナベル』

 名前の通り、アナベルをリーダーとするグループで、メンバーはアナベルが自分と同じく恋愛至上主義で、且つ口が固いと認めた王宮の侍女数名である。


 このメンバーの頼もしいところは、尾行、覗き、盗み聞き、恋愛に関することなら何でも器用にこなしてしまうことだ。正直言って普通の侍女にしておくのはもったいない。


 こんなある種ストーカーまがいのチームの存在が知られれば、さすがのアリスにも引かれてしまうだろう。そのためにはもともと口の固いメンバーの口を、さらに固くする必要があった。


 ということで、わたしは彼女達と二つの密約を交わしている。


 一つはアナベル達のポジションの確約だ。わたしとアリスの仲がうまくいけば、いずれアリスは王太子妃、そして王妃になるだろう。その際『チームアナベル』全員を王妃付きの侍女にする手筈となっている。


 二つ目は、いい男を紹介することだ。

 なんだそれ? というような内容だが、これがポジションより何よりアナベルが望んだことなのだから仕方ない。

 

 実際わたしとアリスが婚約した際には、アナベルの望む男との縁談を用意すると約束した途端、アナベルのやる気が俄然アップした。

 

 何にせよアナベルは最高の協力者であることに違いはない。


「それより随分集中していたみたいだけど、何を読んでいたんだい?」


「これです」

 アリスがわたしに見えるように差し出した本の表紙には『アイゼンボルト戦国史』の文字が書かれていた。


「これはまた意外な物を読んでるね」

 てっきり恋愛小説を読んでるんだとばかり思っていたのに、まさかの歴史小説!?


「こういうジャンルの本は、普段はあまり読まないんですけど、アーノルドが面白いと言っていたので読んでみました」


「へ、へぇ。アーノルドが……」

 内心ムカッとしたのを悟られぬようにっこりと微笑んでみせた。


「でもその本は戦のシーンが多くあるし、アリスのような若い女性が読んでも面白くないんじゃないのかい?」


「そんな事ないですよ。まだ半分も読んでませんが、個性的な登場人物が多くて楽しいです」


「それはよかった」と口では言ったが、よかったなどとは全くもって思っていない。くだらない嫉妬かもしれないが、アーノルドが勧めたものをアリスに気に入ってほしくはない。


「アーノルドも読書が好きみたいですね。お勧めの本を沢山持って来てくれました」


 なるほど。やけに多くの本がテーブルに載ってると思ったが、それはアーノルド推薦の本だったわけだ。


 ん、ちょっと待てよ。今アリスはおかしな事を言わなかったか?


「ねぇアリス、今アーノルドがおすすめの本を持って来たと言ったかい?」


「はい。言いましたよ」

 アリスはあっけらかんとした様子で返事をした。


「それは本を持って来ただけだよね? まさか部屋に入れたりはしてないよね?」


「えっと……たくさん本があって重いので、全部部屋の中まで運んでもらいました」


 ということは、部屋の中に入ったのか……

 

「あ、あの、それもまずかったですか? 今回はお茶も飲んでませんし、あんまり時間を使わせないよう気をつけたんですが……」


 そんなに不安そうな顔をしなくてもいいのに……不機嫌な顔にならないよう気をつけたつもりだが、悟られてしまっただろうか?


 アリスはわたしの不機嫌の理由が、ただの嫉妬だなんて気づいていないのだろう。アリスの言葉からして、忙しいアーノルドの邪魔になると言ったわたしの言葉を信じているようだ。


 本当は余裕なふりして「大丈夫だよ」と答えてあげるべきなんだろう。けれど、どう考えてもアーノルドがアリスの部屋に入ったのは流せることではない。


「少し座って話そうか」


 どんな話をされるのかと緊張しているのか、ソファーにいつもより小さくなって座っているアリスの表情は硬い。少しでも緊張をほぐそうと、膝の上に固く握られたアリスの手にわたしの手を重ねた。

 

「アリス、さっきアリスはアーノルドが部屋の中に入ったと言ったよね?」

「はい、言いました」


 わたしを見つめるアリスは、叱られている小さな子供のような不安そうな瞳をしている。


「アーノルドはわたしの親友だし信用できる男だけれど、部屋に入れるのは許可できないな。アーノルドだって男だからね。こんな可愛い姿のアリスといたら、理性が負けてしまうかもしれないだろう」


 わたしの意味することが分かったのだろう。アリスが真っ赤な顔で、「そんな、私を見て理性がとぶ人がいるわけありません」と首をブルブルと横に振った。


 全く……アリスは自分の魅力を分かっていない。わたしがアリスを前にしてどれだけ理性を保つのに苦労しているのか知らないんだから。


「それにアーノルドの前で、こんな格好になんてなりませんよ」


「そうなのかい?」


「当たり前じゃないですか。こんなの見せれるのはウィルだけです」


 アリスは何気なく言った言葉かもしれない。でもわたしだけという響きがたまらない。


「嬉しいよ。ありがとう」

 わたしが微笑むと、アリスもほっとしたように笑った。その顔があまりにも可愛らしくて……


「今ものすごくアリスにキスしたい気分だ」

「えっ?」


 えっ? 今わたしは何と言った?

 自分の口から発された言葉に耳を疑った。


 いやいやいや……ここで初めてのキスっていうのはなしだろう。初めてのキスは思い出に残るような素晴らしいものにしなければ。こんな特別感のない部屋でなんてつまらなすぎて話にならない。


 頭ではそう思っているのに、みるみるうちに真っ赤に染まっていくアリスの顔を見ると、体が引き寄せられていく。


「あ、あの……」

 どうしていいのか分からず、アリスが戸惑っているのがよく分かる。


 本当に可愛らしいなぁ……アリスの困った顔を見ていると、何故だかもっと困らせてみたくなってくる。


 体をアリスの方へ乗り出すと、アリスがソファーの端へと体を逸らせた。


「嫌なのかい?」

 囁くように呟き、そっとアリスの頬に触れた。


「……い、嫌じゃないんですけど……」


 わたしが体を近づけると、アリスはわたしの手から逃れて体をソファーの端へと逸らしていく。ソファーの端へと追い詰められたアリスは真っ赤な顔をしたまま顔を背けた。


「きょ、今日は唇が乾燥してて……」


 恥ずかしそうな姿がまた一段とわたしの胸をざわつかせる。


 あぁ……本当に可愛いなぁ。


「ねぇ、アリス。こっちを向いて」


 しばしの沈黙の後、ゆっくりとアリスがわたしの方を向いた。潤んだ瞳が少し見上げるようにわたしを見つめている。


 あぁなんて愛しいんだ。


 もう抑えられない。

 湧き上がる欲望に抗えずアリスを優しく引き寄せた。片手でアリスを抱きしめたまま、もう片方の手でアリスの頬に優しく触れる。ゆっくりと顔を近づけ、愛らしい唇にそっと口付けた。


「大好きだよ……」

 わたしの腕の中にすっぽりとおさまったアリスが恥ずかしそうにしながらも、わたしの胸にもたれかかる。


 あぁ……なんて幸せなんだろうか……

 好きな人を抱きしめるというのはこんなにも心が満たされるものなのか……


 小説とは違い、全くロマンティックさなんてないキスだけれど、これ以上の幸福はないと思えた。

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