8.入れない運命
ソフィアは、エルウィンを前にすると挙動不審になるらしい。
ルイーゼはそう結論づけ、それ以上考えることをやめた。
踏み込んだら終わり――――、そんな気がして仕方がなかったから。
◇
「父様、私は今日、エルウィンの家に行くのでソフィアのダンスレッスンは、別の人にお願いしてください」
家族そろっての朝食時間。ルイーゼは思い出したように父親にそう切り出した。
ソフィアのダンスレッスンのために、新たに家庭教師を雇ってはいたのだが、肝心のソフィアが気後れしてしまい授業にならなかった。そこで父親は、ルイーゼにその任を託した。
ソフィアはまだ、両親に対しても気後れしている節がある。
屋敷内でソフィアがもっとも心を許しているのは、ルイーゼであるように、父メーベルト伯ディーター・メーベルトには見えた。
実際は、ルイーゼの婚約者との方が打ち解けているようなのだが――。
「そうか……そうだ! ソフィアもシュティーフェル邸へ連れて行くのだ」
突然の父の申し出にルイーゼは動揺したが、すぐに我に返り父の真意を探る。
「え……まさか、ソフィアを、ボリソヴィチ・バッソの婚約者にするおつもりですか?! あんなクズと?!」
「そんな意味のないことをするはずがないだろう」
シュティーフェル家の次男とはルイーゼが縁を繋いでいる。
「では、いたずらにあの子のストレスを増やすような真似はしないで下さい。ボリソヴィチ・バッソはエルウィンに、ソフィアを蔑むような発言を繰り返しているようですし!」
「なんだとっ?! ……おのれ、あやつめ……!!!」
ルイーゼの発言で父親が目の色が変えてボリソヴィチ・バッソを罵倒し始める。ルイーゼ自身も、ボリソヴィチ・バッソに対して思うところは大量にあるが、それにしたって父親のこの切れ方は異常だ。
――最近、ソフィアがからむと、精神状態に問題があるのかと思うくらい、常軌を逸した行動を取るようになったのよね……。言っていることには、完全同意なのだけれど……。
「エルウィン様のお屋敷に?! わたしも行きたいです! エルウィン様、お元気でしょうか。またお会いできるなんてうれしい……。お姉様、お願いしますね」
そう言って、ソフィアは純粋に脳天気に喜び微笑む。なかなかに際どいことを言ってくれる、とルイーゼは内心複雑な心境に陥った。父親はソフィアに盲目的に愛情を注いでいるし、母親は夫の愛人が産んだ子供になど興味がないらしく無反応だ。
ルイーゼは不安だった。
ソフィアが、エルウィンに執着しているようにしか見えなかったから。
◇◆◇
「君は――」
ルイーゼが、ソフィアを伴いシュティーフェル邸へやってきたことに、エルウィンは驚き戸惑いの声をあげた。
「お久しぶりです! ソフィア・メーベルトと申します。本日はお招きにあずかり光栄です」
ソフィアはそんなエルウィンを前に、愛らしいとても楽しそうな笑顔で、覚えたばかりの淑女の礼をとる。彼女に貴族令嬢のなんたるかを教えているのは、家庭教師ではなくルイーゼだ。だから、ソフィアの所作はルイーゼのそれと、少し似ている。
ソフィアが見せる淑女の礼は、出会った頃のルイーゼを彷彿とさせて、エルウィンは少し懐かしくなり、知らずその顔に笑みを浮かべていた。
過去へ思いを馳せていたその顔は、間違いなく愛情に満ちていた。
その笑顔はソフィアへ向けられたものではない。けれど、その顔が向けられているのはソフィア。
だから、ソフィアは自分に向けられていると信じて疑わず、頬を染める。
ルイーゼもまた、二人に対する危機感を募らせていく。
「ルイーゼ、妹君がいるのなら今日は応接室かな?」
ふいにルイーゼを振り返りエルウィンが問いかける。
「私はどっちでもいいけど……そうね、ソフィアもいるし、そうしましょうか」
いつもはそのままエルウィンの自室へ向かうが、今日はソフィアがいる。
応接室へ行くことに、ルイーゼとエルウィンの間で話はまとまっていたのだが。
「わたし、エルウィン様のお部屋が見たいです! ダメですか?」
ソフィアのその発言に、ルイーゼの胸がまた騒ぎはじめる。
「ソフィア! 貴女、何を言っ――」
「ごめんね、今、散らかっているんだ」
ルイーゼが反射的にソフィアを拒絶してしまう前に、エルウィンが穏やかな口調でソフィアを窘めた。エルウィンのその対応に、ルイーゼは我に返る。
そして……自分の気持ちをソフィアにもエルウィンにも悟られたくなくて、目をそらした。
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