15.街へいこう
「はぁ? 心の準備って何だよ?」
私の手を顔から引き剥がしたアーノルドが困惑の表情を浮かべている。
あ、あれ?
「全裸じゃないの!?」
「全裸なわけないだろ」
驚きの声を上げる私に驚いたように、アーノルドも大きな声を出した。
どうやらアーノルドが服を脱いだのは、単に着替えただけのようだ。目の前のアーノルドは、紺色のシャツに銀白色のスーツを着て、白ネクタイをつけている。なんだかホストみたいだけれど、これはこれで似合っている。
「何だよ、残念そうな顔して。そんなに俺の裸が見たかったのか?」
「ちがっ、そんなわけないじゃない」
残念どころかほっとしてるのに。
ニマニマとしているアーノルドを見ると何か言い返したくなってくる。
「アーノルドの方こそ、わざわざ私の前で脱いだってことは私に見せたかったんじゃないの?」
へっ、どんなもんだい。「言ってやったぜ」っと勝ち誇った気になっている私に、アーノルドが挑戦的な視線を向ける。
「そうだな。せっかく二人きりなんだしな……」
アーノルドが片手で素早くネクタイを緩めた。その仕草があまりにセクシーで、思わずゴクリと唾を飲む。
「お前に俺の全てを知ってもらうのもいいかもしれないな」
アーノルドの瞳が獲物を狙う肉食獣のようにギラついている。
「ご、ごめんなさい」
気づけば無意識に謝っていた。
「俺に勝とうなんて100万年早いんだよ」
アーノルドが声を上げて笑いながらネクタイを締め直した。
アーノルドの首元が隠れたのを見て、ホッと息をつく。悔しいけど私の負けだわ。私にアーノルドの全裸を見る度胸はない。
「じゃあ次はお前の番だな」
そう言ってアーノルドは私を部屋へと連れて行った。
「まぁ、アリス様。おかえりなさいませ……って、えっ!? アーノルド様!?」
アナベルは突然部屋に戻ってきた私を見て驚いた様子だったが、私の後ろにいるのがアーノルドだと分かると一層目を見開いた。
「出かけるから、こいつ着替えさせてやって」
「お出かけですか?」
「そっ。こいつが寿命が縮んだとか何とか言ってるから、街まで連れて行ってやるよ」
あっ、出かけるって街に行くってことだったのね。行き先を教えてくれないから、危ない場所だったらどうしようと心配していたのだ。
アーノルドを引き連れて部屋へ戻った私にアナベルは何か言いたそうだったが、アーノルドにせかされるままに外出の準備を整えている。
「街に行かれるということは……少し変装した方がよろしいでしょうね?」
「そうだな。これじゃあ目立ちすぎて厄介だからな」
二人の視線は私の頭に集中している。やっぱりこの髪色は、街でも人目をひくようだ。異世界からの客人である私の噂はすでに王都中に広まり、貴族だけでなく平民全ての興味の対象となっているらしい。
「色々と用意しておいてよかったですわ」
どこから出してきたのか、アナベルに数多くあるウィッグを順番に被せられる。
金髪、銀髪、赤毛にオレンジ……色々試した結果アナベルが選んだのは、シルバーにピンクが混じった色のロングカールのウィッグだった。
「髪の毛はこれでいいとして、瞳の色はどう隠しましょうか?」
てっきりカラコンでもするのかと思いきや、この国にはコンタクトレンズのような物はないらしい。
そのかわりにアーノルドが取り出したのはメガネだった。何の変哲もないこのメガネ、かけるとなんと瞳の色が違って見えるのだ。
私の黒に近い濃い茶色の瞳が、まさか銀色に見えるとは!! ついでに髪の毛と同様、黒くて存在感のあった眉毛は、いつの間にか消されて金よりの茶色に描き変えられている。
変装も無事終わり、アナベルと別れ向かった王宮の門には、2頭の馬と1人の騎士が待機していた。アーノルドとの会話から察するに彼の隊の人なのだろう。
「お前馬は乗れるよな?」
「乗ったことないから無理だと思うわ」
そう答えた私をアーノルドがひょいっと担ぎあげる。
「ちょっと、いきなり何?」
まるで荷物みたいに持ち上げられたかと思うと、馬の上にストンとおろされた。その後ろにアーノルド自らも座り手綱をとる。
「じゃ、後はよろしくな」
アーノルドは騎士へと声をかけると馬を進ませていく。
「わぁ、すっごく気持ちいい」
門をくぐり抜けた先にある街への小道は、すっかり秋の色に染まっていた。紅葉した木々のトンネルの中を、馬は早くもなく遅くもない心地よいスピードで駆けていく。
「馬に乗るのは初めてなんだろ? 怖くないか?」
アーノルドが私の耳元で囁いた。
馬の足音や風のせいで密着して話すのだと分かっていても、耳元にかかる息に体は固くなってしまう。
「おい、そんなに前に出るなよ。落ちるぞ」
アーノルドが私の体をぐいっと引き寄せた。
引き寄せられた背中にアーノルドのたくましい胸板を感じて思わずどきりとしてしまう。
きゃーっ。
不意にさっき見たアーノルドの半裸姿が頭に浮かんで脳内で悲鳴が上がる。
私ってば今あの割れた腹筋に抱きしめられているのよね?
なんとか鼻血は出さずにすんだものの、街に着いた時には興奮しすぎて気持ち悪くなっていた。ヘロヘロな私を、アーノルドが再び担ぐようにして馬からおろす。
「ありがとう。馬っていうのは想像以上に疲れる乗り物だったわ」
「なんだそりゃ」
アーノルドが声を出して笑った。
ん? なんだろ、なんだか見られてるような気が……道行く人がチラチラとこちらの様子を伺うようにして通り抜けていく。
「おい、どうした? 来ないなら置いていくぞ」
街の入り口で馬を預けたアーノルドが私を呼んでいる。
こんなに変装してるんだから、私が誰だか分かるはずないとは思うんだけど。もしかして、この変装が似合ってなさすぎて違う意味で目立ってるのかも。不安になりながらアーノルドの隣に並んだ。
「すごい賑わってるのね」
「一応王都だからな。国中から食いもんやら何やら集まって来るんだよ。気になるもんがあれば何でも言えよ」
広い通路の両側にはたくさんの店舗が並び、通路にも様々な露店が所狭しと並んでいた。当然人も多くて活気がある。賑やかな通りはぶらりと歩くだけでも楽しい気分にしてくれる。
「アーノルド様、いらっしゃい。いいの入ってるよ」
ワゴンを道端に止めた男がアーノルドを呼びとめた。ワゴンには見たことのない果物が山盛りに積まれている。
「うまそうだな。一つもらおうか」
「まいどあり」
アーノルドがみかんのようなフルーツを一つとりコインを手渡した。慣れた手つきで皮を剥くと、薄いオレンジ色の皮の下から、房になった果肉があらわれた。
「ん、うまいな。アリスも食ってみろよ」
アーノルドが分けてくれたその果物を、なんの躊躇いもなく口の中に放り込む。
「ん、ん、んー。」
声にならない悲鳴が口から漏れる。
「あー、すっぱっぁぁぁい」
噛んだ途端に溢れ出る果汁のすっぱさに、体がブルブルっと震えてしまう。きっとこの一瞬で私の顔は10歳くらい年をとったレベルで皺が増えたに違いない。
悶える私を見てアーノルドが声を上げて笑った。
「ひどい……だましたわね」
「騙してはないさ。実際美味かっただろ?」
「すっぱすぎて、美味しいかどうかなんて分かんないわよ」
「まぁまぁお嬢さん。アーノルド様の味覚は少し変わってますから……」
果物売りのおじさんが、怒る私をなだめるように口をはさんだ。
「失礼だな。別に変わってはないぞ」
そう言いながら残りの房をぽいぽいっと口の中に放り込む。
うわぁ。見ているだけで口の中に唾液が溢れてくる。よくまぁこんなにすっぱいものを平気で食べられることだ。
「こいつをそのまま食べて美味いと言うのは、アーノルド様くらいでしょうねぇ」
おじさんが言うには、この果物はとてもすっぱいのでジャムや砂糖漬けに加工するものらしい。当たり前のようにそのまま食べるアーノルドを見て、おじさんも苦笑いを浮かべている。
「まーだ、怒ってんのかよ?」
「当たり前でしょ。まだ舌がしびれてるんだから」
おじさんに別れを告げ歩き始めても、私の口の中はまだしょぼしょぼしていた。
「これじゃ寿命が延びる所か、逆に縮んじゃうわよ」
「仕方ねーなぁ……じゃあ次は本当に美味いもの食わしてやるよ」
「……もう食べ物はいいわ……」
アーノルドの美味しいという言葉は信用できなくて、正直気乗りしない。動こうとしない私の腕を掴み、アーノルドが少し早歩きを始めた。
「何言ってんだよ。ほらもう昼時だし、騙されたと思ってついてこいよ」
いやいや、私は今あなたに騙されたばかりなんですけど……
ついて行きたいわけないじゃないのに、アーノルドの手を振り払えなくて結局店に連れ込まれてしまった。
アーノルドがドアを開けると、来客を知らせるベルがチリリリリンと勢いよくなった。
「あら、アーノルド様、お久しぶりです」
店のおかみさんらしき人物がアーノルドを見て嬉しそうに目を細めた。
「いつものやつ頼むよ。二人分ね」
アーノルドがメニューを確認することなく注文する。
キョロキョロと小さな店内を確認すると、店内には小さなカウンターと、その奥に厨房があるのが見えた。店に貼ってあるポスターからすると、どうやらテイクアウトのホットドッグ屋さんのようだ。
よかった。今の所、怪しいところはないみたい。今度は騙されずに美味しいものが食べられたらいいんだけど。
「今日はずいぶん可愛らしい子と一緒なんですね? アーノルド様の恋人かしら?」
「いえ私は恋人ではなく、アーノルドの……」
あれ? 何て言えばいいの? 私とアーノルドの関係って……
正確に言えば、私はアーノルドの親友であるウィルバートの彼女(仮)ってことになるのよね。
でも今は変装中だから本当の事は言えないし。
「あらあら。その様子だと、友達以上恋人未満の関係ってことかしら」
「いえ、そういうわけじゃ……」
あぁぁ……誤解されちゃってる。
まるで初々しいカップルを微笑ましく見守るかのような眼差しで、おかみさんはうんうんと頷いている。
「本当に私とアーノルドはそんな関係じゃないんです」
私がいくらアーノルドとの関係を否定しても、おかみさんは照れているだけだと思ってまともにとりあってくれない。
アーノルドはといえば、隣でおかしそう笑っているだけだ。
「もう、アーノルドったら。笑ってないで何か言ってよ」
「まぁまぁそんなに照れなくても。可愛いらしい彼女ですねぇ、アーノルド様」
だから彼女じゃないんだってばぁ。
もう何を言っても無駄だと諦めかけた私の肩に、アーノルドの腕がすっとのびてくる。
「こいつは俺の恋人じゃないけど、俺にとって大事な奴なのには間違いないな」
「ちょっ。アーノルドったら何言ってんの!?」
そんな事言ったら、余計に誤解されちゃうじゃない。
私に対してよかったわねぇと嬉しそうな顔を見せるおかみさんを見て、アーノルドは再び楽しそうにくくくっと笑った。




