038 第29話は温泉回
創作の最初のとっかかりが童話でしたら今作も童話を作っていたでしょう。それに何も気にせず、今から童話を作っても良いのです。
ただ私はどちらも書けるほど器用ではありませんし、今となってはふたつに割く意欲もありません。ですから、良くも悪くも処女作によって私の方向性は決まったのかもなぁと思い起こします。永久に私はそれに縛られ続けるのかもしれませんね。むしろ本望です。
今作も然り。明らかに前作の影響を受けています。ですからライト版は真の意味の次回作になるでしょう。前作に囚われない味付けの作品になる予感があります。ライト版は私にとっての別ジャンル、私にとっての童話みたいなものです。願わくば多くの学生にこそ読まれてほしい。そんな作品にしたいです。
私は小説をほとんど読みませんが、エッセイは比較的読むのです。そこで今日も気付きがありました。
本文では、失われた世代が今のなろう作品の主な消費者であると、さらに若年層でも不遇な状況にある方も同様にのめり込みやすいと指摘されていました。論旨の全てには同意しませんが、もしかしたら一部そのような方も居られるのかなぁとは感じました。
なるほど、沼でいま溺れている最中の方に応援は必要ないのです。がんばれがんばれと横で連呼しても、耳には届いても心には響いていません。本当にその方に提供されるべきは仕事や賃金なのでしょうが、それが他人や国から積極的にもたらされることはなく。
今その方に必要なのは癒し。ほんの五分でも現実を逃避させられば、また自力で沼の中であがけるのです。声援などは不要。明日もまたこの物語を読もうと思えたら自然とがんばれるのです。
彼ら彼女らに必要なのは啓発ではなく癒し。そこをどうやら処女作は履き違えていたようです。ですからこれから作るであろうライト版の意義を強く感じました。描きましょう、明日の活力になるような物語を。ヘビー版を土台にしたさらに完成度の高い物語を。
私はどこかライト版をヘビー版よりも少し下に見ていました。重厚な物語こそが至高と。
反省です。同じだけ力を注ぎましょう。その子も私が産み出す双子の片割れには違いないのですから。
今日書き終えた第29話は温泉回でした。
ここで一行はつかの間の小休止。閑話が入ると次に過酷な運命に放り込まれるのはよくあるパターンです。拙作もその枠から漏れません。





