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5.ソフィア・メーベルト3




 ソフィアの部屋は、ルイーゼの部屋の隣に決まった。

 面倒を見るのならば隣の方が都合がいいという父の采配だったが、ルイーゼに異論はなかった。母親の胸中が少々心配だったから、フォローを入れ()()なければとは考えていたから。

 どこかの誰か(ボリソヴィチ・バッソ)のように彼女を虐げるつもりなど微塵もなかった。手近なところに反面教師がいてよかったとさえ思っていた。不快感はゆっくりじわじわと溜まっていくものだ。母に無理をさせすぎて、歪な家族関係を築かせるわけにはいかない。


 ――彼女は、この屋敷でも落ち着かないみたいだし、こまめに様子を見にいかないと! メイドに、ドレスの着付けをしてもらうのも、慣れてないみたいだし。


 貴族と平民で、服の構造が異なることを、ルイーゼは知らなかった。


 例えばコルセット。しめつけるための紐は、背中側についているのがルイーゼ達にとっての常識だ。だが、一人で身支度をしなければならない平民のコルセットは、しめつけ紐が前についている。

 一人でドレスを着ようとしていたソフィアは、前面に出すべき胸の飾り板(スタマッカー)を、コルセットの中に入れようとしていた。コルセットは正しい着用方法を守っていればとても快適なものなのだ。


 ――紐の前後が違うだけで、他の部品にまで影響が出るなんて、知らなかったわ! でも、あの子が全部一人でドレスを着るのは、至難の業よ? この間も、頑張っていたようだけど、棒板(バスク)を忘れて苦しい思いをしていたし……。


 最終的に、「使用人に任せなさい! じゃないと、私がやるわよ?!」と、ルイーゼがソフィアを一喝して、ようやく使用人に身の回りの世話をしてもらうようになった。

 まだどこか、慣れないようで居心地悪そうにはしているけれども。


 ソフィアに対して、ルイーゼの挙動がぎこちなかったのは、最初の一週間だけだった。人間とは慣れる生き物だが、それにしても早いだろうと……家人を含む、屋敷の多くの人間は思っていた。

 あの父親でさえも。


 使用人の中には、ソフィアに対し「自分たちと同じ労働者階級のくせに」という思いを抱く者もいるし、「当主様は誘惑できる」と企む者もいた。

 そのせいで少々屋敷内は荒れたりもしたが、彼女の天使のような愛らしさに騒動はいつのまにか収束していた。




 ◇◆◇


 家族や使用人がソフィアの存在にも慣れた頃、ルイーゼは再びエルウィンの『精霊の予兆』問題について考えるようになった。


 だが、ある()()をさかいに、エルウィンはルイーゼの前で精霊や妖精の話を一切しなくなった。精霊や妖精が見えているようなしぐさをすることもなくなった。


 幽霊について調べていたルイーゼが、うっかり呪詛(じゅそ)されかけて大惨事となったのだ。


 精霊は幽霊のようなものだという元・聖女の発言を受けて、ルイーゼは幽霊についても調査の手を伸ばした。教会の教義とは明らかに異なる内容を、堂々と調べることはできない。だからこっそりと――両親にもバレないように秘密裏に調べた。


 使用人の協力を仰ぎ、領内の噂話に聞き耳を立て、様々な曰く付きの品を集めた。この手の話題を好む年若い使用人は、特に懐柔しやすかった。

 そうして集めた品物の中に危険なものが紛れ込んでいたのだ。解呪のために元・聖女を巻き込んだ大騒動となったのだが……実際に呪詛を受けて意識不明の重体となっていたルイーゼにその時の記憶はない。


 解呪のために奮闘したのはマルグリートだけではなかった。義妹ソフィアもその協力に一役買っていた。けれど、眠っていたルイーゼはそのことを知らない。


 ルイーゼにとっては、目が覚めたらエルウィンとソフィアの距離がなぜか近づいていた……そう、見えてしまった。しかし、これは完全な自業自得。二人とも、自分の命を助けるために東奔西走してくれた結果のこと。


 感謝こそすれ、そのことに引っかかりを憶えるなど恩知らずも良いところだ。


 不自然にエルウィンに絡みたがるソフィアと、それをエルウィンが……甘んじて受け止めていることなど、ルイーゼは気にしない。


 気にしないように、己に言い聞かせていた。





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