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6話 手紙

 それから、ヴァイカリオスと色々話をした。

 俺が席を立とうとすると、新しい話題を振ってその場に留めるのだ。まるで時間稼ぎでもするかのように。筋肉もりもりの巨漢さんだから、話し相手になってくれる人がなかなかいないのかもしれない。


 俺からすればそれは有意義な時間だった。第一に、俺の目的である宝具がなんなのかを彼は知っていたからだ。なぜか俺もそれが何なのか知っているような体で話していたが初耳だ。え? 一般常識なの?

 とりあえず、知ってる知ってるという風を装って話を合わせておく。


 俺が回収するべき宝具。

 それは、ミラが肌身離さず身に付けているロザリオの首飾りらしい。なるほどね。そりゃ簡単に奪えないわけだ。


「おお! ヴァイカリオス殿、お久しぶりにございますじゃ! この老人に、外の話をお聞かせ願えませんじゃろうか?」


 俺たちが二人でだべっていると、知らない爺さんが間に割って入ってきた。察するにここの住民だろう。さすが俺。名探偵と呼ばれるだけある。自称だけど。


「いや、その」


 ヴァイカリオスはバツが悪そうな顔をした。

 ふむふむ。分かったぞ。

 名探偵に解けない謎は無い。

 俺に気を使っているんだな。

 そんな必要ないのに。


「俺の事でしたらお構いなく」

「アスト殿、しかし――」


 彼はしばらく口を開いたり閉じたりしたが、やがて結局黙り込んだ。それから、恨みがましそうにこちらを見ながら老人について行くのだった。


 え? なんでそんな憎しみがこもった目なの?

 謎だ。



 さて、問題です。

 肌身離さず持っている鍵を盗むにはどうすればいいでしょうか。

 難しいね。俺は提案する。寝込みを狙うことを。

 これが一番確率が高そうだ。


 しかし、人間、意外と睡眠中でも気配を察知できるものである。特に、警戒すべき相手がいる状況下だとその傾向が強い。サバイバル中に思い知った。

 なぜかと言うと、基本的に眠りが浅いからである。

 逆に言えば、深い眠りに落としてしまえば、ちょっとやそっとのもの音なんかでは目を覚ます事は無い。

 ちょうど、俺が寝落ちしてから起きるまで、助けてもらったことに気付かなかったように。


 要するに。

 時間をかけて疲労を蓄積させて、深い眠りに落ちたタイミングで奪い取る。これが最強だと思うのです。


 そのために俺がすべきことは何か。

 そう。村焼きである。里だけど。


 まず、村を焼く。

 ここは渓谷であるから、人里にたどり着くまでに何日もの時間が掛かるだろう。その間、村の人間はまともに睡眠が取れないはずだ。

 そんなとき、人里に辿り着いて、宿でぐっすり眠れるとなればどうなる?

 安心できる空間。たまった疲労。

 まず間違いなく、深い眠りに迷い込む。


 勝負はその時だ。

 その時、寝込むミラから大事なものを奪い取る。

 宝具は空間魔法で異空間に放り込み、一緒になって泥棒を捜す振りをすればいい。

 我ながら天才的発想だな。さすが名探偵。


 とはいえ、村焼きで人が死ぬのは本望ではない。

 犯行予告をしておこう。ヴァイカリオス名義で。

 事前に分かっていれば、被害も広まるまい。


 すまないヴァイカリオス。

 お前に汚名を着せることになっちまった。

 でも、俺たちの友情は不滅だぜ。

 元から希薄だからな。


 つまり作戦はこうだ。

 手紙に以下の文章を記す。


『放火→BOMB』


 これをこっそりミラに渡すのだ。

 彼女の前で、わざと落としてもいい。

 それ以降俺は、手紙の存在を知らんぷりする。

 俺が放火する犯人だったら、そんなことをするメリットが無い。それに、火おこしの道具も持っていない。必要ないからね。

 その点ヴァイカリオスは、煙草を所持している。

 俺はヴァイカリオスが煙草に火をつけているところを見たと証言すればいい。彼が本当にライターの類を無くしていたんだとしても、証拠隠滅を図って渓流に放り捨てたんだと言えばいい。


 するとどうだろう。

 ヴァイカリオスは、村焼きの実行犯の濡れ衣を脱げなくなるのだ。犠牲となる尊い命に、合掌。

 ヴァイカリオスよ、安らかに眠れ。

 お前の事は忘れない。仇は討ってやる。

 だから亡霊になって化けて出てくれるなよ。


 村を焼くことに忌避感が無いと言えば嘘になる。

 だが、それは些細な問題なのだ。

 この依頼の報酬は、金貨5000枚。

 その内の何割かを使って、新しい居場所と職を用意してやればいいのだ。職安できるかは疑問だけどな。


 この隠れ里は、宝具を護るために存在しているようなものだから、宝具そのものがなくなってしまえばここに執着する理由もあるまい。愛着がわいている人もいるかもしれないが、そういう人はどこでも住んでるうちに愛着を抱くものだと思ってる。


 よし。

 言い訳完了。

 というかね、これくらいできないとね。

 闇ギルドで働いていくなんて無理だと思うんだ。


 いつか殺人に無感動になる日が来るかもしれない。

 でもその時は、その時だ。

 それまではやってもいいラインとやっちゃいけないラインを自分の中で定義しておくのだ。


 今回、依頼を達成する方法は大きく二つ。


 ミラから恨みを買って奪う方法と、里を焼いたという罪悪感を背負って盗む方法だ。後者の方が自分の中で完結している分、ずいぶん楽だ。


 という事で、懐に手を突っ込んで空間魔法を発動。

 万が一にも俺が空間魔法を使えると知られたら、俺がライターを隠し持ってるなんて難癖つけられるかもしれないからね。こっそりと手紙と付けペンを取り出す。


 ペンにインクを付けて、紙の右上の部分に適当な線を引く。ダマになっていたりしたら嫌だからね。杞憂だったんだけど。


「アスト。何をなさっていらっしゃるのですか」

「うおっ、びっくりした」


 ちょうど本文を書き終えたタイミングで、ミラが現れた。彼女は息をするように、俺の隣に並んで座った。死角になる位置に、手紙を移して隠す。


「体調は……随分良さそうですね」

「まあね。昔から体は頑丈だったんだ」

「そうですか。ですが、やはり心配です。もう少し、安静にしていてはいただけませんか?」


 袖が、引っ張られた。

 彼女は顔を伏せていて、表情を読むことは叶わなかった。ただ、心配をかけているという事だけ分かった。


 ここだな。このタイミングだ。


「……分かったよ」


 そう言って俺は立ち上がった。

 その時、優しく風が吹いて、地に足をつけていた手紙がふわりと宙を舞った。

 それをキャッチしたのはミラだった。


「……? アスト。何か落としましたよ?」


 それを俺は、聞こえないふりしてその場を去る。

 まあ、行先は彼女の家なんだけど。


「アスト……?」

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