112.神様を探して
婚約祝いの会が終わり、私は一人王宮の書庫に向かった。
「ノック、ノック、いませんか?」
返事はない。人気のない書庫の中はしんとしている。考えてみると、こうやって一人で書庫にこもるのは久しぶりだ。
今夜はしばらく一人で書庫にいたいと伝えると、ウィルはその理由を知りたがった。
「ノックにウィルと婚約した事を伝えて謝らないといけないので」などとは決して答えられない。
「ウィルからのプロポーズを一人で反芻したいので」っともっともらしい理由を伝えてみたのが、それなら寝室ですればいいと返されてしまった。
私が何を言ってもきっとウィルを納得させる事はできないだろう。仕方ないので一時間だけ籠ると宣言し、勝手に書庫にこもってしまった。きっと部屋に戻ったら、ウィルが私を待っているだろう。
ウィルが不審に思う前に、できるだけ早くノックと話をしなくては。
とはいえノックを見つけるのは難しい。こんな事ならノックを呼び出す方法を聞いておけばよかった。とりあえず本の多い書庫なら、ノックに会えるんじゃないかなっと思ったんだけど……はぁ、どこにもいない。
「ノック、出て来てくださいよ」
やはり返事はない。
「タルーナさんでもいいから、いませんか?」
「何それ? なんかムカつくんだけど!!」
やった、出た!!
ノックは無理ならタルーナでもと、試しに呼んで正解だった。不満顔全開のタルーナを召喚することに成功した。
「よかった。会いたいと思ってたんですよ」
「はいはい。ノックに婚約報告したいんでしょ」
まだ何も言ってないのに、全てお見通しっという様子でタルーナは笑った。
「あんたも律儀よね。別にノックに報告する義務なんてないでしょうに」
たしかに義務はないけど、何も言わずに勝手な事をするのは気分がよくない。ノックに祝福してもらうのは無理だろうけど、きちんと説明して私の事を理解して欲しかった。
「ノックを呼んでもらう事ってできませんか?」
ふぅっとため息をついたタルーナが、後ろを振り向いた。
何を見ているんだろう? タルーナの表情が変わった事が気になったが、見る限り特に変わった物はない。
タルーナが再びため息をついた。
「ノックには、あんたが会いたがってたって伝えとくから」
えっ? 呼んでくれないの?
再び振り向いて何かを見ていたタルーナが、何かを思い立ったかのように私に向かって飛んでくる。羽ばたく4枚の羽にシャンデリアの光が当たり、キラキラと輝いて美しい。
タルーナが私の耳元で羽ばたきながら呟くように言った。
「いい? できるだけ早くあの王子と結婚しなさいよ。じゃないと私が困るんだから」
それってどういう……
あーあ、消えちゃった。
話すだけ話していなくなるのは、ノックもタルーナも同じだ。とりあえず私が婚約した事はノックに伝わるだろう。まぁ仕方ないけど、それでよしとするか。
仕方なく書庫を後にすると……
「ウィル!? どうしたんですか?」
ドアを出たところでウィルが待ち構えていた。
「アリスの事が心配でね……」
ウィルの表情は浮かない。
やっぱり勝手に書庫にこもったのがまずかっただろうか?
ウィルと共に再び書庫に入った。
怒っているようには見えないが、黙ったままのウィルと二人きりというのは居心地が悪い。
もしかしてタルーナとの会話が聞かれちゃったとか?
そんなに大きな声じゃなかったし、書庫の扉は分厚いし大丈夫だとは思いたいけど、ウィルのいつもとは違う無表情が不安を煽る。
これからウィルと一緒にもっと幸せになるんだと思っているのに、この世から存在が消されたんじゃたまらない。
「あ、あの……どうかしましたか?」
さりげなく様子を伺っても微妙な反応だ。
「この書庫で初めてアリスと会ったんだよね」
「そうでしたね。雰囲気はすっかり変わってしまいましたけど」
改装でゴージャスになりすぎて、ここはもはや落ちついて本を読む場所ではなくなってしまった。きっと同じ事を思っていたのだろう、ウィルが苦笑いを浮かべている。
よかった。少しだけど、雰囲気がよくなったかも。
そう思ったのも束の間、
「アリスは元の世界に帰りたいんじゃないの?」
ウィルが無表情で私を見ている。
「別に帰りたくありませんよ」
「本当に?」
いきなりどうしちゃったの?
疑うように眉間に皺を寄せて見つめてくるウィルは、私が帰りたがっていると思っているんだろうか?
「さっきプロポーズされて嬉しかったのに、帰りたいなんて思うわけないじゃないですか」
「そのプロポーズがイマイチだったから、帰りたくなったのかと心配していたんだよ」
そんなわけないのに。ほっとしたようなウィルの笑顔を見て、つい笑ってしまう。
「でもほら、女性はサプライズのプロポーズが好きだろう? 例えば100万本の薔薇の花をプレゼントするとか……」
100本ならまだしも、100万本も薔薇もらってどうしろと?
「あとは、そう……メイドや侍女が前振りなく踊り出すとか……」
それってフラッシュモブっていうやつ? そんなんでプロポーズされて嬉しい人なんているの?
「自作の歌で愛を伝えてプロポーズっていうのも……」
もう寒い予感しかしない……
「サプライズでケーキに指輪を隠しておくとかも人気だよね」
絶対に嫌だ。好きな人の前で、口の中から生クリームとヨダレまみれの指輪を吐き出すなんて、何の罰ゲームよ!!
「アリスと早く婚約したくて、せっかくのプロポーズを素敵に演出できなくて本当に申し訳なかったね」
うわぁぁぁ。よかったぁ。
ウィルは申し訳なさそうに謝ってるけど、私は万々歳よ。ウィルが変な演出してたら、一生忘れられない大惨事になるところだった。
「私は凝った演出より、ウィルの気持ちのこもった言葉の方が嬉しいですから」
っというか、普通が一番!! 恐怖のサプライズ大反対よ。
それでもまだウィルは「でもやっぱり小説では……」っと後悔を口にしている。
あぁ、もう仕方ない。
私がウィルのプロポーズが嬉しかった事を示すためにはこれしかない。あーでもない、こーでもないと一人ごとのように呟いているウィルをぎゅっと抱きしめた。そのまま甘えるようにウィルの胸に頭をすりすりする。
全身全力で私が幸せだと伝えてるんだけど、うまく伝わったかしら?
ウィルは私が抱きついた瞬間びっくりしたようだったが、すぐに私を抱きしめ返した。
「あぁ、わたしの婚約者は本当に可愛いなぁ」
よしっ!! ウィルの声は嬉しそうだし、これでもう大丈夫だろう。思う存分ウィルの腕の中を満喫するぞっ意気込む私の耳に、「結婚式こそは……」っというウィルの呟きが聞こえた気がした。
☆ ☆ ☆
季節は春から夏に変わり、そして秋へと変わろうとしていた。ウィルと婚約したあの日から、騒がしくも平和な毎日が続いている。
「アリス様にはこちらのドレスが似合います」
「アナベルってば分かってないわよね。アリスには絶対このドレスよ」
本当に二人とも飽きないわよね。
アナベルとオリヴィアが、私にどのドレスを着せるかで揉めるのはよくあることだ。オリヴィアは一応王女様なんだけど、アナベルが黙って譲ることは決してない。
よくある二人の揉め事に、今日はキャロラインまで参戦している。
「アリス様、明日は是非わたくしの用意したドレスを着てくださいませ」
なぜキャロラインまでもがこうやって私のドレス選びをしているかというと、明日は私の結婚式なのだ。
婚約してから結婚までがこんなに早いなんて。正直言って、ウィルとの結婚がこんなにすんなり決まるなんて思ってもみなかった。なんせ私はこの世界の人間じゃない上に、身分差もあるんだから。
なのに誰も反対しなかったなんて驚きだ。てっきり国王夫妻には反対されると思っていたのに。二人が小躍りするほど喜んでくれている事が、未だに信じられない。
こんなにもスムーズに結婚が決まったのにも関わらず、私はというと未だに式で着るドレスが決まっていない。
「アリス様、どのドレスにしますか?」
三人が用意してくれたドレスは、三人の好みをよく表している。
まずアナベルのドレスはとてもキュートだ。純白のプリンセスラインのドレスには花柄の繊細なレースが使われている。
一方オリヴィアの推すドレスはゴージャスだ。色はゴールドで、細かな刺繍がとても美しい。
キャロラインの選んだドレスは一言で言うと、大人っぽい。裾の長いマーメイドラインのドレスは刺繍とレースが豪華で光に当たるとキラキラと光って見える。
この三つのドレスから選ばなきゃならないだけでも精神的負担がすごかったのに、今になってドレス候補がもう一着追加されてしまった。このドレスを持って来たのはウィルに頼まれたルーカスだ。
ウィルとはここのところ会ってはいない。王太子であるウィルには結婚前にしなければいけない事が多くあるからだ。忙しい中ウィルが私のために選んでくれたのだから、着てみないわけにはいかない。とりあえずドレスを広げて……
「うわぁ……」
これはないわ……
そう思ったのは私だけじゃないだろう。この場にいた全員の気持ちが一つになったような気がする。
「ウィルバート兄様ってば、こういうのが好みなのね……」
「思っていたより、スケベでらっしゃるのかしら?」
オリヴィアもキャロラインも呆れてるけど、私もコメントに困ってしまう。ウィルってば、なんでミニでスケスケのレースのドレスなんて選んでるのよ。ただ一人アナベルだけは、ドレスのスケ感にえらく感動している。
普通ならウィルの事を否定されたら鬼になるルーカスも、さすがにこのドレスはないと思ったのか今日は何も言わなかった。
さて……式までもう半日しかないんだし、そろそろ決めちゃいましょうか。
本当は三人が選んでくれたもの全てを着れたらいいんだけど。それができないのだから仕方ない。私が選んだのは……




