11.人影の正体は?
「もう!! あなたのせいですわよ」
「しー、静かに」
ガサガサっと葉が揺れる音と共に、ボソボソとした話し声が聞こえてくる。
やっぱり誰かいるんだわ。
ウィルバートと私の視線がぶつかった。
先程までの熱はどこへやら。今の二人の間にあるのは困惑だけだ。
少し照れたような、それでいて困ったような複雑な表情を浮かべ、ウィルバートの手が私の頬から遠ざかる。それが何だかとても寂しい。
ただ胸の鼓動だけは落ちつくことを知らないかのように、大きな音を立て続けている。
合図をしたわけでもないのに二人の目線が同時に動いた。示し合わせたかのようにソファー背もたれの後ろを見つめる。そう、声はソファーの後ろから聞こえてきたのだ。
ソファーの背後には、私の腰丈くらいの高さの植物で出来た植え込みがある。あんまり隠れやすい場所とは言えないけれど、キャンドルの光が届かないので人の気配は感じても、姿を確認することはできそうもなかった。
「誰かいるのかい?」
警戒しているのだろう。私を自分の背後に隠しながら、ウィルバートは暗い植え込みに向かって問いかけた。その口調はいつもより鋭い。
「……ニァーオ」
植え込みから飛び出して来た声に二人で絶句する。
嘘でしょ? 猫の真似、下手すぎじゃない!?
誤魔化すにしても、この鳴き真似はあまりにもクオリティが低すぎだ。
「そこにいるのは分かってるんですよ。くだらないことをせず、おとなしく出てきなさい」
「……仕方ないですわね」
ガサガサっと音を立て、植え込みから一人の女性が現れた。暗い闇の中でも、女性の長い髪は美しい金髪であることがはっきりと分かった。
スカートの裾を手でささっとはたきながら、悪びれることなく「つまらないわ」と呟いたその女性は明らかに不満そうだ。
「は、母上?」
ウィルバートが驚いて、一オクターブ高い声を出して立ち上がった。
母上ですって?
ウィルバートの声に驚き、まじまじと女性の顔を見つめる。
ソファーの背後から私達へと近づいてくる女性の顔は、キャンドルの光に照らされてよく見えた。
依然として不満そうな顔をしてはいるが、なるほど、ウィルバートの母親と言われると納得だ。そっくりというわけではないが、金色のサラサラの髪の毛と、綺麗な青い瞳は間違いなくウィルバートと同じ色だ。
そしてとてつもなく綺麗で若々しい。母でなく姉だと言われても、全く違和感なく信じてしまうかもしれない。
「こ、ここで何をされてるんですか?」
「何って覗きに決まってるじゃない。かわいいかわいい一人息子の初めてのデートなんですよ。しっかり見届けたいと思うのは母親として当然じゃありませんか」
ウィルバートがなんとも言えない表情を浮かべた。自分の母親にデートを覗かれてたら、そりゃ恥ずかしいだろう。
それにしても、一体いつから見られていたのだろうか? もしかして、私のキス顔も見られちゃったとか!?
キャー、キャー、キャー
脳内で声にならない叫び声をあげる。
私ってば、なんであの時目なんかつぶっちゃったのよ。ウィルバート相手にあんなキスして欲しい素振りなんてして、厚かましいにもほどがある。
こんな冴えない女が初めてのデート相手だなんて……ううっ。ウィルバートのお母様にもなんだか申し訳ない。
「せっかく盛り上がってたのに、ロバートったらいい所で声を出すんですから。もう、嫌になっちゃうわ」
「ロバートって……まさか父上もいるんですか?」
ウィルバートがバッと暗い植え込みへと顔を向ける。しばらくシーンとしたままだったが、諦めたようなため息とともに一人の男性が立ち上がった。
「やぁ、ウィルバート。元気かい?」
「父上……」
ウィルバートの呆れたような視線など全く気にしない様子で、男性が片手をあげ挨拶をする。
その肩や頭、膝には枯れ葉が多くついていることから、この男性が長い間隠れていたことが窺い知れた。
片手で頭を抱えたウィルバートが大きなため息をつく。
「もうロバートったら、わたくし一人残して逃げるつもりだったんでしょう!」
「いやいやそんなつもりは全くなかったさ……」
「そもそも何故あんな大きな声を出したんです? あれさえなければ見つからなかったのに……」
「ウィルバートが無事キスできるよう声援を送ることの何が悪いんだい。それに君だって今にも飛び出しそうなくらい興奮してたじゃないか」
「あら、わたくしは……」
「父上、母上……もうそのくらいで……」
両親二人の終わる気配のないやりとりにウィルが口をはさんだ。二人が一斉にウィルの方へ顔を向ける。
「ウィルバート、だいたいあなたが早くキスしないのが悪いんですよ」
「そうだね。ウィルバートがもたもたしてるのが悪いんだ」
「えぇ? わたしが悪いんですか?」
二人の標的になってしまったウィルバートは戸惑っている。私はというと、どうしていいのか分からず、ただ三人の様子を観察するしかなかった。
「この調子じゃデートは無理そうだな……」
両親のやりとりを、半ば諦めた様子で見つめているウィルにかける言葉は見つからなかった。
☆ ☆ ☆
「父上、母上、この子が前にお話ししたアリスです」
「は、はじめまして」
前にお話ししたってどんな話をしたのかしら? 何となく不安になりながら、二人に向かって丁寧に頭をさげた。
「アリス、こちらがわたしの父のロバートと母のメイシーだよ」
「やっとお会いできたわね。ウィルバートから話を聞いてお会いしたいと思っていたのよ」
「お、お会いできて光栄です。ウィル……バート様には大変お世話になってます」
いくら本人からウィルと呼ぶよう言われていても、さすがに両親の前で呼び捨てするのは無理がある。
緊張から吃りながらも、なんとか挨拶し終えた私を見てロバート様とメイシー様は優しく微笑んた。
庭園で二人に出会ってから、是非一緒に夕食を……ということになり、4人で王宮内へと戻ってきたのだ。
明るく暖かい部屋に通され席に着くと、テーブルの上にはご馳走が並べられていく。
「先程は失礼したね……恥ずかしい所を見せてしまったようだ」
赤ワインに口をつけ、ロバート様が私に言った。
隠れていたことや、メイシー様とのやりとりのことを言っているのだろう。でも私としては、見せられたもの以上に、見られてしまったものの方が恥ずかしい。なんたって私が見られたのは、キス待ち顔なのだから。
「そうですよ」
私が返事をする前にウィルが口を開いた。
「父上はもっとご自分の立場を考えるべきです」
そういやウィルのお父さんって、この国の王様なんだっけ……
ロバート様はウィルの言葉など気にする風もなく、おかしそうに笑っている。
王様っていうのは、もっと堅苦しくて怖そうなイメージだったけど、目の前にいるのはただの陽気なおじさんだ。
「ウィルバートは口調がルーカスに似てきたなぁ。ねぇ、アリスもそう思わないかい?」
ロバート様にぐいっと顔を近づけられ、真正面から顔を覗きこまれる。
先ほどの言葉は訂正しよう。この人はただの陽気なおじさんじゃない。この人はイケてるおじさまだ。
こうやって明るいところで見るまでは気がつかなかったけれど、さすがウィルのお父様。若い頃はきっとウィルに負けない程の美少年だったに違いないと思わせる彫りの深い顔立ちは、歳を重ねた証拠であるシワによって渋さが滲み出ている。
それもただ渋いだけじゃない。渋さに品の良さと大人の色気を感じさせる、とびっきりいい男だ。
真っ直ぐに私を見ながら軽い微笑みを浮かべる表情からは、大人の余裕が感じられた。
さっき葉っぱだらけで現れた人と同一人物だとは思えないわよね。
「アリス? 大丈夫かい?」
名前を呼ばれて我にかえると、心配そうな顔をしているロバート様と目があった。しまった、思わず見惚れてしまっていた。
「だ、大丈夫です」
「もしかして……わたしに見惚れていたのかな?」
図星をつかれて、かぁっと顔が熱くなる。ロバート様は冗談っぽく言っているけれど、見惚れていたのは事実だから何だか恥ずかしい。
「えっ? 父上に見惚れて……?」
私を見るウィルの眉間にはシワがよっている。
ウィルバートの鋭い眼光は、まるで私の心の中まで覗き込もうとしているようで、慌てて顔を背けた。
「いやぁ、こりゃあいい」
はっはっはっという、ロバート様の楽しそうな笑い声が部屋中に響き渡る。
「こんなに可愛らしいお嬢さんに見惚れられるなんて、わたしもまだまだ捨てたもんじゃないね」
再び大きな声で笑いながら、ロバート様はメイシー様に同意を求めた。
「あなたったら喜びすぎですよ」
口元を隠しながら、メイシー様もおかしそうに笑っている。
「ごめんなさいね。この人ったら舞踏会でも、街の視察でも、昔みたいに若い子たちに騒がれないのが不満みたいで……」
「最近は皆ウィルバートに夢中だからつまらなくてね」
ロバート様がニヤリと私を見た。
「ほらアリス、見てごらん。あのウィルバートの悔しそうな顔。君が私に見惚れていたのがよっぽど悔しかったんだろうねぇ」
「別に悔しくなんてありませんから」
揶揄うような口調のロバート様に対するウィルバートの口調からは全く感情が読み取れない。
「父上が男前なのは知っています。アリスが見惚れるのも仕方ありませんよ。でもわたしも負けてはいませんから」
ウィルバートが真面目な顔で私の方を見た。
「いつかもっと魅力的な男になって、アリスの目にわたし以外の男がうつらないようにしてみせるからね」
ドクン
心臓が大きな音をたてた。
ウィルバートは自分がどれだけ魅力的なのか分かってないのかしら?
こうやってウィルバートに見つめられるだけで、私はもうとろけてしまいそうなのに。
「私は……」
まっすぐに私を見つめるウィルバートの瞳の中に少しだけ切なさを感じて、無意識のうちに口から言葉が漏れていた。




