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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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113/117

113.結婚前夜

「アナベルが選んでくれたドレスにするわ」


 がっかり顔のキャロラインと、不満顔のオリヴィアには申し訳ないけど、やっぱり私が違和感なく着れそうなのはアナベルが選んでくれたドレスだけだろう。


 まぁ例え似合わないドレスだったとしても、アナベルが推してる物を選んだかもしれないけど……


「アナベルは私にとってお姉ちゃんみたいな存在ですし、やっぱり結婚式の準備は全てアナベルに任せたいって思ってるんです」


「アリスさまぁ……私頑張ります……」

 

 ってアナベル、泣くの早すぎだから!! 明日私の式を見るまで、その涙はとっておいて。


「ではわたくしは、新婚に相応しい大人なナイトドレスをご用意いたしますね」


「えっ、じゃあ私は下着ね。とびっきりセクシーなやつ用意しちゃおっと」


 キャロラインもオリヴィアも、何でもいいから私の準備に関わりたいみたいだ。気持ちはありがたいけど、何を用意されるか不安でならない。


 こんな感じだからだろうか、明日が結婚式だという実感がまるでない。まぁマリッジブルーにならなかったのは、良かったと言えなくもないけど。結婚式前日って、皆もこんなにあっさり過ごすものなのかしら?


 明日に備えて早めに寝室に入ると、待ち構えていたかのようにノックが私の名を呼んだ。


「ノック、来てくれたんですね」


 ウィルとこの世界で生きて行こうと決めてから、ずっとノックに報告したいと思っていた。それなのに、呼んでも現れてくれないし、タルーナに頼んでも来てくれないし……もう会えないのかと思っていた。

 

「俺にも色々事情があるんだよ」


 そう言うとノックは目をつぶった。ノックの背中の3枚の羽がキラキラと輝き始める。


 綺麗……


 羽から溢れ出した光の美しさに見惚れていると,急に光が強烈になった。眩しさに目を瞑ると……


「えっ!?」


 目をあけた私の前にいたノックは、私よりも背丈の高い姿に変わっていた。


「ノック……です……よね?」


「他に誰に見えるんだよ」


 誰に見えるって言われても。ビックサイズになっても顔立ちは変わらないからノックだと思っているけど、羽もないし服も違うしで戸惑ってしまう。


「サイズまで変われるなんて、やっぱり神様だけあってすごいですね」


「まぁな……」


 興奮している私に微妙な返事をしたノックは、茶をいれるよう要求した。せっかく人間サイズになったのだから、一緒に茶を飲みながら話をしたいらしい。


「ノックはどんなお茶が好きですか?」


 ウィルには秘密にしているけれど、私の部屋にはアーノルドがくれたお茶がたくさんある。甘いのも渋いのも爽やかなのも、どんなリクエストがきたってバッチリだ。


「じゃあ……お前が一番好きなやつで」


 うーん。そう言われたら悩んでしまう。私の好きなお茶はたくさんあるけど、せっかくだからノックにも美味しいって思ってほしいし……


 色々考えて私が選んだのは、温かいほうじ茶だ。ノンカフェインではないけれど、まぁ眠れなくなることはないでしょう。ノックは「チョイスが渋いな」って言うけど、私はこの香ばしい匂いが好きでよく飲むのだ。


「あの……ノック……私、ノックに話さなきゃいけない事があるんです」


 ノックがお茶に口をつけ、ほうっと一息つくのを待って話を切り出した。


「ああ。あの王子と明日結婚するって話だろ」

 

 全部知ってるなら話は早い。


「ノックのお手伝いができなくてすいません」


「まぁ、仕方ねーな」


 へっ? それだけ?

 頭を下げた私に対するノックの態度に拍子抜けしてしまう。文句の一つも言われないなんて、戸惑っちゃうじゃない。


「怒ってないんですか?」


「お前が俺のために一生働きゃいいわけだしな。それはそれで悪くない」


 私のせいで昇格できなかったんだから、責任をもって昇進できるようポイント集めの手伝いをしろってことらしい。


 そういやノックの神様業ってポイントとかノルマとかがあるんだったっけ。担当エリアの人に本を読ませればポイントがつくとか言ってたような気が……


「この俺様が昇格試験を諦めて、昇給で我慢してやろうと思ってんだぞ。心して働け!」


「はい。頑張らせていただきます」

 ビシッと敬礼した私を見て、ノックは満足そうに頷いた。


「ノック、私をこの世界に呼んでくれてありがとうございました」


「はっ? な、なんだよ、いきなり」


 想定外の事を言われたのか、ノックは眉間に皺を寄せて私を見た。

 

「ノックがこの世界に呼んでくれたおかげで、今私はとっても幸せです」


 やっと私の居場所が見つかった……

 そんな安心感が今の私を満たしてくれている。


 友達もいない。家族の誰も私を見ない。誰からも必要とされていない世界から私を連れ出してくれたのはノックだ。


 私を好きだと言ってくれる人、一緒にいたいと思ってくれる人、心配してくれる人、一緒に笑ってくれる人……皆と過ごす毎日がとてもキラキラとして美しい。


「そりゃよかったな」


 ノックがふっと笑った。

 思いがけない優しい笑顔に、びっくりすると同時に胸が温かくなる。


「前から思ってたんですが、ノックって優しいですね」


「はっ? 誰が何だって?」 


 さっきの笑顔は見間違いだったのかしら?

 ノックの顔つきが一気に険しくなる。


「ノックは優しいって言ったんです。前に私が熱を出した時は心配してくれましたし……」


「べ、別に心配なんかしてねーよ」


「今だって、あなたの昇格を邪魔した私に、よかったなって言ってくれたじゃないですか」


 あれ? もしかして照れちゃった?


 私の視線から逃れるように背けたノックの顔は、ほんのりと赤く染まって見えた。


「もう寝ろ。明日早いんだろ?」


 言ってもないのに、明日早い事まで知ってるなんて。神様だからなんでも知ってるのか、それとも私が気づかないだけでどこかから見てたのか、どっちなんだろ?


「じゃあ、俺はもう行くわ」


 ノックが立ち上がったので、私も慌てて立ち上がった。


「また会いに来てくださいね」


 ノックは何も言わず、じっと私の顔を見つめている。


「どうかしたんですか?」


 こんな風に真顔でじっと見つめられるっていうのは、なんとも落ちつかない。顔にゴミでもついてるのかしら?


 ノックが私を見つめたまま一歩近づいた。あっと思った時には、私はノックの腕の中にいた。まさかの出来事に驚いて声が出ない。


 な、な、なんで? どうして私、ノックに抱きしめられてるの?


 今までノックのことを、ファンタジーな存在だと思っていたのに。こんな風に抱きしめられたら、大人の男性だって意識してしまう。


 小さかった時には気づかなかったけど、ノックってば意外にがっちりしてるのね。私をすっぽりと包むたくましい体に、私の心臓は破裂しそうなほどドキドキいっている。


 ノックの唇が優しく私の額に触れた。


「お前が幸せになれるよう、おまじないだ」


 あぁ、なんだおまじないね。

 っと頭では納得しながらも、鼓動は一層早くなり、体の熱も上昇していく。


 ノックが一瞬、私を抱く腕に力を込めた。苦しいくらいの抱擁に息が止まる。


「アリス……幸せになれよ……」


 ノックが耳元で囁いた次の瞬間、私の体が自由になるのを感じた。と同時にノックの姿も消えてしまった。


 な、なんだったの??

 

 体から力が抜け、ヘナヘナっとその場にしゃがみ込んだ。体にはまだノックの力強い腕の感触が残っている。


「おまじないって……刺激強すぎるんですけど……」


 ノックが触れた額に軽く触れた。私の幸せを願ってのキスだと分かってるけど、これじゃあドキドキして眠れないじゃない。


 次におまじないをしてくれる時には、緊張しないミニ版ノックのままでキスしてもらおう。未だにバクバクとうるさい心臓を落ちつかせるよう、胸に手を当て大きく息を吐き出した。




☆ ☆ ☆



 

 話がちがーう!!


 結婚式の列席者は限られた王族と超有力貴族だけだから、アットホームな雰囲気だよって、ウィルは言ったわよね?


 会場の扉が開かれ私達の入場を待ちわびた人々の姿を見た途端に足がすくんでしまう。


 私とウィルが久しぶりに対面したのは、今からほんの数分前のことだ。別々の場所で準備と式の流れの確認をして、さぁ一緒に入場っとなったのだが……


「あぁ、アリス……なんて綺麗なんだ」


 扉の前に到着した私を見て、抱きつこうとするウィルをアナベル達侍女軍団が体を張ってガードする。


「ウィルバート様!! アリス様の美しいドレス姿が皆様に見せる前に崩れたらどうされるんですか?」


 ウィルは不満そうだったが、アナベルの言っている事は理解できるようだ。近づいたり離れたり、前から見たり後ろに回り込んだりしながら私のドレス姿を眺めている。


「あぁ……アリスのこの美しい姿見て、抱きしめられないなんて、どんな拷問なんだ」


 ははっ。

 本当なら嬉しくて照れちゃうところなんだけど、今の私にはそんな余裕はない。頭の中でこれからの流れを復習するだけで精一杯だ。


 そんな私にウィルは、アットホームな式だからそんなに緊張しなくていいって言ったのよ!!


 これのどこがアットホームな雰囲気だっていうの? それとも庶民の私と、王太子のウィルじゃアットホームの解釈すら違ってるのかしら?


 失敗したらどうしよう……緊張で足が前に出ない私の耳に、ウィルのため息が聞こえた。

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