第57話「激突」
「【自動戦闘】起動ッ────……」
ブゥン……!
スキル………。
スキル『自動戦闘』!!
目の前に浮かぶステータス画面。
その先に透かし見えるアークワイバーンを見て、ブルリと震えるクラウス。
(あぁ……まさか)
───まさか、ドラゴン種相手にこれを使うことになるなんて。
(そういや。一度だけ、考えたっけ? 【自動機能】の限界値としてドラゴンとの戦闘を──)
実際に検証してみないと、わからないとまで考えていた戦闘が、今──まさにここにある。
スキル『自動戦闘』は現在のところ、無敵のスキル──。
発動すれば、必ず勝てる…………。
だけど────。
それは人智の及ぶ相手に対してのみ、だけじゃないのか?
たしかに、今まで戦ってきた敵はクラウスよりもはるかに格上のものもいた。
ロックリザード
スケルトンジェネラル
ジャイアントフッド
蟲毒化グール
傀儡化死体の群れ───
どれもこれも、クラウス単独の力では絶対に勝ち目のない敵であった。
だが、それでも────……それでも、だ!!
それでも、まだ戦える敵であったと思う。
しかし、アークワイバーンは違う。
厄災の芽はそのどれとも一線を画す相手───。
いや、そもそも、
アークワイバーンはもはや、人知の及ぶ敵なのか?
高Lv冒険者が束になってもかなわず、
曲者ぞろいの『特別な絆』のユニークスキルですら、もはや通じない。
そんな。
そんな──────最強たるドラゴン種を相手に、たかだかD級程度の中級冒険者が挑んで勝てる?
「ははッ……」
【自動機能】を使ったからと言って、
別に肉体が強化されるわけでも、神のごとき魔法が使えるわけでもない。
ただ、
ただ、
ただ!!
ただの人間が……!
一人のクラウスという中級冒険者が、
自動で、
最適に、
最善の、
結果を出すべく動くだけ───。
そう。自動で動くだけ───。
そんなもので──────……。
「勝てるわけが───……」
『『『ギェェェェエエエエエエエエエエエエン!!』』』
アークワイバーンが吠える。
滅びろ、人間。
そういわんばかりに、ブレスを……圧倒的な暴力をたたきつけんとして───。
キィィィィインンンンンン──────ィィィイイイ……!!
あれほど巨大な質量を誇っていたブレスの塊が急速に小さくなっていく。
そして、アークワイバーンの眼前に浮かび、豆粒ほどに────。
一見すれば、消えたようにも、不発により発射が失敗したようにも見えるが…………違う。
不発なものか。
……あれは、嵐の前の静けさだ。
超々高濃度に圧縮された魔力の塊で、
発射の合図を待つ、破壊の威力を込めた魔力の暴威の塊だ!!
させるか……!
させるか─────!!
させるものかっ!!
「……俺は──────リズを守るッッ!」
もう、
時間が──────ない!!
「ステータスオープン!!」
──スキル『自動戦闘』!
※ ※
《戦闘対象:アークワイバーン》
⇒戦闘にかかる時────
『『『ギェェェエエエエEEEEEEエEEンンン??!!』』』
───ブワッッ!!
「ぐぅッ……!?」
グルんッッッッッ!!
突如!!
突如!!
まさに、突如!!
クラウスが『自動戦闘』を発動し、アークワイバーンと対峙しようとしたその瞬間────奴がものすごい勢いで、3つ首をクラウスに向けた。
『『『ギィィエィエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエン!!!!』』』
ビリビリビリビリビリビリビリビリ…………!!
それはあたかも、天敵……いや、親の仇にでも遭遇したかのごときッ!
全視線と
全神経と
全殺意を……!
クラウスただ一人に向けて、思いっきり睨みつけるアークワイバーン!
まるで、クラウスの思惑を感じ取ったかの如くッッ!
「う、く…………」
その視線を浴びた瞬間、体が硬直する。
まんじりと視線を向けられたわけでもなく、目線が一瞬だけ交差したというわけでもなく!!
……最強種たるアークワイバーンに本気の全力のありったけの殺意を向けられたのだ。
「あ、あ、あ……」
「ひ、ひぃぃ……」
たまたま近くにいただけのリズとメリムは、立ったまま失禁しブルブルと震えだす。
その殺意をまともに向けられたクラウスなんて言わんや────。
「ぐ……う……!」
そして、
クラウスと、ついでにその周囲の町ごと焼き尽くしてやる! とばかりにアークワイバーンが超ド級のブレスを放とうとする!!
どこに放っても同じだが、
それならばクラウスに直撃させ、全てを焼き尽くしてやるとばかりに────!
『『『ゴォァッァァアアアアアアアアア!!』』』
キィィィィィイイイイイン……!
し、死ぬ────…………。
死んでしまう────!!
なんで、俺を狙うんだよ──────アークワイバーーーーーーーン!!
「機、ここに来たり……────」
……え?
アークワイバーンのブレスが放たれるその瞬間。
誰かの呻き声が聞こえてきた。
その、血反吐を吐くような、振り絞るような声…………。
クラウスは驚き、
リズもメリムも、
ゲインや『特別な絆』の面々も────!
そして、何よりアークワイバーンが一番驚いていただろう。
『『『ギョェェェエエエエ??』』』
それほどに、虚を突いた攻撃。
だが、アークワイバーンに睨まれていたクラウスにはよく見えていた。
その全身を────……尾に貫かれて、息絶えていたはずの……『暴風』と二つ名で呼ばれていたベテラン傭兵の姿が……!!
「ぐぉぉおおおお……!!」
暴風のアベル。
老兵は死なず──!!
『『『ギェエッェエエエエエエエン?!』』』
メリメリメリメリメリ……。
体が引き裂ける音ともにアベルが地に足をつけて魂を削らんばかりに咆哮するッ!
はぁぁぁああああああ!
「──『剛力招来』ぃぃぃぃいいいいいい!!」
うがぁぁぁあああああああああ!!
──ぶしゅううううう……!
その老兵が最後の力を振り絞り、
全身から血を吹き出しつつも、
文字通り死力を使い、その瞬間まで待ち続けていた。
アークワイバーンがブレスを放つ、一瞬の隙を。
片腕を失い。
腹を、尾に貫かれ……内臓の大半を失った状態で、なおかつ────。
この一瞬に賭けるとばかりに!!
「───どっせぇぇぇぇぇええええええい!!」
ブンッ! と、アークワイバーンの巨体が振れる!
『『『ギェッェエエエエエエエエエエ?!』』』
まるで、買い物袋でも振り回すかのように、尻尾を基点として、地に足をつけた『暴風』のアベルがアークワイバーンをぶん投げて見せた!
「わははははははははははははは!!」
その瞬間ッッ!!
発射直前であったブレスが、街ではなく天に向かって──────……!!
カッ────…………キュバァァァァアアアアアアアアアア!!
─────放たれた!!
その余波。
その衝撃。
その熱!!
「は、外れた────?!」
だけど!!
直撃こそしなかったものの、真下にいたアベルを溶かし、
そして、発生した衝撃派と熱波が、「辺境の町」を吹き飛ばすッッッ…………。
ブワッッッッ!!
「きゃああああああああああ!」
「うわぁっぁあああああああ!!」
「「「「ぎゃあああああああああああ!!」」」」
ゴロゴロと転がるリズとメリム達。
一瞬だけ笑っていた『暴風』のアベルも消し炭となり、『特別な絆』の面々もその場に立っているのがやっとらしい。
だけど、おかげで生まれた千載一遇の隙ッ!
奴を指定し、
必ず戦闘することができる無敵のスキル!!
………………『自動戦闘』を発動する隙ができた──────!!
「メリム、シャーーーーーロット!!」
「うわあああああ、え? な、なに?!」
「いたたたたたた! く、クラウス?!」
二人の信頼できる少女に託す。
クラウスの命を託す────……。
託すッッッ!!
リズを。
「────リズを……頼むッッッ!!」
「「ええええええ? 何する気??」」
はっ! 決まってんだろ────。
ステータスオープン!!
──スキル『自動戦闘』!
ブゥン……。
※ ※
《戦闘対象:アークワイバーン》
⇒戦闘にかかる時間「03:22:45」
※ ※
は
は……。
ははははははははははははははは!!
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
三時間??
戦闘にかかる時間が、たったの「03:22:45」だって?
「あはははははははははは!」
嘘だろ……?
あ、アークワイバーンを3時間で倒せるっていうのかよ?
い……。
い……。
「──いかれてるぜっぇぇぇえええええええ!」
スキル『自動戦闘』ってのは、よぉぉぉおお!
「マジで……」
マジで、
アークワイバーンを倒せるってぇぇええ?
こ、この、この俺が?!
D級冒険者のこの俺が────…………!?
「たったの3時間の戦闘で、あれを倒せるってぇぇぇええ?」
わは
わははははははははははははははは!!
わはははははははははははははははは!!
「あーーーーはっはっはっはっはっはっはっは!!」
ア、アークワイバーン相手に!
D級冒険者のクラウス・ノルドールが!
あの厄災の芽に、
あのドラゴン種に──……。
この、クラウスが戦闘を挑めるという!!
ははははははははははははははははははは──
「──────……はー」
ほんッと、
どんっっっっだけ、規格外なんだよッ。
【自動機能】は、よぉぉ………!
できるっていうならよぉ……。
戦闘できるっていうかならよぉ……!
あれを倒せるっていうならよぉ……!!
やってみせろよ、【自動機能】!!
……奴を殲滅し、
この町を───
リズを守ってみせろ! スキル『自動戦闘』!
(…………この俺をアークワイバーンに勝たせて見せろッ)
すぅぅ……はぁぁぁ……。
ゆっくりと呼吸し、気を静めるクラウス。
覚悟を決め、目標を定め、
発動の直前に、クラウスは一度目を閉じ────そして、開いた。
く、
「……クラウス?」
「メリム、行ってくる」
「……クラウスぅ~?」
「シャーロット、行ってくるな」
仲間に出撃を告げるクラウス。
……もしかすると、自動戦闘にも限界はあるかもしれない。
いくらなんでも、クラウスごときがアークワイバーンを倒せるとは思えない……。
思えないんだけど、
……どっちみちこのままではみんな死ぬ──……そして、発動後、意識を失ったが最後……二度と目覚めないかもしれない。
それくらいにアークワイバーンは強大だ。
「……く、クラウス──、お前?」
かつて世話になった女戦士。
赤い腕のレインが、主人に叩かれ赤くなった頬を押さえながらクラウスに呆然とつぶやく。
「レインさん、…………行ってきます」
「……く、クラウス、てめぇ!」
「……クラウス、アンタぁぁあ!」
かつての同僚で、同じユニークスキルの保持者たち、グレンとチェイル。
相変わらず嫌味な連中だ。
「ふっ。グレン、チェイル、…………行ってくるぜ?」
でも────。
それでも……。
「……く、クラウスぅぅぅぅううううううううう!!」
「──ゲイン………………………………お前は、見とけ」
それでも、
…………俺は戦う。
「お、おにい……ちゃん?」
「リズ。行ってくる」
「い、いくって? どこに」
「ちょっと、そこに。ほんのすぐそこだ」
───ドズゥゥゥウウウンン……!!
と、ちょうどそこにアークワイバーンが降ってくる。
『『『ギィエィエィエェエエエン!! ギィェイェエエエン!! ゴァァァアア!!』』』
ぶん投げられたのは初めてだろう。
しこたま背中を強打し、ゴロゴロと転がり暴れる。
家屋を破壊し、滅茶苦茶に体を捩ってもだえる───。
だが……。
『『『……ギ──────』』』
だが、ふと気配に気づいたようにピタリと動きを止めると、恐る恐る顔を上げるアークワイバーン。
そして、クラウスと目があうと──……。
『『『ギィエィエィエェエエエエエエエエン!!』』』
来るなと言わんばかりに必死で叫んでいた。
だが、アークワイバーンの咆哮もリズとクラウスの邪魔をできない。
二人はチラリと視線を向けると、すぐに興味を失い互いに見つめあう。
「ほら、いつものやつさ」
「いつもの? す、すぐそこって?……や、やだよ。いやだよ!! いかないで!」
「そう言うなよ。……ちょっと、新参者にこの町流の挨拶ってやつを教えてやろうかってね」
「す、すぐ? ほんとに、すぐ戻ってくるよ、ね? すぐ──」
ん。
「あぁ、夕飯にはギリギリ間に合うと思う。だからさ、」
「う……う゛ん゛」
だからさ、
「飯────作って待っててくれよ。いつもみたいに、さ」
う゛ん゛
…………リズは、もう止めない。
彼女はクラウスをよく知っているから止めない。
何をして、
何を成そうと、
何をやろうと────……クラウスが信念をもって動くとき、それが悪事でない限り……リズは止めない。
「じゃ──────また、飯時に!」
ソッとリズに背を向けたクラウスはゆっくりと瞑目し───。
そして、アークワイバーンに向き直る。
たった一人で立ち向かうために……!
ナイフ一本ぶら下げて、
とても強そうには見えないD級冒険者のクラウス・ノルドールが今───!
「いくぞ、アークワイバーン!!」
ク……。
「「「「「クラウスぅぅぅううううう!!」」」」」
誰かの叫び。
焦り、憎しみ、嫉妬、歓喜、希望、羨望、そして憤怒と恋慕。
すべての感情がないまぜになった声援を受けて────。
……クラウスの意識は飛ぶ。
気絶でも、
死亡でも、
……ましてや逃げたわけでもない。
戦うために、
闘うためにッ、
……厄災の芽と、
……最強の竜種と、
かの、アークワイバーンと闘うために!
──自動で……。
……一度戦った相手と戦闘し、必ず自動的に戦闘するために!!
よぉ……、トカゲ野郎。
「……はじめて人の町に来たらさぁ────まずはパイセンに挨拶だろうが、ああん!? このくそトカゲがぁっぁああああ!」
って、筋肉のパイセンが言ってたぜ?
ニッ。
『『『ギ、ギ、ぎ、ギィェッェェエエエエエエエエエエエエエエエンン!!』』』
アークワイバーンの声が…………。
恐怖に染まるッッッッ!!
三本の首を振る!!
来るな、来るなと首を振る──……!
本能から知ってるのだ。
こいつは強敵だと──……。
こいつには勝てないと───…………。
だから──────!!
だから、この町の、ここに来た……!
なぜか本能がここに危機があると告げ……。
通りすがりに倒さねばならんと感じたのだ───。
かつてシャーロットが、クラウスをして──強者の匂いがすると言ったように、分かるものには分かる!
こんな見た目で、
最初はただの雑魚だと思った。
だが、こんな規格外だとはアークワイバーンにも想定外。
クラウス・ノルドール。
ユニークスキル【自動機能】
たったそれだけ。
それしか、もっていないけど────……。
恐れているのだ。
あの、クラウスを恐れているのだ────……あのアークワイバーンが、だ!!
「さて」
幕にしようか……。
すぅぅ……。
「────────自動戦闘、発動ッッ」
『『『ギ、ギギギギ、ぎ、ギィェッェェエエエエエン!』』』
恐怖の叫びをあげ首をふるアークワイバーン。
来るな、来るなと、
厄災の芽が───クラウスに恐怖し、
フッと、
いつもと同様に意識が飛ぶ────…………そして、




