プロローグ
番い――それは、出会えば激しく惹かれ合う、運命の恋人たち。
誰にも二人の邪魔など、できはしない。
結ばれた暁には、この世界の創造神である龍神の力を授かることができるとさえ、言われている。けれど、そんなものはただの都市伝説だと、ルイーゼ・メーベルトは思っていた。
実際に番いに出会った人なんて、見たことも聞いたこともなかったのだから。
今だって、ルイーゼ・メーベルトはそう思っている。
そんな意味の分からない言い伝えに、自分達がこれまで築いていた絆が脅かされることなどないと、固く信じている――否、信じたいと思っている。
ルイーゼの視線の先には、美しい夜の湖畔で抱き合う一組の男女の姿。
一人は、月光のように淡く輝く、艶のある腰まで伸びた長い髪と、吸い込まれそうな紫水晶の瞳を持つ、美しい義妹ソフィア・メーベルト。
もう一人は、空色の髪と澄んだ青い水のような瞳をもつ美貌の青年。ルイーゼ・メーベルトの婚約者である、エルウィン・シュティーフェル。
ルイーゼにとって、婚約者のエルウィンはとても大切な存在だった。
小さい頃から大好きで、自分のわがままで婚約者になってもらったようなものではあったが、それでも、長い時間をかけて大事な絆を育んできたはずだった。
ここは、メーベルト伯爵家の者が所有している別荘の一つ。
今日、この別荘にいるのは使用人を除けばルイーゼ、エルウィン、そしてソフィアの三人だけ。婚約者であるルイーゼが同じ敷地内にいることを、エルウィンもソフィアも知っている……。
そんな中で、深夜に隠れて逢瀬を重ねる二人を前に、ルイーゼは何もできない。もう……だめなのかと、ルイーゼの胸を諦めが襲う。
エルウィン・シュティーフェルは、ぶっきら棒だが優しい人だ。だから、妹を振り払うことができないだけ……何度も何度も自分に言い聞かせてきた。
でも、目の前であのような対応をされると無限にわき上がる不安に叫び出したくなる。今すぐ二人を引き離して、二度と会わないようにどんな手段でもとりたくなる……。
だって、彼が誰よりも何よりも……ずっとずっと昔から、二人が出会うもっとずっと前から、自分は彼を愛していたのだから!
彼を理解し支え、幸せにしたいと思ってきたのに……!
それなのに……何も言えない。
邪魔をすることが禁忌であると、自分が責められているような錯覚さえ覚える。
何度、引き離そうとしてもうまくいかなかった。
今日だって、エルウィンと二人だけで来ていたのに。二人だけで、穏やかな時間を過ごすはずだったのに……ソフィアは現れた。
二人を引き裂くことを、運命が拒んでいる。
ルイーゼとエルウィンが結ばれる未来を、運命が阻んでいる。
運命の恋人たちは、離れた場所から自分達の様子をうかがっている者がいるなど、気づきもしない。
そして、婚約者は彼女を抱きしめていた手を不意に緩め、何かを決意したかのように強い意思をその瞳に宿らせ、一層強く彼女を抱きしめた。
そんな彼の様子に、彼女はうっとりと幸福に酔いしれながら彼にしなだれかかる。
「――……」
エルウィンがソフィアに小さく呟いた言葉も、ルイーゼには聞こえない。
彼が好き。彼を愛してる……それなのに、どうしたらいいの?
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