102.ウィルバートの面倒な夜
面倒くさい、面倒くさい、あー、本当に面倒くさくてたまらない。
バラバラと集まってくるメンバーと笑顔で挨拶を交わしながらも心の中は不平不満のオンパレードだ。
春喜宴の翌日は王族だけの晩餐会が催されることになっている。昨夜も夜会で顔を合わせたメンバーと、どうして今夜も集わなくてはならないのか。慣習だからと言われたらそれまでだが、わたしの粗を探そうとしている者達に向かって愛想笑いをし続けるのは楽なことではない。
こんな晩餐会などなければ、アリスと楽しい夜を過ごすことができるのに。いくらわたしの恋人だといっても、まだ正式に婚約の済んでいないアリスはこの会には呼ぶことはできない。
まぁこんなつまらない場にアリスを呼ぶのは酷というものか。
少しづつ集まり始めた参加者達の談笑が聞こえてくる。晩餐会の準備が整うまでもうしばらく時間があるようだ。その間こうやってウェルカムドリンクを片手に、挨拶してくる者への対応をしなければならない。
特に今回は昨夜のカサラング公爵の件がある。詳細を知りたくてたまらないという顔でわたしに近づいて来る者のなんと多いことか。こういったスキャンダルを上手く利用して自分の利益にしようとするのは貴族も王族も変わらない。だからこそ、こういった親族だけの集まりであっても気が抜けないのだ。
まぁ中には例外もいるけれど……
ひときわ大きな笑い声で目をひくのは、叔母であるジャニスだ。心から楽しそうに笑う表情からは、悪意など微塵も感じられない。
相変わらず自由な人だ。
おかしいから笑う。ただそれだけのことが難しい世の中で、ジャニスはとても異質だった。
ジャニスは前女王レジーナの娘であり、現国王であるわたしの父、ロバートの妹である。本来ならそれなりの待遇を受けて然るべきなのだが、今は王都から離れた辺境の城に住んでいる。というより、閉じ込められていると言った方が正しいかもしれない。
「……それでね、アリスちゃんが……」
よく通るジャニスの声の中にアリスの名が聞こえる。普段なら人の会話の内容など全く気にならないのだが、アリスに関することになると話は別だ。
型通りの挨拶をするわたしを、ラウルとジャニスが満面の笑みで迎えてくれる。
「今日の午後はアリスちゃんとキャロちゃんと一緒にお茶をしたのよ」
キャロちゃん? あぁ、キャロラインのことか。そりゃあ気の毒だったな。
この叔母がいたのでは落ちついて話などできなかったに違いない。あんなにアリスと過ごすのを楽しみにしていたのに……キャロラインに同情してしまう。
「それでね、ウィルバート……」
聞いて聞いてと、テンションがあがっているジャニスに注がれる周りの視線はかなり冷たい。これだけあからさまに冷ややかな視線を浴びながら、ここまであっけらかんとしていられるのはある意味才能だ。
「キャロちゃんにね、ラウルのお嫁さんに来てもらおうって話になってるの」
耳を疑った。キャロラインをラウルの嫁にだって? 本気で言っているのか?
悪い冗談だと思いたいが、ジャニスの口ぶりからしてどうやら本気らしい。
「ねぇ、ウィルバートも二人は美男美女でお似合いだと思うでしょ」
たしかに見た目だけなら文句なしにお似合いだろう。キャロラインはこの国で並ぶほどのない美人だし、ラウルもその容姿の良さで名を知られている。
本当にこのラウルという従兄はいつ見てもキラキラと輝いて見える。まるで天使かと思うような慈悲に満ちた微笑みは、男のわたしから見ても美しいとしか言いようがない。この国の中で、私が容姿、能力、共に敵わないと思うのは、エドワードとこのラウルだけだ。
だがしかし……結婚となると見た目だけでお似合いなどと言ってはおれない。キャロラインだけは絶対にダメだろう。
「確かにお似合いかもしれません。ですがキャロライン嬢は、デンバー公爵の娘ですし、お話を進めるのは難しいかもしれませんね」
「公爵はいい話だって言って、結構乗り気だったわよ」
「まさかとは思いますが、もうすでに公爵に話をされたというわけじゃ……」
「当たり前じゃない。もう昨日のうちに話してるわよ」
な、なんてことを。軽い目眩で目の前がクラクラする。この人は何故自分達が田舎に引きこもるようになったのか、理由を忘れたんじゃないだろうな?
「……父もこの話を知っているんですか?」
「お兄様? お兄様には話してないけど、さっきキャロちゃんにこの話をした時にお義姉様には話したわよ」
母が知っているということは、当然父の耳にも入っているということか。ならば父がうまく処理するだろう。
どんな結婚式にしようかと楽しそうに話すジャニスには悪いが、私は二人の結婚はないとしか思えない。なぜならデンバー公爵がジャニスによい感情を抱いていない可能性が高いからだ。頭の切れるラウルがそのことに気づかないはずはないだろうに。
「母上、そんなに先走らないでください。わたしがよくても、キャロライン嬢から断られる可能性もありますからね」
「そうだけど……でも」
「あ、セスが来たみたいですよ」
ジャニスの言葉を遮り、ラウルはセスを呼んだ。
わたしの姿を確認したセスが穏やかな微笑みを浮かべ丁寧に挨拶をした。こういった場でのセスはいつもの姿からは想像がつかないくらい礼儀正しい。
そのことについてセス本人と話したことはなかったが、評判の悪い母親が、自分のせいでより悪く言われるのを避けるためだとわたしは思っている。
「なかなか来ないから間に合わないのではないかと心配していたよ」
「本当よぉ。大切な晩餐会だもの。間に合ってよかったわ。ずっと部屋にいないみたいだったけど、一体何していたの?」
「それは……」
「セスはアリスと一緒だったんですよ」
ラウルがセスの言葉を遮った。
なに? アリスとだって?
「そうだろう?」というラウルの問いかけに、セスは「いや、それは……」と何か言いかけたが、今度はジャニスに遮られてしまう。
「あらっ? アリスちゃんはラウルと森にいたはずじゃないの?」
ジャニスの言葉に更に驚いてしまう。
ラウルと森にいた?
アリスはキャロラインと茶会をしていたんじゃなかったのか? さっき叔母も二人の茶会に参加したと言っていたから茶会があったのは間違いないはずなんだが……
「確かにアリス嬢とわたしは二人で森を散歩しましたが、途中でセスと交代してわたしは先に帰ったんですよ。この時間までアリス嬢と二人きりだったってことは、時間を忘れるくらい盛り上がったのでしょうね」
セスに笑いかけるラウルの言葉に憎らしさを感じた。まぁいつものことなんだが。 誰にも気付かれぬよう、ふぅっと鼻でため息をついた。
ラウルがこういった言い方をするのは、わざとわたしを不愉快にさせるためだろう。昔からそうだ。あからさまというほどではないが、隠そうとも思っていないような微妙な敵意をラウルから感じる。
昔は何か気に障る事をしたのかと気にしていたが、最近は慣れてしまったみたいでいちいち気にするのも時間の無駄だと思うようになった。会うたびにさりげなくわたしの気分を害するようなことを言ってくるのだから、慣れるのも当たり前だ。
一体ラウルはわたしの何が気に食わないのだろう? 考えてみても、幼い頃から繰り返されるさりげない嫌がらせの原因に思い当たる節はない。
まさか優秀なわたしに対する嫉妬なのか? なんてそんなことあるわけないな。自分の考えがあまりにもくだらなすぎて、思わず鼻で笑ってしまう。他の者ならまだしも、あのラウルだぞ。嫉妬するなら、わたしの方だ。
それにしてもラウルめ、本当に微妙な具合に攻めてくる。わたしが根掘り葉掘り質問できないのを知っていての、この攻撃なのだろう。
悶々とした気持ちを抱えたまま、晩餐会に出なければならなくなってしまったじゃないか。
晩餐会の参加者を見渡すふりをしながら、離れた場所に座るラウルの姿を確認する。
やはり従兄弟のわたしの目から見てもラウルの美しさは別格だ。人間離れした魅力とでも言ったらいいのだろうか、その神秘的な瞳に見つめられた者は、まず間違いなく魅了されてしまう。今だってあんな末席付近に座っていながらも、多くの者達が必死でラウルの関心を惹こうと躍起になっている。
もったいないな。叔母のことさえなければ、ラウルは田舎に引きこもることなく、華やかな世界に身を置いていただろう。
っと、ラウルとの間にいた若い女性と目があってしまった。わざとらしくならないようにすっと視線を外す。
あぶないあぶない。
全く興味のない女性に、わたしが興味を持っていると勘違いされてはたまらない。この晩餐会にもすきあらばわたしの妻に名乗りをあげようとしている女性や、是非とも娘を王太子妃にと言いよってくるものも参加している。
まぁ王族とはいえ末端の親戚などは、名ばかりの王族だ。少しでも力を持ちたいとすり寄ってくる者がいるのは仕方ないことかもしれない。
現にすぐ隣には、父に対して異常なまでゴマスリをしている者がいる。その明らかなご機嫌とりの言葉を聞いているだけで具合が悪くなりそうだ。
晩餐会後には、父は政治に口を出したい男性陣で飲み明かし、祖母や母はまだ話し足りない女性陣と茶を飲むのが慣わしだ。
例年ならわたしも仕方なく参加しているところだが、今日はもちろんパスだ。やっとお世辞や社交辞令の嵐から解放されたのだから、さっさとアリスの所で癒されたい。
思い思いに晩餐会の会場を後にする者達を見送り、やっと自由だと、心の中でガッツポーズをする。アリスの部屋へ向かおうと、足取り軽く会場を出たわたしを低い声が呼び止めた。




