110.全てが解決した後は
「あの……そろそろ……」
「まだまだダメだよ」
私の懇願を遮るように、チュッという綺麗なリップ音が部屋に響いた。
「ラウルに触れられたところをキチンと消毒しなきゃいけないからね」
そう言うとウィルは再び私の手にキスをした。
ラウルはバイキンじゃないんだから、そんな言い方しなくても。
庭園でラウルと別れた後、無言で部屋へと連れ帰られた直後から、こうしてラウルが触れた右手にキスを受けているのだ。
手にキスをされている事が興奮するのか、このリップ音に刺激されているのかは分からないが、しつこい程に繰り返される右手へのキスで妙な気分になってくる。
「もう他にラウルが触れた所はない?」
ウィルが私の指を軽く噛んだ。痛かったわけでもないのに、体がびくっと動いてしまう。
「アリス?」
ウィルが再び私の指を甘噛みした。
「も、もうないです」
「本当に?」
「ほ、本当です」
やっと納得してくれたのか、ウィルが私の手を離した。っと、今度はウィルの膝の上にお姫座抱っこのような体勢で座らされる。
「それで……ラウルとはずいぶんと打ち解けた様子だったけれど、何を話していたんだい?」
「それは……」
別に内緒じゃないけれど、たとえウィル相手でも会話の内容をペラペラと話すのはマナー違反な気がする。
口籠もってしまった私を、ウィルは心よく思っていないようだ。
「ふーん……言えないような事を話していたんだね」
微笑んではいるものの、その瞳がギラついていて少し怖い。
「言えない話をしていたわけじゃ……あっ」
ウィルの唇が私の首に触れた。突然の出来事に驚いて頭が真っ白になってしまう。
「言えない話をしていないのなら、ちゃんと話してくれるよね?」
ウィルの唇が今度は喉に落とされる。身を固くする私を見てウィルが少し笑った。
「話してくれないなら……」
ウィルが私の首元に触れた。鎖骨をなぞるようなゆっくりとした指の動きに、ゾクゾクっという刺激が走る。
「話してくれないなら、アリスはわたしのものだという印を体中につけようかな」
そ、それはもしや……
前回キスマークをつけられた時の事を思い出して顔から湯気が出そうなほどに熱くなる。あの時は本当に恥ずかしかった。
ウィルの唇が私の鎖骨に触れ、ちゅっという音を立てる。
どうやら私に話さないという選択肢はなさそうだ。観念してラウルとの会話を簡単に話した。一体どんな想像をしていたのかは知らないが、ウィルにとっては意外な内容だったらしい。やけに神妙な面持ちで私の話を聞いていた。
話すのは仕方ないとしても、ラウルがウィルの事を嫌いだと本人に告げるのはなかなか勇気がいることだ。
傷つけたらどうしよう……そんな思いで恐る恐る話したのだが、ウィルバートはラウルが自分を嫌いなことには気づいていたらしい。ただ嫌われている理由については知らなかった。
「もっと早くわたしが気づいていれば、ラウル達のためにできる事があったのかもしれないね……」
ウィルの悔やむような表情がなんだか切ない。
ウィル……
暗い顔をしているウィルのために、私にできる事はあるだろうか?
少し考え、ウィルの頬に軽くキスをした。私からの不意打ちキスに、ウィルが驚いたように目を丸くする。私を見つめたまま、ウィルの顔がふにゃっと崩れた。
まさかウィルのこんなにだらしない顔を見れるなんて、私のキスの威力ってすごい!!
「ねぇ、アリス。アリスはわたしの事好き?」
期待に満ちた目で、ウィルが私の顔を覗きこんでくる。
もうっ。知ってるくせに!!
「はい、大好きです」
私の言葉により一層嬉しそうにへにゃっとなるウィルはなんだか可愛い。膝の上に座ったまま、ウィルの首に腕をまわして体をもたれかけた。
「アリス〜!!」
抱きしめ返してくれるウィルの体はとても温かく、ドキドキするのと同時にホッともする。やっぱり私、ウィルに抱きしめられている時が一番幸せだ。
そう言えば……なんだかバタバタしてたし、ラウルの話をしていたせいで、まだウィルにきちんとお礼を言えてなかった。
お礼を言いたくて腕の中から抜け出すと、ウィルが不満そうな顔を見せた。
「わたしに抱きしめられるのは嫌なの?」
って別に嫌だから離れたわけじゃないんだけど……
「そうじゃないんです。私、ウィルにきちんとお礼を言いたくて……」
「お礼?」
「はい。オリヴィア様の事、ありがとうございました」
頭を下げた私に、大変だったよとウィルは笑った。
「本当に……オリヴィアは我が従妹ながら破天荒だからね。正直こんなに早くアリスのお願いを叶えてあげられるなんて思ってもみなかったよ」
「先程お会いした時、レジーナ様も褒めてらっしゃいました」
「お祖母様ではなく、わたしはアリスに褒めてもらえる方が嬉しいんだけどな」
ウィルが私の頬に触れた。
「わたしは本当に頑張ったんだよ。だからご褒美をくれるかい?」
「ご褒美ですか?」
ご褒美って、一体何をあげたらいいの?
「そう……ご褒美……」
ウィルが私の髪を耳にかけた。ウィルの顔がゆっくりと近づき、露わになった耳元でそっと囁く。
「これからもずっとわたしの側にいると約束して欲しい」
なんだ、そんな簡単な事。もちろんオッケーに決まってるじゃない。
そう思った瞬間、ノックの顔が頭をよぎった。
私がウィルの側にいたらノックは困るわよね。ノックはウィルとキャロラインを結婚させたいんだし……でも何故だか分からないけど、ノックは私のこの決断を受け入れてくれるという確信にも似た予感があった。
「アリス?」
私がすぐに答えなかったからだろう。ウィルはひどく不安そうな顔で私の手を握った。
ノック……ごめんね……
他の事はなんでも頑張って協力するから、ウィルの側にいる事を許してね。
「ウィル……これからもずっとウィルの側にいさせてください」
嬉しそうな顔で私を抱きしめたウィルの腕の中で、次にノックに会ったら、いっぱいいっぱい謝ろうと心に誓った。
☆ ☆ ☆
カサラング公爵が起こした事件の後処理が全てすんだと報告を受けたのは、私が再び王宮での生活にも慣れてきた頃だった。
報告を受けたと言っても、公爵達がどのような罰を受けたのか、グレースはどうなったのか……肝心な内容は全くといっていいほど教えてもらえていない。
「アリスは優しいから、彼等に同情してしまうだろう」
とか何とか言って、ウィルは何も話してくれない。私だって関係者なのだ。自分を消そうとしていた人がどうなったかくらい知っておく権利はある。それでも頑なに首を横に振るウィルの態度からすると、公爵達は相当キツい処分を受けたのかもしれない。
嬉しい報告もあった。カーティスの行方不明だった奥さんが見つかったのだ。王宮にお礼の挨拶に来ている時には私も会いたかったけれど、結局面会は許可されなかった。
ウィルはまだ、私がカーティスに殺されてしまったと思った時の怒りがおさまっていないようだ。私がこうして生きているのはカーティスのおかげなんだから怒る必要なんてないのに。でもウィルが怒っているのは、私を失ってつらかったからだと思うと満更でもない。
何にせよ全て解決したのはめでたい事だと、今日はロバート様達がお祝いの会を開いてくれることになっている。
「今日はアリス様が主役ですからね。張り切って用意いたしましょう」
お祝いの会は夕食時だというのに、アナベルは朝からこんな調子で急かしてくる。
まったく、アナベルったら大袈裟なんだから。確かに私は公爵の件では一番といっていいほど迷惑はかけられたけど、会の主役になるほどではない。やはり主役となるのは、事件を解決に導いたウィルやエドワードだろう。
それでも少しでも綺麗になりたいという願望はあるので、アナベルにしっかり気飾ってもらい、いざ夕食会へ。
今夜は私と親しい者だけを呼んであるということで、お祝いの会のメンバーは国王夫妻とデンバー公爵夫妻とその子供のエドワード、アーノルド、キャロライン、そして王宮に残ったセスとオリヴィア、そしてウィルバートだった。
「ラウル兄様にも声をかけたんだけど、心の整理がまだつかないって言われちゃったわ」
「はぁ? なんだよ、その心の整理って……」
オリヴィアとセスがなんとも言えない表情をしている。
ラウルは結局王宮に残ることなく元いた城に帰ってしまった。でも去り際にはどこか吹っ切れた笑顔をしていたから、きっと心の整理がついたら王宮にくるんじゃないだろうか。
私がウィルを見ると、ウィルも私を見ていた。きっとウィルも私と同じ事を考えているのだろう。私に向かって頷いている。
「さぁさぁ皆そろったことだし、そろそろ始めようじゃないか」
国王の言葉を合図に各々席につく。メンバーからして私なんか末席で十分なのに、本当に私が主役なんじゃって思うような真ん中の席に座らさられて落ちつかない。
隣にいるウィルがいつも以上に素敵な事も私の落ちつかない原因の一つかもしれない。皆に挨拶をしているウィルに惚れ惚れしてしまう。
……っと、ウィルが信じられないような事を口にした。
「……今日はわたしとアリスの婚約祝いに来ていただきありがとうございます。わたしとアリスは……」
へっ? 婚約祝い? なんだそれ?
こんやくいわい、こんやくいわい……
あぁ、今夜食う岩井ねってふざけている場合じゃない。
私ってばいつの間にウィルと婚約しちゃったの!?




