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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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13.王宮で迷子になったなら

 あのウィルとのデートから数日がたった。今日もいつもと同じくのんびりとした日だったはずなのに。どうしてこんなことになっちゃったの?


 キラリと光る剣を目の前に突きつけられ、体が固まってしまう。


「ここは一般人立ち入り禁止区域だ。お前は一体何が目的でここに来た?」

 

 私に剣を突きつけながら男はそう問いかけた。切れ長のエキゾチックな瞳がするどい眼光を放っている。


「わ、私はただ……部屋に戻りたかっただけで……」

 恐怖でからからに干からびた喉から掠れた声を絞り出す。


 そう、私はただ書庫から自分の部屋に戻りたかっただけなのよ。それがまさかこんな風に剣を突きつけられてしまうなんて……


 私がこの見知らぬ男に剣を突きつけられることになる少し前まで話を戻そう。


 今日もいつものように朝食をすませ、読み終えた本を返しに書庫へと向かった。

 何かあってはいけないからということで、書庫と部屋への移動はいつもアナベルがついてきてくれる。


 書庫に入れないアナベルとは入り口で別れ一人で中に入ると、

「よぉ、暇そうだな」 

 待ち構えていたのはノックだった。


 私の顔を見たノックが不満そうな声をあげる。

「わざわざ会いに来てやったんだから、もう少し嬉しそうな顔くらいしろよ」

 

「だって別にうれしくないですから。どうせまた文句を言いに来たんですよね?」


 最後にノックに会ってから今までの間、ノックが喜ぶ様な事は何一つしていない自信がある。


 まぁウィルバートとキャロラインって人を結婚させるためにこの世界にきたのに、そのウィルバートとデートしてるんだから、文句を言われても仕方ないと言えば仕方ないんだけど……


 けれどもノックの口から出た言葉は私の想像とは違っていた。


「誰が文句言いに来たって? せっかく褒めてやろうと思ってたのによ」

 予想外の言葉にポカンとしてしまう。

 

「ノックが私を? 褒めるの?」


「何だよその顔。不満なのかよ?」


「そんな事ないですけど……ちょっとびっくりしちゃって」


 私、ノックに褒められるようなことしたかしら? 改めて考えても全く思い当たる理由がない。


「もしかしてウィルバートとキャロラインって人の結婚が決まってたりとか……?」


「そんなわけない事はお前がよく知ってるだろ」

 あっ、やっぱり? じゃあ私は何で褒められたの?


 首を捻る私を見て、ノックは仕方ないなっというように小さなため息をついた。


「俺が褒めたのは、この書庫のことだ」

「書庫?」


 キョロキョロっと周りを見回しても、やっぱり褒められる理由は分からない。


「お前のおかげで書庫が綺麗になったから褒めてやるって言ってんだよ」


 あぁ、そういうことね。


 私が棚の掃除をしているのを見たそのすぐ後、ウィルバートは書庫の大掃除を命じたようだ。あんなに積もっていた埃はすっかりなくなり、書庫内の空気は澄んでいる。


 ウィルバートはそれだけではなく、アナベルも書庫に入れるよう手続きもしてくれているらしい。いずれ許可がおりればアナベルも一緒に書庫で過ごすことができる。


「将来的には王宮内の誰でも利用できる書庫にできたらいいんだけどね」


 ウィルバートはそう言っていたが、私もその案に賛成だ。棚には隙間があるものの、これだけの本がまだ残っているんだから誰かが利用しなくちゃもったいない。


「まぁ、私のおかげっていうより、全部ウィルバート様のおかげなんですけどね」


「お前があの王子を動かしたのだから、お前の手柄だろ。この書庫はあの王子しか使う人間がいないってことで、長いこと放置されてたからな。こうやってきれいにしてもらえて本達も嬉しいだろう……って何だよ?」


「なんかノックの言葉とは思えないなって思って……」


 まさかノックからこんな言葉を聞くなんて……

「本の神様って、やっぱり雑に扱われてる本のことは気になるんですね」


「わ、わりぃかよ!!」

 あら、恥ずかしかったのかしら?

 ノックの頬が心なしか赤く染まった気がする。


「悪くないですよ。ただ、ちょっと見直したって言うか……神様っていうのは嘘じゃないんだなって思ったんです」


 ふふっと笑う私に対する怒りなのか、それとも照れなのか、今度は耳まで赤くなったノックは「うるせー」っと叫んで姿を消した。


「とにかく、この調子で俺の役に立ちやがれ!!」

 姿は見えないけれど、どこからかノックの怒鳴り声が聞こえてくる。


 ふふっ。ノックってば、一応私の事を役に立つって思ってくれてるのね。


 こんな風に言われてしまうと、ノックの手助けをしてあげられない事を申し訳なく感じてしまう。


 少しくらいノックのために働いてあげようかしら……


「何もしてない」と文句を言われると全くやる気がなくなって、何もしてないのに何故か褒められると急にやる気が出るんだから、人というのは不思議なものだ。


 とは言え、具体的に何をしたらいいか思いつかない。何故だかウィルバート様は未だに私の事が好きみたいだし、キャロラインって人のことも分からないままだ。


 うーん……

 考えても名案らしいものは全く浮かばない。


 きっとアナベルみたいな恋愛上級者ならいい作戦を思いつくんだろうけど。ノックのことや私がこの世界に呼ばれた理由は人には秘密なので、アナベルには相談できない。


 あーん、ダメだ。こんな気分じゃ本に集中できやしない。


 書庫に来てあまり時間はたっていないけど、一旦部屋に戻ってアナベルにお茶でもいれてもらおう。


 いつもはアナベルが迎えに来てくれるのを待って一緒に部屋に戻るんだけど、今日は一人で帰っちゃえ。さっき来た道を戻るだけだから余裕余裕。


 そう思っていたのに、甘かった。あれこれ考えていたせいか、気がついたら「ここはどこ?」状態に陥っていた。


 王宮内ってどうしてこうも似たような内装の廊下ばっかりなのかしら。これじゃいつまでたっても部屋に戻れそうもない。適当に歩き続けるより誰かに尋ねたい所だけど、何故だか今日は誰にもすれ違わない。


 どこかの部屋をノックしてみようかな? 

 そしたら誰か出てきて私の部屋の場所を教えてくれるかも……

 

 そう思って立ち止まるけれど、部屋がたくさんありすぎて、どれをノックしていいのかも分からない。


 そもそもこの扉の向こうが何の部屋なのか見ただけじゃ全く分からないんだから、ノックをするにも勇気がいる。


 いきなりノックして、もし偉い人の部屋だったら……と思うとなかなか勇気が出ない。

 

 長い廊下の両脇に並ぶ扉を見ながら途方に暮れている私の耳に、微かに人の声が聞こえてきたような気がした。

 

 この部屋かしら?

 ボソボソと聞こえてくる声からして、部屋の中には複数の人がいるようだ。


 ドアを叩いてみるか、それとも誰か出てくるのを待ってみるか……

 ドアの前でまたまた考えこんでいると、急にドアが開いて焦ってしまう。


「あ、あの、私……」

 私も驚いたけど、部屋から出てきた3人の男達も私を見て驚いたようだった。


「た、隊長!!」


「どうした? 誰かいるのか?」

 3人の後ろから、隊長と呼ばれた男が出てきて私を見た。


「お前は……」

 私を見て何かを言いかけたが、口をつぐみ、先に部屋から出てきた男達に任務に戻るよう指示を出した。


 そして私の回想は終わり、話は現在に戻る。

 そう、剣をつきつけられ絶対絶命、大ピンチの場面だ。


 まぁ確かに人がいるかどうか部屋の外からうかがってたんだから、怪しいっちゃ怪しいかもしれない。でもただ迷子になったのを助けて欲しかっただけなのに、まさか命の危険にさらされるなんて思ってもみなかったわ。


 それもこれも、全部ノックのせいよ。珍しくノックが私を褒めたせいでこんなに酷い目に合うんだわ。


 完全なる八つ当たりだって分かってる。私が迷子になったのが悪いんだもん。でもこの恐怖から逃げるためには、誰かのせいにしなきゃやってられない!!


 私の鼻先に突きつけられた剣がすっと動いた。


 もうダメだ!!


「ブハっ」

 覚悟を決め固く目を閉じた私の耳に、吹き出すような音が聞こえた。


「すっげぇ顔してんのな」

 いきなりの笑い声に目を開けると、男が笑いながら剣をおさめているところだった。


 何だか分からないけど、助かったみたい。

 よかったぁぁぁ。

 ほっとしたと同時に、体中の力が抜けてふにゃふにゃとその場にへたり込んでしまった。


「おい、大丈夫か?」

 さっきまで剣をつきつけていたくせに、なぜだか男は心配そうな顔で私に手を差し出した。


「悪りぃ。冗談キツすぎたか?」


 冗談ですって!? 冗談で私の顔に剣を突きつけたっていうの? 人に剣をつきつけるなんて冗談の域を越えているわよ。

 

 男が差し出した手をとることなく一人で立ち上がる。腹立たしいけれど、ここで怒りをぶつけて再び剣を抜かれてはたまらない。文句の一つも言えないのは悔しいけれど、こんな時は逃げるに限る。


「じゃあ私はこれで……」


「まぁ待てよ」

 立ち去ろうとする私の腕がガシっと力強く掴まれた。


 今度は一体何なの?

 恐怖で体が冷えてくる。


「せっかく来たんだ。中で茶でも飲んで行けよ」


「いえせっかくですけど……」


 掴まれた腕を振り払って逃げようとしても、掴まれた腕はびくともしない。


 「あの、本当にお茶はいりません。すいませんが、帰らなくてはいけないので……」


 私の言葉に男は「あー、大丈夫、大丈夫」とだけ答えた。


 だから大丈夫じゃないんだって。

 このままじゃ部屋に連れこまれてしまう。


 いやぁ……誰か助けてぇ……

 

 半ば男に引きずられるようにして、部屋の中に連れ込まれる。


 バタン。私の後ろで扉が無情な音を立てた。

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