106.恐怖の女子会
あれっ? ここどこだっけ?
見慣れぬ天井に少し戸惑う。
そう言えば、昨日は違う部屋で寝たんだった。えーっと時計は……もうこんな時間!?
時計を見ると、すでに8時を過ぎている。いつもならとっくにオリヴィアに叩き起こされて、朝食をすませている時間なのに。こんな風に静かに目を覚ますのはいつ以来だろう。ゆっくり眠れたことが嬉しい反面、この静寂が寂しくもある。
「オリヴィア様はいらっしゃらないけど、具合でも悪いのかしら?」
朝食後のまったりとした時間を過ごしながら、未だに姿を見せないオリヴィアを気にかける。昨夜はだいぶ興奮していたみたいだし、頭が痛いとかじゃないといいんだけど……
「あれだけのことをしたんですから、アリス様に合わせる顔がないんですよ」
アナベルは私の部屋をめちゃくちゃにしたオリヴィアをまだ許せないようだ。
まぁそうよね。私はこの部屋に避難したからいいけど、アナベルは夜中に部屋の片付けをしてたんだもん。腹が立つのも当然だ。
アナベル達のおかげで、めちゃくちゃだった部屋はだいぶきれいになったらしい。
「王族の方々は午後にはお帰りになられる予定ですし、オリヴィア様もご準備でお忙しいのかもしれませんね」
怒っているとは言っても、やはりアナベルもオリヴィアが帰ってしまうのが寂しいのだということが口調から伝わってくる。
「レジーナ様やオリヴィア様には本当にお世話になったわね。お帰りになられる前にお礼が言えればいいんだけど……」
二人してしんみりしてしまう。
けれどもそんな湿っぽい時間は長くは続かなかった。来ないと思っていたオリヴィアが、ノックもなく飛び込んできたのだ。
「やっと見つけた! アリスがどこにいるか分からないから、部屋という部屋を全部確認しなきゃいけなかったじゃない」
「えっ、あっ、ごめんなさい」
謝っておいてなんだけど、これって私が悪いわけじゃないわよね。
そんなオリヴィアに対する謝罪だろうか? 開け放たれたドアの前で、申し訳なさそうな表情を浮かべていたオリヴィアの侍女が私に向かって深々と頭を下げた。
そんな侍女の様子など全く気づかない様子のオリヴィアは、興奮しているのか顔を紅潮させている。
「ねぇねぇアリー、さっさと食べて街に遊びに行くわよ」
できればアリーじゃなく、アリスって呼んでほしいと何回お願いしても、「分かった」と言うばかりでオリヴィアは直そうとしない。
今日中には王都を出発しなくてはならない自分にはあまり時間がないからと、私が朝食をとる横で落ちつかない様子でウロウロしている。
そんなオリヴィアに待ったを出したのはレジーナ様だ。街に出てトラブルをおこしかねないオリヴィアを王宮の中に閉じ込めておきたいらしい。
「アリス、あなたもまだ外へ出てはいけませんよ」
カサラング公爵は王宮内にて拘束状態とはいえ、全て解決されていない状態で街に出るなど言語道断だと私まで叱られてしまった。
けれど叱られようと、ダメ出しされようと諦めるオリヴィアではない。絶対に外に出ると言って暴れ始めた。こうやって暴れるから外に出してもらえないんじゃ……っとは思いながらも、今私が口を開くとオリヴィアをさらに刺激してしまいそうで何も言えない。
興奮状態のオリヴィアを説得するのは困難だと判断したレジーナ様は、王宮騎士を呼びオリヴィア捕獲作戦が始まった。逃げるオリヴィア、追いかける騎士達……まるで民家に出た猿を追いかけてる警察官のようでハラハラしてしまう。
まぁいくらオリヴィアがお転婆だといっても、訓練された騎士に敵うはずがない。あっけなく捕獲されてしまった。逃げられないように縄で括られ泣いているオリヴィアは、どう見ても王女には見えない。
「アリー……来年まで会えないんだから、最後にアリーと遊びたかったよぉ」
哀れな姿で私の事を呼ぶオリヴィアを見ると、私まで泣けてくる。なんとかオリヴィアを釈放してもらえないかとお願いするも、レジーナ様は渋い顔をして首を縦に振ってはくれない。もう諦めるしかないのかと肩を落とした私を救ったのは、キャロラインだった。
「ではわたくしがオリヴィア様をお預かりするというのはいかがでしょう?」
騎士や侍女が道を開け頭を下げる中を、
キャロラインが歩み寄る。
キャロラインの申し出を受け、必ず王宮内で過ごす事を条件にオリヴィアの縄はほどかれた。てっきり喜ぶかと思っていたオリヴィアだったが、キャロラインに救われた事が気に入らないらしい。頬をぷっくり膨らませたまま座りこんでしまった。
「別にあんたに助けてなんて頼んだ覚えはないんだから!!」
「あらあら。とんだジャジャ馬さんだこと」
オリヴィアの憎まれ口にも、キャロラインは全く動じずウフフと笑っているだけだ。このやりとりだけ見ても、やはりキャロラインの方が格上というかなんというか……とにかくオリヴィアがキャロラインに勝つのは不可能に思われた。
キャロラインと一緒なのは嫌。でもキャロラインがいないのでは私とは遊べない。オリヴィアは仕方なくキャロラインに従う事を決めた。
「それで……王宮内で一体何して遊ぶの?」
「せっかくいいお天気ですから、お庭でお茶でもいかがですか?」
仏頂面のオリヴィアに対してキャロラインはにっこり笑った。
「はぁ? 庭に行くなら魚釣りでしょ、釣り」
「わたくしは、釣りを嗜んでおりませんので」
「何? お嬢様は釣りもできないってわけ?」
あぁ、もう。胃が痛くなっちゃいそう。
釣りでもお茶でもいいから、もっと穏やかで楽しいムードで会話してくれないかしら?
「なかなかお決まりにならないようですし、私にいい考えがあるんですが」
険悪なムードの二人に臆することなく割り込んだのはアナベルだ。アナベルからいい考えと聞いて、まともな気がしないのは私だけだろうか?
「何よ、そのいい考えって?」
「魚釣りとお茶会の間をとって、恋バナというのはいかがでしょう?」」
はぁ? どこが間よ!! ただアナベルが恋バナしたいだけじゃない、っとツッコミたい所だが、オリヴィアが食いついてしまった。
「恋バナ賛成!!」
さっきまでの不機嫌顔はどこに行ったんだという程の上機嫌には、こちらが戸惑ってしまう。キャロラインはというと、最初こそ乗り気ではなかったが、アナベルが「せっかくなので、またナイトドレスを着るというのはいかがですか?」と言った途端に賛成にまわってしまった。本当にキャロラインはパジャマパーティーが好きらしい。
善は急げという事で、私達はナイトドレスに着替えさせられた。その間に侍女達が準備したという部屋の入り口で足がすくむ。
まだ午前中だというのに、やけに部屋が暗い。どうやら外の光が入らぬよう窓は塞がれているようだ。その真っ暗な部屋を照らしているのは数本の蝋燭だった。蝋燭の数が部屋の広さに対して少ないのは、酸欠にならぬよう配慮されているかららしい。
うわぁ。これは恋バナっていうより、怖い話をする雰囲気なんだけど……
ホラーが苦手な私は部屋に入るのすら躊躇してしまうが、オリヴィアもキャロラインも気にならないようだ。
「ねぇ、恋バナを順番にしていって、一人話すごとに蝋燭を吹き消すってどう? ロマンチックじゃない?」
どこがっ!! そんなの全然ロマンチックじゃないし、怪談のやり方じゃない!! 話が終わって全ての蝋燭が消えたら……
「いやー!!」
考えただけで寒気がとまらない。突如悲鳴をあげた私に驚いたオリヴィアとキャロラインが目を丸くする。
「アリー?」
「どうされたんですか?」
「絶対ダメです。蝋燭消してお化けが出ちゃったらどうするんですか?」
「お化け?」
二人がキョトンとした顔で私を見た。と同時に二人揃って笑い出した。
「もうアリーったら、お化けなんて出るわけないでしょ?」
「アリス様は本当にお可愛らしいんですから」
さっきまで険悪だったとは思えないほど和やかに笑い合っている二人を見ながら、素直によかったとは思えない。
今ここで二人が意気投合して、ホラーモードに突入するのだけは何としても避けなければ。
「と、とにかく明るく楽しく恋バナをしませんか?」
「どうせアリーはウィルバート兄様が怒るから、っとか言ってあんまり教えてくれないんでしょ? だから蝋燭を消して盛り上げるんじゃない」
エドワードと恋人のフリをしてた時は、そんな言い訳をした気もするけど……っていうか、蝋燭を吹き消したって、恋バナは盛り上がったりしないと思うんだけど。
でも仕方がない。はぁっと小さなため息をついた。
「私にお話しできることは何でもお話ししますから……」
だからこの恐怖の館みたいな暗い部屋をなんとかしてください!!
こうして身震いする私と、私を見て何故か突然意気投合したキャロラインとオリヴィアによる恐怖の女子会……じゃなくて、恋バナ大会が始まったのだった。




