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28.呪い


 告げられた言葉にエルウィンは戸惑いを見せた。しかし、それも一瞬のことだ。

 すぐに、差し出された短剣を手に取ると、それは不思議とエルウィンの手に馴染んだ。

 軽いようで重い、冷たいようで熱い、何かの力を感じるようで感じない。

 不思議な短剣だった。


 戸惑い茫然としているエルウィンに、マルグリートは穏やかな笑みを浮かべて、短剣の説明を始めた。その顔は先ほどまでの複雑な表情とは一転して、晴れやかなものだった。

 それに若干の疑念を覚えるが、そんなことに構っている余裕が、エルウィンにはなかった。


「龍神に愛されている彼女を殺すには、並大抵の武器では難しいでしょう。それは、かつて竜殺しと呼ばれた伝説の勇者の剣を研ぎ直し作られた短剣です。お役立て下さい」

 にこりと晴れやかに微笑む彼女に、エルウィンは改めて問いかける。

「貴女は一体?」


「……私は、夫と出会い、奇跡を起こし多くの民を助け導き、聖女と呼ばれるようになりました。今はもう元・聖女ですが」

「元?」

 エルウィンはシュティーフェル邸にやってきてから受けた教育の中から、聖女に関するものを掘り起こそうとするが、マルグリートはそんなエルウィンを待たずに話を続けた。


「私が元・聖女となったのは、夫が亡くなったからです。夫が亡くなれば、私は聖女などではなくなります。私の力では、ありませんでしたから。龍神の力を持っている者が死ねば、番いは崩壊します」

「貴女も、『番い』だったのですか?」


 マルグリートは無言の微笑みで、肯定を示していた。







 ◇◆◇ ◇◆◇



 日が暮れ始めた頃、マルグリートはシュティーフェル邸を後にした。

 表向き唯の修道女である彼女は、教会の馬車でシュティーフェル邸へとやって来ていた。


 思えば、ルイーゼ・メーベルトと出会ったことも、運命だったのだろうかと、マルグリートはその顔に自嘲の笑みを浮かべ、過去へと想いを馳せていた。



 昔、マルグリートは何も知らない村娘だった。

 彼女が夫と出会うはるか昔、彼女には将来を誓い合っていた幼馴染みがいた。

 とても大切な幼馴染みだった。彼女は確かに恋をしていたのだ。


 けれど、夫となる男がある日、不意にマルグリートの目の前に現れた。

 気づく間もなく自分は彼と恋に落ちた。恋に落ちたと、想っていた。

 幼馴染みを裏切り、その男の元へ嫁いだ。


 たちまち聖女として崇められるようになり、自分達は番いだったのだと知った。

 神に選ばれた『番い』なのだと。沢山の奇跡を起こし、目の前で苦しむ多くの人々を救うことができた。感じたのは、未だかつて味わったことのない万能感。

 光り輝く未来しか見えなかった。

 番いの真実などどうでもよかった。マルグリートは幸せだった。


 ――夫が、死ぬまでは。

 死んだ瞬間、気づいてしまった。


 これは、愛ではない。恋ですらない。情の欠片もない……!




 どれほど嘆いても否定しても、もうどうにもならなかった。

 しかも、幼馴染みはすでに殺されていた。自分の両親も! あの()の手によって!

 ()が死に、自分は今さら現実へ引き戻された! 奇跡の力など、もうない!

 愛してもいない男と幾重にも身体を重ねた記憶! 沢山の証達!!


 発狂寸前になるまで懺悔を狂い叫んでも、もう、何一つ取り戻すことができなかった。





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