111.賭けですか?
「アリスも何か皆に言いたい事はない?」
やけにキラキラした笑顔のウィルに促されて立ち上がったのはいいけど、一体何を言えばいいんだろう。
ただでさえ軽くパニックなのに、皆の視線を集めているんだから頭の整理なんてできやしない。
まさか大がかりなドッキリ!?
なんてことも考えたけど、いくらなんでもこんな錚々たるメンバーを集めてっていうのは考えられない。
考えられるのは私の聞き間違い、もしくはサプライズってところか。
「どうしたの、アリス? 婚約が嬉しすぎて言葉も出ないの?」
うん。オリヴィアの言葉で確定した。これは聞き間違いじゃなくてサプライズの方だ。
「皆様ありがとうございます。まさか婚約したなんて思っていませんでしたので、本当に驚きました」
えっとウィルが驚いたような顔で私を見た。
あれ? 何その表情……
「お前、その言い方変だろ。それじゃ婚約した事を知らなかったって意味になっちまうぞ」
いつもの騎士の制服ではなく、刺繍がふんだんに施されたスーツを着ているアーノルドは、口が悪くてもいいとこのお坊ちゃんという感じに見える。
「はい。婚約したことは今初めて知りました」
あれあれ? なんで皆そんな驚いた顔してるの?
皆がポカンとした顔をしていることに、私の方が驚きだ。そんな顔されたら不安になってしまう。
「もしかして……婚約したっいうのは冗談でしたか?」
もしかして、私失敗しちゃったのかも。恐る恐る様子を伺うと……
「いやいやまさかだね……」
「ウィルバート、あなた何をしているの!!」
「これは愉快ですな」
ロバート国王が驚き、メイシー様が怒り、デンバー公爵が笑うのがほぼ同時だった。
そんな三人には見向きもせず、ウィルが私の腕を引き部屋を連れ出した。
「あ、あの、ウィル……黙って出たりしていいんですか?」
無言のままのウィルが怖い。
ダン!!
私の部屋につくなり、ウィルが私をドアに押しやりドンっとドアを叩いた。
これがいわゆる壁ドンかぁ……なんて恋愛小説っぽい雰囲気を楽しむ余裕はなさそうだ。
「ねぇ、アリス、婚約した事を知らなかったなんて冗談だよね?」
口調は優しいのに視線が鋭すぎて耐えられない。たまらず目を逸らすと、ウィルが私の顎を指で持ち上げた。ウィルと真正面から視線がぶつかる。
おお!! これが噂の顎クイ……なんて悠長な事を考える暇もなく、ウィルが私に迫る。
「ねぇアリス? もしかしてアリスは私と婚約したくなかった?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
ただ婚約するなら婚約するって言って欲しかったよね。自分が婚約した事を人から聞くのって、結構な衝撃だ。
「ウィルと私は本当に婚約したんですか?」
「……本当だよ」
微妙な沈黙が流れる。
ウィルは腕を下ろすと黙ったままソファーに座った。ぽんぽんっと隣を叩き私を呼ぶ。
「ごめんね……」
ウィルがポツリと呟いた。
「この前アリスがプロポーズにオッケーしてくれてから、すぐに婚約の手続きをすすめていたんだ。アリスを置き去りに婚約話を進めてしまうような形になって申し訳なかったね」
「えっ? 私、プロポーズにオッケーしましたっけ?」
この前のプロポーズって何だろそれ?
プロポーズされたのってこの世界に来たばかりじゃなかったっけ? しかもお断りした気がする。
「これからもずっとわたしの側にいてくれると約束してくれただろう?」
えぇー!! あれってプロポーズだったの。全く気づかなかった。というかそんな重大なものだったなら、もっと味わってから返事すればよかったぁ。
まぁこれからもウィルの側にいたいと思ってるから、別にいいっちゃいいんだけど……とは思いつつも、やはり人生の一大イベントの一つであるプロポーズをさらりと流してしまった事に対する後悔は大きい。
その思いが伝わったのだろう。ウィルが私の前で片膝をつき、そっと私の手をとった。
「アリス、愛しているよ。わたしと結婚してくれますか?」
「はい、喜んで」
にっこりと笑ったウィルが私に口付けた。
感動も感慨もないけど、これはこれで幸せかもしれない。こうやってウィルの腕に包まれているだけで、なんだかもう十分な気がしてくる。
「あっ、アリス。戻って来たぁ!」
夕食会の会場に戻った私を見て、嬉しそうに手を振るオリヴィアに手を振り返した。
たった数十分席を離れただけなのに、何だろ、この異様な盛り上がりは……
それに、えーっと……これはどういう状況?
オリヴィアとアナベルがじーっと私の顔を見つめてくる。
「どうしたんだい二人とも? そんなに見つめたら可愛いアリスに穴があいてしまうよ」
隣に立つウィルが私の肩を抱き、こめかみにキスをした。
ちょちょちょちょちょーっと待って。
今サラッとキスされたけど、国王陛下達の前なのよ!!
「オリヴィア様、どうやらこれは……」
「ええアナベル。私もそう思うわよ」
全くもって分からないやりとりに、アーノルドとルーカスも加わった。
「あー、ちくしょー。やっぱりウィルバートじゃダメだよなぁ」
「ですからそのように申し上げたではありませんか」
なんだか4人して盛り上がってるけど、何がなんだかさっぱり分からない。隣を見ると私と同じようにウィルも困惑している。
「一体君達は何を……」
ウィルバートが口を開いた時、
「おやウィルバート殿下、お早いお戻りですなぁ。もっとゆっくりされてもよろしかったのに」
はっはっはと陽気な笑い声が響いた。
見ると赤い顔をしたデンバー公爵が手酌でグラスを満たしているところだった。そのデンバー公爵が近づいて来て、ウィルバートと私の顔を交互にじっくりと見る。
ううっ。お酒くさい。
この短時間で一体どれだけ飲んだのだろう。公爵が笑うたびにお酒の匂いがして、私まで酔ってしまいそうだ。
「うむ。残念だが、これはどうやら私達の負けのようだね」
「ええ、そのようですわね」
公爵の迫力ある顔がにかっと笑顔になったかと思うと、急に向きを変えサブリナ様と共に微笑みあった。
またか。さっきから皆何の話で盛り上がってるんだろう?
テンションがあがりまくってる皆の邪魔をする気はないが、話題に入っていけないもどかしさも感じる。それはウィルバートも同じだったようだ。
「そろそろわたし達にも説明してもらえるだろうか?」
柔らかい表情をしているが、こういう時のウィルの口調は権力者独特の香りがする。誰しもが従わなくてはいけないような気になってしまう。
「いや、なに、ははっ。賭けをしていたんですよ」
席に戻った公爵はそう言うと勢いよくグラスをあけた。なるほど。この勢いで呑んでいたら、そりゃ酔っ払いもするわ。
「賭けですか……」
なるほどっという顔でウィルバートは頷いた。って、えっ? もしかしてもう納得しちゃったの?
「それで公爵、サブリナ様、アーノルドが負けたというわけですか」
「いや、オリヴィア様もだな。んで勝ったのはルーカスとアナベルってわけだ」
アーノルドの言葉にルーカスとアナベルが誇らしげな顔を見せた。
「やっぱりアリス様のことを一番理解しているのは私ですわ」
「そして殿下のことを一番分かっているのはわたしだということですね」
あら、珍しい。
いつもは顔を合わすたびに憎まれ口を言い合うルーカスとアナベルが、何故だか今日は意気投合している。
「公爵達の期待にこたえればよかったかな?」
そう言ってウィルバートがお茶目に笑った。
一体何の事か分からないけど、分からないと言うのも癪なのでとりあえず頷いた。
ウィルバートの口から、「えっ!?」っというひどく驚いた声が漏れた。ウィルバートだけじゃない。皆の驚いたような視線が私に集中していた。
こっちこそ、「えっ!?」だわよ。
なんで皆そんなに驚いてるの?
「これはまた、想定外のリアクションだねぇ」
中でもロバート様は珍しいものを見るかのように、親指と人差し指で顎をはさむようにして私を観察している。
「ねぇアリス、それは意味が分かって言っているのかな?」
ウィルバートが探るような顔で私を見ている。
「えーっと……皆が何か賭け事をしたっていうのは分かりました。ただ内容はちょっと……」
私の言葉に一同納得したような表情を浮かべた。
「本当に察しの悪い奴だよな」
「アリス様はピュアな方ですから仕方ありませんわ」
アーノルドが呆れたように言うと、キャロラインが私を擁護する。
「二人とも国王夫妻の前だよ」
兄であるエドワードの冷静な声に、二人は口をつぐんだ。
「アリスちゃんも分かってないなら、早く言わなきゃダメよぉ」
かなり飲み過ぎな様子のメイシー様がケラケラと笑っている。
「ごめんなさい」
謝る私の頭をウィルが慰めるようにポンポンっと軽くたたいた。
「あの、それで賭けっていうのは何だったんですか?」
誰にとはなく尋ねた質問に、アーノルドが答えてくれる。
「俺達はお前らが盛り上がってそのまま結ばれるかどうか賭けてたんだよ。あっ、結ばれるって言っても精神的な繋がりのことじゃないぞ。肉体的にっていうか体の関係って言うか……意味分かるか?」
アーノルドの質問に無言でコクコクと首を縦に振った。想像もしていなかった賭けの内容に、言葉がどこかへいってしまった。
ばっかじゃないの!!
この酔っ払い軍団、何変な賭けなんかしてんのよ。
「やっぱりウィルバートは俺達の想像以上にヘタレだってことだよな」
アーノルドったら、結構な言いようだ。
「ヘタレって言うのは聞き捨てならないな。理性的だと言ってもらいたいね」
ウィルってば、文句言う所違わない?
ここは、そんな賭けなんてするなーって言う所だと思うんだけど。
もう本当に皆そろって何やってんのよ。
笑い上戸のようにケラケラ笑う皆を見て、腹が立ちながらもついつい一緒になって笑ってしまった。




