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4.ソフィア・メーベルト2



 教会は、幽霊を「存在しないもの、悪魔が化けたもの」と、定義している。

 一時期、教会が心霊関連の主張を徹底的に取り締まっていたのは、子供でも知っている。

 この人は、なんという恐れ多いことを言うのだと、ルイーゼは知らず、驚きに目を丸くしてマルグリートを凝視してしまった。


「ごめんなさい、おかしなことを言ったわね。でもね、これは見える者にしか分からないことなのよ。この世界は、理解できないものには厳しいわ。権力に(あらが)う力を持たない者には、なおさら」


 権力に(あらが)う力を持たない、という言葉にルイーゼは反応を示した。出会った当初の、エルウィンの様子を思い出す。


 ――一瞬とは言え、自分は彼を使用人かと思ってしまった。長男ボリソヴィチ・バッソは、彼を虐げ慣れているような雰囲気さえあった。


 動揺から口を開くことができないルイーゼに、マルグリートは最後に。

「もう忘れなさい。今、見ることができないのであれば、それはきっと幸せなことよ。()もきっとそれを望んでいるのよ」


 『何かあったら、また連絡をしてね』――と言い残し、元聖女はメーベルト邸を後にした。ルイーゼは困惑していた。


 ――今の聖女様の話だと、エルウィンはやっぱり孤独の真っただ中ということになる! エルウィンは、一体どんな世界を見ているんだろう? どうして、私と一緒にいる時ですら、つらそうに、寂しそうに……しているの……?!



 誰もいなくなった礼拝堂で茫然(ぼうぜん)としていると、母親がルイーゼを呼びにやってきた。母親が自らこうして迎えに来るのは珍しい。今まではルイーゼ付きのメイドが行っていたから。


「まだ、ここにいたのね。早く応接室にいらっしゃい」

「はい……来客ですか?」

 ルイーゼの質問に、母親は神妙な顔をして応えない。


 ――今は自分の混乱だけで、手一杯なのに、さらに問題発生?!


 いつになく重苦しい母の背中を眺めているうちに、応接室へと着いてしまった。扉は開け放たれているが、ルイーゼがいる角度からは、室内の様子は見えない。いつになく無口な母にうながされ室内へ入ると、そこには父と見知らぬ一人の少女がいた。


 年齢は、ルイーゼとそう変わらないように見える。

 少女は、母とルイーゼが応接室へ入るなり、ソファから飛び上がるように立ち上がった。相手がかなり緊張していることは、ルイーゼにも分かる。

 彼女の隣に座っていた父が、彼女へ落ち着いて座るようにうながす。

 言われて再び腰かける彼女だが、所在なさげな様子が、なんとも庇護(ひご)欲をそそる。


 ――わあっ! かわいいっ! 一体誰??


 一瞬、何もかもを忘れて、ただ感嘆の声を上げたくなるほどの目を見張るような愛らしさを備えた少女がそこにいた。


 肩より少し長いくらいの銀色の髪。艶があり、ゆるくウェーブを描いているそのさまは、まるで淡い光を放っているよう。長く伸びたまつげに、瞳はまんまるで大きく、水気を帯びて紫水晶のような輝きを放つ。


 そんな彼女が着ているのは、ボロボロの綿で作られた服だ。

 だが、そのような服装だとしても、はっきり言って、そんじょそこらのお嬢様より美しく愛らしい。

 ――『そんじょそこら』には自分も含まれているんだけどね……。

 ほんの少しの羨望が頭をかすめる。


 だが、ここまできてルイーゼは我に返った。

 こんな超絶美少女の隣に、落ち着いた顔で座っている父親の存在を思い出す。


「まさか……父様、こんな娘ほどの年の子を囲うおつもりですか!!!」

「そんなわけあるか!」


 ――父が、人の道を理解できる人間でよかった。はて、では彼女は?


「彼女の名前はソフィア……・メーベルト」


 父の口から語られた家名にぎょっとしたのは、この場ではルイーゼだけだ。母親の胸中は不明。伯爵夫人として無様なまねだけはすまいという、意地かもしれないが。


「今日から、お前の妹になる。しっかりと、面倒を見てやりなさい」


 威厳たっぷり、高圧的に上から物を言う父親だったが……次の瞬間にルイーゼに怒鳴られ、まくし立てられ、責め立てられ、あげつらわれたりしたため、オブラートに包みながら、疲れた様子で経緯を語り始めた。

 ・

 ・

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 ようするに、彼女は父親が遠い昔に囲っていた愛人の娘だ。年齢はルイーゼの一つ下。母親が流行病で亡くなったことを知った父メーベルト伯ディーター・メーベルトが、引き取ることを希望したのだ。


 長い間、何の連絡も取り合ってはいなかった。なぜこのタイミングで知ることができたのか。それは、本当にまったくの偶然だった。


 たまたま立ち寄った街で、少々変わった合同葬儀が行われていた。

 情報を集めていると、どうやら馴染みの女性が亡くなったらしい。しかも、自分の子供を一人残して。

 父は、彼女が自分の子供を産んでいたことすら知らなかった。

 せめてもの罪滅ぼしに、彼女を引き取ることにしたのだという。


 当初は、市井(しせい)で育った彼女を使用人として迎えることもやむなし、と父は思っていたのだ。

 だが、ルイーゼのエルウィンに対する柔軟な態度を見て、娘として受け入れることにしてしまった。



 それが、後にルイーゼの首を絞める結果になってしまうと、この時のルイーゼは考えもしなかった。




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