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26.それはまるで…2


「わたしそんなことしてない! いじわるっ! 意味分かんないっ! エルウィン様ぁっ」

 マルグリートの静かな指摘を受けて、ソフィアはうろたえて騒ぎはじめた。

 誰もが認める愛らしい大きな瞳に涙を浮かべ、すがるように上目遣いでエルウィンに寄りかかろうとするが、彼がそれに応じることはなかった。


「知らない! 知らないよっ! わたし悪くないよ? わたし、怒られるようなこと何もしてないもんっ! お姉様が貴族だからって、みんなわたしにいじわるしてるんだ! みんなひどいっ!」


 エルウィンとマルグリートを交互に見やり、ソフィアは泣きながら自分は被害者だと訴える。『番い持ち』としての特権は享受するが、それゆえに生じる責任については考えが及ばない。

 彼女が育ったのは、メーベルト領の外れにある小さな田舎町だった。

 王都以上に男尊女卑の傾向が強いその村で、彼女は母と娘の二人で育った。蔑まれ捨て置かれていた存在だった。そんな環境で育ったものだから、自分が他人に影響を与えているということが理解できない。

 そこに生来(せいらい)のわがままさが加わり、今の状況を、「怒られている」「いじめられている」としか、受け取ることができなかった。


 そんなソフィアを、エルウィンとマルグリートは哀れだと思いはしても、寄り添う気はなかった。


「ご安心下さい。誰も、貴女を(とが)めたりはしません。そんなことができないのは、貴女が一番ご存じのはずです」

 マルグリートはソフィアを見ているようで、見ていない。微笑んでいるようで微笑んでいないまま、ソフィアへそう告げた。


「そう……そうよ。偉い人達から認められたもん。ただの癒やしの力じゃない、神様に認められた素晴らしい力なんだって言われた!」


 ソフィアとエルウィンの『神の奇跡』についての一件が耳に入り、聖職者や権力者は二人を取り込もうと甘言の限りを尽くしていた。ソフィアより少しばかり貴族社会になれていたエルウィンは、その言葉に含まれる毒性に気づくことができたが、ソフィアは気づけなかった。

 本来彼女にそれを教えるべきだったメーベルト伯は、それを教えようともしていなかった。


「……そうですね。貴女が、その力を使って人のために動き、それが多くの人々に認められれば、やがては聖女として認められるかもしれません」

 ふと、マルグリートはソフィアへ視線を戻してそれを口にしてみた。


 彼女にしてみたら、これは最後の()()だった。ソフィア・メーベルトがどのような人間なのか、『番い持ち』である彼女の人となりを、見定めたかった。

「聖女……? そう、そうよ……! わたしは聖女なのよ! わたし悪くない! わたしの番いを(たら)し込むからよっ! お姉様がいけないんだっ!」


 マルグリートは、深く静かに、ため息をついた。





 日が落ちはじめ、メーベルト家の人間は引き上げることになったのだが、その際も、ソフィアは奔放さを失わなかった。

 ソフィアが帰宅するという段になっても、マルグリートがシュティーフェル邸に残っていることを知ると。


「どうして貴女はまだここにいるの? この人が帰るまでわたしは帰らない! わたしにはその権利があるわ! わたし、エルウィン様の婚約者だもの! ねえ、お姉様も連れ帰って! そうだわ! エルウィン様がメーベルト邸へくればいいんだわ! そうよ、ねえそうしましょう? いいでしょう?」

 そう言って暴れるソフィアを、最終的にメーベルト伯が力技で連れて帰った。


 メーベルト伯には大層な疲れが見て取れた。

 実の娘であるルイーゼもソフィアも、彼は同じように大切にしているつもりだった。ソフィアの天真爛漫(てんしんらんまん)さを好ましく思っていたはずなのに、第三者の目にさらされるとその未熟さに恥じ入るしかない。

 ルイーゼを連れて帰りたいのは、メーベルト伯も同じだった。体調不良に陥っている実の娘を、何泊も他人の屋敷に預けて平気でいるほど、耄碌(もうろく)しているわけではない。今日だって、本当はソフィアを連れてくるつもりはなかったのだ。

 それなのに、気づいたら同行を許していた。


 マルグリートの発言を扉の向こうで聞いていたメーベルト伯は、ソフィアが持つ『神の奇跡』の恐ろしさに考えが至り始めたが、遅すぎたようだ。

 今更気づいたところで、メーベルト伯には何もできないのだから。





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