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1.ようこそ本の世界へ

 それは突然の出来事だった。

 ドスンっと文字通りの音を立てて尻もちをついた。お尻の痛さに耐えながら立ち上がり、辺りを見回して言葉を失う。


 ここは一体……?


 どこかの書庫だろうか? 

 だとしたらかなりの規模の書庫に違いない。私を取り囲むように聳え立っているのは、天井まである大きな本棚の大群だ。見上げるほど高い本棚は無数に並び、その中にはまばらだけれども、高価そうな革張りの本が収納されている。


 どうして私はこんな場所にいるのかしら?


 本好きとしてはこの書庫を見て回りたい気もするけれど、無闇に知らない場所を歩き回ることに少しだけ恐怖も感じた。何しろここは圧倒されるほどの本棚に囲まれて少々薄暗い。


 えーっと……今日もいつものように放課後図書室にいたわよね……


 私、松本アリスは事情により放課後はいつも高校の図書室で過ごしている。まぁ事情って言っても、家族とうまくいってないから家に帰りたくないっていうだけのことなんだけど。

 

 読書、中でも恋愛小説好きの私にとって、図書室はひきこもるのに最適の場所だった。読書をしてると、時間なんてあっという間にたってしまう。


 そうそう。今日は見慣れない本が机の上に出しっぱなしだったんだっけ。


 それは革製の年季が入ったぶ厚い本だった。図書室では見かけない高価そうな装丁が気になって、つい開いてしまったら……ここで尻もちをついていたのよね。


 ってことは……信じられないし信じたくはないけれど、私ってば本に吸い込まれちゃったとか?


「まさかね」


 そんな小説みたいな事あるわけないじゃない。だいたいそういう魔法みたいな事があるんなら、眩い光とかが本から出てきそうだし。

 自分で自分の考えがバカバカしくて、ふふっと小さく笑った。


 その笑い声に反応するかのように、分厚い本を閉じるようなトスっという音が、静まり返った部屋の中に響いた。


「誰かいるのかい?」

 薄暗い部屋の奥から、低くてゆったりとした声が響いてくる。


 ど、ど、どうしよう?

 私、おばけとかホラーとかって苦手なのよね。


 姿の見えない人物の声に恐怖を感じるが、このまま黙って隠れているのも、それはそれで怖い気もする。

 恐る恐る声のした方に歩いていくと、1人の男性が座って本を読んでいるのが目にとまった。


「あの、私……」

 話かけようとして、その人の顔に目が釘付けになる。


 何、この人……超絶イケメンなんですけど。こんなカッコいい人テレビでも見たことないわ。


 固まってしまった私を気にする風もなく、その人は不思議そうな顔をした。

「君は……どうやってここに入って来たんだい? 扉には全て鍵をかけたはずなんだけど」

「私は……えっと……」


 気づいたらここにいたって言って、分かってもらえるかしら? 


 自分でもどうやってここに来たのか分からないので、うまく説明できる自信はない。

 何と答えようかと頭を働かせていると、男性の読んでいる本に目がとまった。


「あら? その本って……」

「こ、これは」

 目の前のイケメンは慌てたように本の表紙を腕で隠した。どうやら私の目から本の題名を隠したかったようだ。


 何、今の動作? とっても不審なんですけど……それにそんな隠し方したって遅いのよ。


「それ、『あの日の約束』ですよね?」

 だってその本は私が一番好きな本なんだもん。

結構古い本なんで、私以外に読んでる人を見るのは初めてだ。


「私もその本大好きで何度も読みましたよ。特に最後のアンドルが嘘をつくところ、何回読んでも泣いちゃいます。それに嘘に気づいたイザベラが気づかないフリをするところもいいんですよね。健気っていうか……」


 しまった……大好きな本だからって、知らない人相手につい語ってしまった。しかも相手はこんなイケメンだ。絶対うざがられるに決まってる……


 けれど目の前のイケメンは嫌な顔はしていなかった。というより、驚いたような顔で私の事を見つめていた。


「君は……笑わないだね……」


 えーっと……今のどこに笑う要素があったかしら?


 私は別にお笑いに厳しい人間ってわけじゃないけれど、今の流れで笑わなくて驚かれるというのはどういうことだろう?


 戸惑う私に、「そういう意味じゃないよ」と、彼は少し目を細めて切なそうな表情を見せた。


「君はわたしが恋愛小説を読んでいることに気付いたのだろう? 男のくせにこんな物を読んでって、馬鹿にしないのかと聞いたんだよ」


「そんなことで馬鹿にするわけないじゃないですか」


 なぜか自分でも驚くほど大きな声が出てしまった。目の前の男性も驚いた様で、元々大きな瞳をさらに大きく見開いている。


「読書に男も女も関係ないじゃないですか。恋愛小説だろうと推理小説だろうと、好きな本を読んで馬鹿にされるなんてあっていいわけありません」


 全く失礼にもほどがあるわよ。私が読む本で他人を馬鹿にするような人間に見えたってこと?

 

 腹が立ちながらも、さっきの怪しい行動を思い出す。

 もしかしたらこの人は前に馬鹿にされた事があるのかしら? だから読んでいる本の表紙を慌てて隠したのだろうか?


「ありがとう」

 男性が嬉しそうな顔をして微笑んだ。その笑顔があまりに素敵すぎて胸がトクンと音を立てる。


 ああああ〜!! かっこよすぎて目がやられてしまいそう。


 金色の柔らかそうなストレートの短髪、よく晴れた空のように透き通った青い瞳、まるでおとぎ話に出てくる王子様みたいね。


「ねぇ君、名前を教えてもらってもいいかな?」

「アリスです。松本アリス」


 アリスという名前は、私と同じく本が好きだったという母の愛読書からつけられた名前らしい。

 らしいとしか言えないのは、私が母のことをよく知らないからだ。母は私が小さい頃に亡くなってしまい、記憶にも残っていない。


「アリスか。可愛い名前だね」

 そう言われて思わず顔が熱くなる。こんなイケメンに呼び捨てにされたりしたら緊張しちゃうじゃない。

「それで……アリスはどうしてここにいるのかな?」


 このイケメンは恋愛小説を読んでいるのを人に見られたくなくて、鍵をかけてこの書庫に閉じこもっていたらしい。そんな密室にいきなり私が現れたものだから、不思議でならないようだ。


「実は……」

 私自身も正直よく分かっていないけれど、とりあえずできるだけ説明してみた。


「……というわけなんですよ」

 私の説明を聞き終えたイケメンは、顎に手をあて、うーむとしばらく考え込む仕草を見せた。


「じゃあアリスは異世界からの客人なんだね」

 前にそんな話を聞いたことがあるよっとイケメンはにっこりと微笑んで私を見た。


 異世界からの客人……ってことはやっぱり私はあの本の中に吸い込まれてしまったのね。ああ、私ってば今本の世界にいるのよ!!


 こんな状況なのにパニックにならずにすんだのは、そういった小説を数多く読んできたからだろう。そういうこともあるよなっと、すんなり受け入れてしまっている自分がいた。


「慣れない場所で不安だろうけど、大丈夫だよ」

 イケメンの大きな手が私の手優しく包み込んだ。

「私が君を守るから」

 真剣な眼差しでまっすぐに見つめられると息ができない。


 えぇ? な、何なのこのシチュエーション?

 密室に2人きりで、見たことのないほどのイケメンに見つめられるなんて……


「あ、ありがとうございます」

 握られていた手をパッと離しながらそう答えた。このまま手を握られていたら、興奮しすぎて鼻血が出ちゃいそうだ。


 きっと私、ものすごく赤い顔になっちゃってるわよね。ふぅっと小さく息を吐きながら熱くなっている頰に手を当てた。


「ではまず王宮の中を案内しようか」

 そう言ってイケメンは立ちあがり私の横に立った。


「えっ? 王宮って?」

 驚く私にイケメンは事も無げに答えた。


「あれ、言ってなかったかな? ここはアイゼンボルト王宮の書庫だよ」


「アイゼンボルト王宮……」

 聞いたことのない名前だわ。そりゃ当たり前か。なんてったって私は本の世界にいるんだし……


「そう言えばまだわたしの自己紹介がすんでいなかったね」

 そう言ってイケメンがキラキラパワー全開の笑顔を私に向けた。


「わたしはウィルバート アイゼンボルト、このアイゼンボルト王国の王太子です」


 うわおっ。見た目王子様みたいとか思ってたけど、本当に王子様だったなんて。


 初めて会う本物の王子様を前に返す言葉が思いつかない。そんな私の手をウィルバートが優しく持ち上げる。


「ようこそアイゼンボルト王国へ」

 ウィルバートの形のよい唇が私の手の甲に優しく触れた。


 はうっ。

 ずきゅんと心臓が射抜かれたような痛さを感じて、思わず体が縮む。


 私ってばこのまま死んじゃうんじゃない?

 イケメンに耐性のない私はウィルバートのキラキラ攻撃にすっかりやられてしまった。

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