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35.伯爵夫人としての顔5



 退場していく妹とその婚約者を見送りながら、ジェヒューはそっと扉を閉めた。……ずいぶんと神経が削がれた。彼が暴力の恐怖を覚えていたのは、妹ではなく婚約者のエルウィンの方だ。服の上からでは分からないが、彼の肉体は相当厳しく鍛えられている。怒りのあまりシーオドアに向かわれていたら、相手に傷では済まない結果を与えていた可能性もある。会話の流れで、杞憂で済まない結果となる恐れがあったため、気が気ではなかった。


 ジェヒューは妻から、メーベルト伯夫人が妙な動きをしている可能性があると聞かされていた。始めは聞き流していたが、あまりにもしつこいから念のために監視をつけていたのだが……女性特有の勘の良さというのは馬鹿にできない。今回の騒ぎも妻の助言がなければ手遅れになるところだっただろう……そう思うと、背に冷たい汗が走る。そして、平然とそんな所業をしておいて、顔色ひとつ変えないでいる目の前の母親が……化け物に見えて仕方がない。


 さて――そんな母親を責めるより、こちらを先に攻めた方が効率が良さそうだ。ジェヒューはモークリー公へ狙いを定めた。モークリー公は母親と異なり、多少の罪悪感を抱いてはいるらしい。これなら、話は早くすみそうだ。


「モークリー公、あなたの国ではどのような法律が適用されるのかは存じ上げませんが、これは立派な犯罪行為ですよ? 国の機関で裁けないと言うのであれば教会へ訴えます」


 爵位には確かに格というものが備わっているが、命令権が保証されているものではない。公爵家だからと言って、他国の伯爵家に蛮行を及んでも許されるといったものではない。


「お、お待ち下さい! 我々はそんなつもりはありませんでした!」

 メーベルト伯夫人とは明らかに異なる反応に、ジェヒューは内心安堵を感じるが、あくまで表には出さずに。

「では、今回は不問とさせていただきますので、速やかにお引き取りいただけますか? このような時間に申し訳ありませんが……当家で貴方方をお迎えする準備はできかねますので」

「わ、分かりました……」

 モークリー公がそのままシーオドアを引きずって応接室を退出していく。ジェヒューは去り際にシーオドアと母親が何か目配せをしているような気がして、慌ててそれを遮断した。


 再び応接室の扉を閉め、モークリー公親子と母親の距離を完全に絶ってから、ジェヒューは母親を問い詰める。

「まだ何か、企んでいるのではないでしょうね?」

「……お前には関係の無いことよ」

「関係ないことはないでしょう! 俺の妹だ! 貴女がやっていることは、人道に反してる! 妹をなんだと思っているのですか!」


「……お前は何も分かっていない。婚約者が()()()でなければ、私だってこんなことはしたくなかった。()()()の目の届かない所へ……この国の外へ出すのが、あの子のためなのよ! 私は娘のためにやっているわ! 何一つ間違ったと思ってはいない!!!」


 ジェヒューは噂の異母妹……ソフィア・メーベルトに会ったことはない。既に家を出ていたから。しかし、ここまで家族が無茶苦茶になっていると……彼女に対する悪感情が先に立ってしまいそうになる。

 創造神である龍神の奇跡を賜ることができる少女であるのなら、身も心もとびきり美しいのだろうと、思っていたのだが……。


 ジェヒューは一計を案じることにした。






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