24.相思相愛のカンケイ4
一方、エルウィンの部屋に残されていたルイーゼは、ちょっとした息苦しさと格闘していた。馭者の格好をするために胸を潰していたのだが、長時間じっとしていたためか、具合が悪くなってきてしまったのだ。
――エルウィンと話ができて、安心したからかしら?
胸部を少しくつろげ、ソファーに横になり、ルイーゼは体調の回復を待つことにした。
ソフィアの相手に疲れたエルウィンが部屋へと戻ってきた時、室内はとても静かだった。一瞬、ルイーゼがいなくなってしまったのかと考えたが、すぐにソファーに眠る彼女に気づき、エルウィンは胸をなで下ろした。
彼女が去ってしまったかもしれないと思ったとき、彼は自分でも驚くほどに動揺した。実母が死んだ時も、ここまで動揺はしなかった。
彼は気づいていない。自分にとって、ルイーゼがどれほど大切は存在となっているのか。自分の心が、彼女にどれほど乱されているのかということさえ。
ずいぶんとラフな格好で眠っているルイーゼにタオルケットを掛け、エルウィンは少し頭を冷やすためにベランダに出ることにした。詰めの甘い彼女に、つけ込みたくなったから。
――彼女を放したくない。誰にも渡したくない。どんな手を使っても……。
ルイーゼが目を覚ましたのは、エルウィンが部屋へ戻り一時間ほど経過してから。
結局、誘惑に負けたエルウィンが、ルイーゼの髪で遊んでいた時のことだった。
「エルウィンって、時々とても子供っぽいことをするわよね!」
ルイーゼは、自分の髪に大量についている小さなリボンにご立腹だ。二、三個は頑張って取ったのだが、後は面倒になってしまい放置している。
「ごめんごめん。服が苦しいのなら、着替えを用意しようか?」
楽しげなエルウィンのその発言に、ルイーゼは自分の今の格好を思い出した。
戻そうとかと考えたが、今戻すとまた体調が悪化しそうで考えてしまう。
「うーん……大丈夫。あと少し休めば……多分。そうだわ! 話はどうなったの?!」
「保留、かな?」
「……保留」
「父は乗り気ではないようだったかな。メーベルト伯も、今日の彼女の振るまいで少しは冷静になっただろうし」
「え、ソフィアはその、一体何をしたの?」
ルイーゼの胸中は複雑だ。
エルウィンとソフィアの婚約話はなくなったわけではない。そのことが、まだルイーゼの胸中に不安を残していた。その一方で、義理とはいえ妹の行く末を案じる気持ちが、ないわけではないのだ。
エルウィンが関わっていなければ、純粋にもっと義妹を心配することもできただろう。
「君が乗ってきた馬車はもう帰ってしまったんだけど、引き止めた方がよかったかな? 今頃、君の家では君の不在が問題になっているかも」
「ジェヒューが頑張ってくれるから問題なしよ! いざという時の対応もお願いしているの」
「……ああ」
メーベルト家の長男ジェヒュー・メーベルトは、今年で二十三になる正統なメーベルト伯爵位の後継者だ。既に結婚をしており、メーベルト邸の敷地内に屋敷を建ててそこを生活の拠点としている。
別邸で暮らしているジェヒューは、ソフィアのことをルイーゼほどには知らない。しかし、彼は彼なりにソフィアのことを調査していた。仮にもメーベルト家の一員となる相手のことだ、無関心でいるわけにはいかなかった。
そのような経緯があった末に、長男ジェヒューは今回、ルイーゼに手を貸すことにしたのだ。
彼には、「自分達に管理することのできない『神の奇跡』を理由に、何かを決断するのはとても危険」と、以前から漠然とした思いがあった。それが、今回のソフィアの暴走により、確固たる信念にまで昇華してしまった。
それに、ジェヒューは個人的に、結婚してもルイーゼがルイーゼらしくしていられるのは、エルウィン以外にはいないと、前から思っていたところもあったから。
そんな長男ジェヒューのことを、エルウィンも以前から知っていた。
メーベルト伯夫人からの防波堤となってくれたことも、一度や二度ではない。
そんなジェヒューのことを、エルウィンは信用していた。
「……どこまで大丈夫なのかな?」
無邪気に喜ぶルイーゼを前に、エルウィンは真面目に考えていた。
あの長男であれば、ルイーゼが男装をして体調不良になり、体調の回復を待っている間にソフィアとメーベルト伯は先に帰宅し、一人、シュティーフェル邸に取り残される状況になると、予測できるだろう。
「ああ、そうだわ。ジェヒューから預かっているものがあるわ!」
そう言ってルイーゼが差し出してきたのは、百合のブレスレットだ。
「どうして男性のエルウィンにブレスレットなのかしら?」
「………………どうしてだろうね?」
エルウィンは苦笑しながら、ルイーゼからブレスレットを受け取るしかなかった。
「外泊の許可はもらっているようだから、部屋を用意させるよ」
そんなふうに、穏やかに談笑をしていると。
「――どういうことですかエルウィン様!!!」
唐突に、この場にいるはずのない人物が乗り込んできた!
「ソフィア!?」
「ソフィア嬢?! どうしてここに……」
突然の乱入者に、ルイーゼとエルウィンが驚きの声を上げるが、乱入者は彼等の言葉など聞く耳を持たない。
「ひどいわお姉様! 彼はわたしの婚約者よ! 手を出すなんて……!」
二人の混乱をよそに、ソフィアは感情のままに声を荒らげて泣き叫ぶ。
おのれの正義を叫びルイーゼにつかみかかろうとするソフィアからかばうように、エルウィンはルイーゼを自分の背に隠しながら。
「どうして君がここにいる?」
「わたしはエルウィン様の婚約者です! ここにいるべきでないのは、お姉様のほうでしょう?!」
今度は、目の前のエルウィンにすがりつこうとして、振り払われた。
自分が何をされたのか理解できなかったのか、ソフィアはきょとんとした顔をして、エルウィンを見上げていたのだが、エルウィンは追撃の手を緩めない。
「先ほども言ったが、その話を俺は受ける気がない。俺の婚約者はルイーゼだ。滅多な事は言わないでくれ」
「うそです! だって……だって……」
可憐に涙ぐみながらエルウィンをひたすらに見つめていたソフィアだが。
「そんなの……間違ってます! わたしの想いは、龍神様が認めてるんだからっ!」
一際高らかにそう叫ぶと、今までの弱々しい様子からは一転して、強いまなざしでルイーゼを睨めつけた!
それにエルウィンが本能的な危機感を抱くより早く、兆候は現れた。
エルウィンの背後にかばわれながら、ソフィアの様子をうかがっていたルイーゼだったが、唐突に、息苦しさを感じ始めた。それを不思議に思う間もなく、本格的に心臓の痛みと息苦しさが襲いかかる!
「ぐ……っ!」
ルイーゼが息苦しさから膝をつく寸前、エルウィンが彼女を支えるように抱きかかえた。
「ルイーゼ?! どうしたんだ、ルイーゼ?! なぜ急に――」
彼女の身に何があったのか、それを探ろうとして、ふと、彼女を取り巻く黒い影に気づいた。
その影の正体を、エルウィンは知っていた。
幼少の頃から、自分にだけは見ることができていた存在達にまとわりついている影だった。醜悪で邪悪。瞳を輝かせて「精霊とは何か」を問いかけてくるルイーゼには、到底話すことができない存在達の影……。
エルウィンは気づいてしまった。
その影は、まるでソフィアの瞳に宿る意志に従うように、ルイーゼを苦しめ始めているということに――。
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