2.エルウィン・シュティーフェル2
そうして、しばらくルイーゼは少年と雑談を楽しんでいた。
父親達が自分を探しに来るまで。
現れた父親達の背後には、一人の見知らぬ少年がいた。
貴族の令息らしく、上等な衣服を身にまとった、少々ずんぐりむっくりとした少年。
少年の名は、ボリソヴィチ・バッソ・シュティーフェル。
今年で十五になる、シュティーフェル伯爵家の正式な後継者であり、ルイーゼの婚約者候補だと。
しかし、その少年は現れるや否や、ルイーゼと向き合うように立っていた少年に対し、嘲るような笑みを向けたのをルイーゼは見逃さなかった。その瞬間、彼はルイーゼに敵認定された。
ルイーゼにとっては、先ほど花壇で出会った少年の方がはるかに綺麗で格好よく、好ましく感じていたから。
――こんな性格のわるいジャガイモと結婚なんて、絶対無理! こいつを秘密裏に亡き者にしたい……。
そう、ルイーゼが胸中で殺意を燃え上がらせていたのだが、直後。
「オレには真に愛する者がいる! お前が伯爵家の妻として弁えるのであれば――」
「お断りだあぁっ!!!」
「――ぐはッ!」
ボリソヴィチ・バッソが全てを言い終えるより早く、ルイーゼの『会心の一撃!』が、きれいに決まった。
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元々、ルイーゼとボリソヴィチ・バッソの婚約は決定事項ではなかったから、両者の婚約話は速攻でなくなった。『顔合わせを行って相性がよさそうだったらそれもいいね』くらいの話だったのだ。
しかし、地に伏した元・婚約者を、足で踏み潰そうとしたルイーゼを止めるため、シュティーフェル伯は次男との婚約を言い出した。
――このままじゃ、第二のジャガイモが用意されてしまう……!
危機を感じたルイーゼの動きは速かった。
シュティーフェル伯の言葉を受け、動揺を見せた『花壇の君』へと走りより、その腕を強くつかみまくしたてた!
「私、この方に一目惚れしました! この子と結婚するの!!! この子がいいのっ! 他の子は絶対にイヤッ!」
「え……っ?!」
ルイーゼは絶対放さない! と言わんばかりに、力一杯少年にしがみつく。
そんなルイーゼに、少年はとまどったような視線を向けるが、自分の腕から彼女を引きはなそうとはしない。
「バカ言うな! そいつは父上に集った浅ましい娼婦が勝手に産んだ子供だぞ! 俺たち貴族とは格が違――」
地に伏していたボリソヴィチ・バッソが、何時の間にか復活していた。
そして、そのまま少年につかみかかり、少年にしがみつく少女を引きはなそうと手を伸ばして来たので――少年は敵にそなえるため、彼女を守るように強く抱き込んだ。
少年のそんな対応が腹にすえかねたのか、ボリソヴィチ・バッソはこぶしを強くにぎりしめて殴りかかろうとしたところを、シュティーフェル伯にぶっ飛ばされた。
叱責をくらってようやく思い出したらしい。父親がここにいたことを。
「よかったよかった、両者、問題なさそうですな」
シュティーフェル伯がボリソヴィチ・バッソをボコボコにしながらいう。
「少々寂しいものがありますがね……ルイーゼ、分かったからいい加減離れなさい」
ルイーゼの父、メーベルト伯は胸中複雑そうな面持ちだ。
婚約が整ったことはうれしい。だが……娘を思う一人の父として、ちょっと仲良くしすぎなのではないかと、そう思ってしまったことを、ルイーゼは知らない。
「ルイーゼ嬢、彼はエルウィン・シュティーフェル。私の息子だ」
シュティーフェル伯が、少年にしがみつくルイーゼを安心させるように、優しい声で語りかける。
「やっぱり貴族でまちがってなかったじゃない!!」
ルイーゼの猛抗議に、少年――エルウィン・シュティーフェルは、ばつが悪そうにそっぽを向いてやりすごしていた。
◇◆◇
その日、エルウィンは、ルイーゼの婚約者になった。
きれいで繊細という第一印象に反し、エルウィンの性格は「喧嘩っ早い不良少年そのもの」だった。慣れるまで、出てくる言葉は粗雑なものばかり。
それでも、彼なりに背一杯、年下の女の子に優しくしようと頑張っていたことを、ルイーゼは感じ取っていた。
エルウィンの出生の秘密について、ルイーゼはエルウィンに言及するつもりはなかった。もちろん、話してくれるのならば喜んで聞くが。
ふとした瞬間に落ちる孤独の影が、気にならないと言えば嘘になるけれど。
「花が好きなんだろ?」
幼い日々、エルウィンはいつも、自分が育てた花を花束にして、ルイーゼに送っていた。数ある花壇の中から、自分がいちから造りあげた花壇にわざわざやってくるくらいだから、そうとう花が好きなのだと……思っているのだろうな、とルイーゼには分かっていた。女の子の方がその手の成長は早いものだ。
「うん。ありがとう!」
認識の違いは少々あったが、ルイーゼは気にしなかった。
エルウィンが自分のために持ってきてくれた。自分のことを考えてくれている。ぶっきらぼうな彼の、精一杯の愛情表現であることに間違いはないのだから。
――笑うと少し幼くて、私より二つ年上の彼がとてもかわいく見えた。そんな表情を見て、私はとてもとても、嬉しいきもちになったのを、今でも覚えてる。