103.ウィルバートの好きな服装
「セス……部屋へ戻ったんじゃなかったのかい?」
トラブルをさけるため、叔母一家は晩餐会が終わるとすぐ部屋にこもるよう祖母から命じられているはずだ。毎年ならセスもとっくに部屋へと戻っているはずだが、今日はどうやらわたしを待っていたらしい。
周りを気にするようにして、ちょっと話があると言うセスの思いつめたような表情に思わず身構えてしまう。
まさかとは思うが、アリスが好きだと戦線布告でもしに来たのか?
まぁ殴り合いにはならないと思うが、念のため場所を変えた方がいいだろう。ここは晩餐会の片付けをしているメイド達の出入りが激しすぎる。下手なことを喋ろうものなら、すぐに王宮中に知れ渡ってしまう。
「殿下、どうかなさったんですか?」
晩餐会の後はアリスの所へ行くと言っていたので、あまりに早く部屋に戻って来たわたしを見てルーカスは驚いている。その上わたしの後ろにはセスがいるのだから二重に驚きだったろう。
ただならぬ雰囲気を醸しだすセスを座らせ、わたしもその向かいの席に座った。とにかく平常心が重要だ。セスが何を言い出したとしても、いつものごとく冷静でいなければ。
「セスがわたしに話があるなんて珍しいね」
「さっきラウルが言ってた話ですが、別に二人きりとかじゃなかったので……」
「ラウルが言ってた話っていうのは……アリスと一緒だったって話かな?」
そうだと頷いたセスだったが、でも違うとつけ加えた。
「ラウルはアリスと二人だと言いましたが、茶を飲む時にはキャロライン嬢がいたし、晩餐会に遅れそうだったのはアリスといたからじゃなくエドワードといたからです」
「そうだったのか」
ん?
何だか思っていたのと違うぞ。てっきりわたしを不快にさせる話をしに来たのかと思っていたが、セスの話し方はまるで言い訳のようだ。
「その話をするために、わざわざ待っていてくれたのかい?」
「まぁ……なんか気にしてたみたいなので」
どうやら自分で思うよりも顔に出ていたらしい。気にしてセスの事をチラチラ見ていたのが本人にばれてしまうとは、何とも情けない話だ。
「でも安心したな。セスが話があるっていうから、てっきりアリスを寄越せと言われるんじゃないかと警戒していたんだよ」
「んな!! そんなわけねーだろ!!」
焦ったようなセスが何だか可愛くて口元が緩む。
「いちいちそんな警戒するのおかしいだろ。どんだけあいつの事好きなんだよ?」
別れ際にセスがボソッと呟いた。
「どれだけと聞かれたら、ものすごくとしか答えられないかな。アリスは本当に可愛いらしいからね」
呆れたような顔をしながら去って行くセスを見て、わたしは非常に機嫌がよかった。その上機嫌のままアリスの部屋へ向かう。
「ウィルバート様!! お待ちしておりました」
セスと話していて予定より遅くなったわたしを、アナベルがほっとしたような顔をして出迎えた。
これは……
中の様子を見て、部屋へ入る足が止まってしまう。
アリスの部屋はひどく荒れていた。イスとテーブルは倒れ、花瓶の破片やカップだった物が絨毯の上に散乱している。壁についているのはなんだ? シュークリームか?
これはひどい……怪奇現象でも起こったのだろうか? 強盗が入ってもここまでにはならないのではっと思う程、部屋の中はめちゃくちゃだった。
「アリス!! アリスは無事なのかい?」
アリスの姿が見えないことに不安を覚える。
「アリス様は寝室にいらっしゃいます」
隣の寝室にいると言われ急いでドアをあけると、ベッドの上で口元に人差し指を当てしーっというポーズをとるアリスの姿が目に入る。
よかった。安堵で一気に体の力が抜けていくのを感じた。
ベッドの上に座っているアリスの膝の上には、横たわって眠るオリヴィアの頭がのっている。
一体何が起こっているんだ?
身振り手振りでわたしに待つよう伝えたアリスは、オリヴィアを起こさぬよう注意をしながらベッドから降り、二人で荒れた部屋へと戻った。
「アリス、無事でよかった。大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。驚かせてすいません」
「一体何があったんだい? って、どうしたんだい、その格好?」
アリスが着ている服を見せるように両腕を開いた。
「今日はちょっと分からない事があって悶々としてたんで、メイドになってみたんです」
全く意味が分からなさすぎて、こっちが悶々としてしまう。
とりあえずこのぐちゃぐちゃの部屋では落ちついて話もできやしない。とりあえずわたしの部屋に……いや待て、それはマズイかもしれない。
……アリスとわたしの部屋で二人きりでいて、わたしの我慢は限界を迎えないだろうか? もともとアリスに対する欲望は抑えがたかったが、ここ最近のアリス不足だった事で欲望が爆発してしまいそうで怖い。
修行!! 修行が足りないのか?
一体何の修行をすれば性的欲望を滅する事ができるのかは不明だが、ともかくとして今のわたしとアリスを同室に閉じ込めておくのは危険すぎる。
アリスの部屋に近い空き部屋をルーカスに用意させ、そこにアリスと共に移動する。なぜかメイド服のアリスは見るからに疲労困憊といった様子だ。
できるだけ早く休ませてやりたいが、話を聞かないわけにはいかない。言いにくそうにするアリスの代わりに、アナベルが事の次第を話し始めた。
簡単に言うと、ほろ酔いで機嫌の悪かったオリヴィアが泣いて暴れてこうなったということらしい。そしてオリヴィアは暴れ疲れたらしく、アリスの膝枕で眠ってしまったようだ。
酔って人の部屋に押しかけ暴れるなんて何て奴だ。あきれて物も言えない。
「部屋の件は分かったよ。それで、アリスのその服装は一体どうしたんだい?」
「メイドになってみたんですが、どうですか?」
こういう場合は何と答えるのが正解なんだ? 私の愛読する小説には、『恋人から「似合う?」っと聞かれたら、似合うかどうかじっくり見る前に褒めちぎれ!』と書いてあったが、それはメイドの格好の時でも同じなのだろうか?
「喜んでもらおうと思ったんですが、ダメでしたか?」
しまった。ここは喜ぶところだったのか。
わたしの反応の薄さに、アリスはしょぼんとしてしまった。
「そ、そんなことはないよ。ただどうして急にメイドになったのかなって考えていたんだよ」
「今日のお茶会でジャニス様がおっしゃってたんです。男性は恋人にこういう服を着てもらいたい願望があるって……」
あの叔母は……わたしの可愛いアリスに一体何を吹き込んでるんだ!!
怒りよりもまず呆れてしまう。男性全てが恋人にメイドの制服を着せたいなどと思わないでもらいたい。小さい頃からメイドに囲まれて暮らしているわたしが、メイド服で喜ぶわけがないじゃないか。
まぁ確かにアリスのメイド服姿はとても可愛い。だがそれはアリスが可愛いからであって、メイド服だから特別というわけではない。わたしのアリスはどんな姿であっても、最高に可愛いのだ。
どうせなら、どんな格好がしてほしいか尋ねてくれればよかったのに。もしアリスに一番してほしい格好は何か? と聞かれたならば、間違いなくナイトドレス姿だと答えるだろう。
そうだな……できれば薄いピンク色のナイトドレスがいい。襟や袖にたっぷりとレースを使い、ふんわりとした柔らかいナイトドレスなんていいじゃないか。
他の人には見せない無防備な姿のアリスの膝枕で眠るわたしの姿を思い浮かべるだけでにやけてしまいそうだ。
おっといけない。妄想に耽ってしまうところだった。とにかく、わたしはメイド姿に興奮することはない。
「せっかく着てくれたのに喜んであげられなくてごめんね。わたしは特にメイド服姿が好きというわけではないんだ」
「いえ。私が勝手に着ただけなので気にしないでください」
わたしを喜ばそうとしてくれるアリスの気持ちはもちろん嬉しかった。アリスの気持ちを尊重して喜ぶふりだって簡単だ。けれどこれから先もアリスと何十年も共に過ごす事を考えると、やはり初めに正直に言っておく方がいいだろう。
「やっぱりナイトドレスにすればよかったですね」
不意にボソッと呟いたアリスの言葉に一瞬思考が停止する。
ナ、ナイトドレスだって? まさかわたしは自分でも気づかないうちに声に出してしまったのか? それともアリスにはわたしの心の声が聞こえているのだろうか?
どちらにしろ、わたしの妄想がアリスにすっかり伝わっているのだとしたら、こんなに恥ずかしいことはない。
大丈夫、平静を装うことには慣れている。きっとアリスはわたしが内心パニックになっているとは夢にも思わないだろう。
「さっきそのメイド服は叔母の勧めで着たと言っていたよね? ナイトドレスも叔母に勧められたのかい?」
「いいえ、違います。この服を着る時、アナベルに言われたんです。ウィルはメイド服よりナイトドレスの方が喜ぶんじゃないかって」
アナベルよ、分かっているなら何故アリスにナイトドレスを着せてくれなかったんだ。
「やっぱりアナベルの言う通り、ナイトドレスの方がお好きでしたか?」
「そうだね……メイドの服よりはナイトドレスの方が嬉しかったかな」
ナイトドレス最高!! とはさすがに言えない。
「もう一度着替えて来るなら待っているよ」
っというか、是非ともアナベルの用意するナイトドレスに着替えて来て欲しい。
「そうですね……でもやめておきます。やっぱりナイトドレスは人に見せるのは恥ずかしいので」
アリスは一瞬悩む素振りを見せたが、わたしの期待を見事に打ち砕いた。




