21話 ダンデシープ
花信風が芳春を告げる頃。
麗らかな日差しの下を、俺とミラは飛んでいた。
彼女はロザリオの宝具で翼を生やし、俺を抱きかかえて次の町を目指していたのだった。
「ミラ、何回も言うけど、危険だと判断したら帰すからな?」
「はい! それで構いません!」
ミラは俺を抱きかかえている状態なわけで、彼女の口は俺の耳元にあるわけで、吐息が耳に掛かってくすぐったい。役得かな?
と、思考がそれた。
あの日、ロスティアの一件が解決した日、俺はマスターから次の任務を言い渡された。ミラは自分の知らないところで俺が事件に首を突っ込んでいたことを知ると「今度こそ私もご一緒させていただきますから」と言って聞かなかったのだ。
正直、ミラを連れて行くつもりは無かった。
彼女は勘違いしているようだが俺達闇ギルドの仕事というのは常に危険と隣り合わせだ。だから身を引くように言ったのだが、いかんせん今回は任務の危険性が分からなかった。
『依頼内容:不穏因子の除去
依頼詳細:
クローロン王国にて不吉な影の気配あり。原因の特定、及び問題の解決を求む。
報酬:アルギュロス金貨500枚』
いや、内容がふんわりし過ぎである。
適当な占い師をとっ捕まえて占ってもらったか?
意図的に危険性をぼかしているようにも見える。
これが冒険者ギルドであればさらに詳細な内容が必要になるし、危険度もきちんと精査された上でランクで示される。そうされないのは、ここが闇ギルドだからか。
そんなわけなので、ミラの駄々を止めるには理由が弱かった。「絶対について行きます!」という彼女を引き剥がす事はついぞ叶わなかった。意外と強情。
「はぁ……」
いざ危険が迫っても、どうせなんだかんだと屁理屈を捏ねて居座り続けるんだろうなと予想する。人の命を一つ守るというのは、一つ奪う事より遥かに難しい。そんなことにならないようにと祈りつつ、目的のクローロン王国が視えてくるのを待った。
「おや? アスト、あれは何でしょう?」
「んあ?」
ミラが見つけた何かを俺も探す。
それは特に苦労もなく見つかった。
大きな綿毛だった。
いや、綿毛のような何かだった。
「……あれは」
大きさは小ぶりな羊一頭ほど。
よくよく見れば、角もあれば蹄もある。
しっぽの先端部分が綿花の果実のようになっていて、全体で見ればとても大きなタンポポの綿毛のような羊だった。
「確か、ダンデシープだな」
「アスト、気のせいでしょうか? その、ダンデシープ……さん? が、こちらに向かってきているように思えるのですが」
「ダンデシープは風に吹かれて移動する生き物だからな、そういうこともあるだろうさ」
そうそう、風に吹かれて移動する羊だ。
放牧するにも勝手に風に吹かれていなくなるからと飼育されておらず、羊毛が高価という特徴があったはずだ。思い出した。
「むぎゅぁーっ!?」
羊がそんな声で鳴きながらこちらに飛んできた。
で、止まった。
ミラのロザリオを前足でしっかりと掴んで。
「あだ!? あだだだだ!! やめ、やめてくださいダンデシープさん! ちぎれちゃうっ、ミラのロザリオちぎれちゃうからぁ! 放してぇ!?」
「むぎゅぁぁぁぁっ!!」
ミラはロザリオを首飾りのようにして身に付けている。彼女の推進方向と反対側に空気抵抗は働くものだから、ダンデシープは勢いよく彼女の首を引っ張っているようなものだ。首で凧揚げしてるようなものだ。そりゃあ痛い。
一方でダンデシープは死に物狂いで掴まっている。溺れる者が藁を目の前にしたかのようだ。まるで風に流されると死んでしまいますと訴えているようだ。
――ぶち。
「……ぁ」
結局、ロザリオの編み紐が耐えられなくなって嫌な音を立てて千切れた。ミラの背面から翼が消失し、俺たち二人が重力に飲み込まれる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「むぎゅぁぁぁぁっ!?」
「うるせぇぇぇぇ!!」
落下に絶叫するミラ。
再び風に流され絶叫するダンデシープ。
二人のデュエットが耳をつんざく。
「とりあえず、まず、«空間流転»!」
後方へと流れていくダンデシープを空間魔法で確保する。ついで俺達自身を地面まで瞬間移動させて落下ダメージを軽減しようとした。試みただけ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!? アスト! たすけてくださぁぁぁぁぁっ!?」
「ぐぇ、ちょ、ミラ、やめ、揺するな!」
あ、やば。
発動位置ミスった。
空間にあけた穴の真横をすり抜ける。
「くっ」
空気の層の衝撃に、目を開いていられなくなる。
まずい、これじゃあここと地面をつなげようにも、位置指定をうまくできない。
「っ! ミラ! もう一度翼を出せ!」
「むぎゅぁーっ!?」
腕に抱えたダンデシープからロザリオを引き剥がしてミラに手渡そうとする。だが、ミラは錯乱したままで、俺の行動に気付いちゃいない。
「ちょ、待……」
この勢いでの落下はシャレにならない。
第二星剣二式 «宵の明星»を地面に打ち付けてその衝撃波で落下の勢いを緩和するか? でも、どうやって地面との距離を正確に測る。
「っ!」
ロザリオのあれこれでどちらが上とも下ともつかない横並びになった位置関係から、ミラを庇う様に体勢を変える。ついでにダンデシープをミラの背中に移した。その時だった。
『«エアトスブロウ»!』
地面から、突き上げるような風が吹く。
その風を受けたダンデシープに、大きな大きな浮力がかかる。
まるでパラシュートが開いたかのように、瞬く間に落下の勢いは低減され、ふわりと俺達は地面に迎え入れられた。
た、助かった。
さっきのは、風魔法の«エアトスブロウ»か?
俺が使えない属性の魔法だ、一体誰が……。
「おお!? もしかしなくてもアストじゃねえか!」
「その声は……!」
俺は声がした方向を向く。
そこには見覚えのある顔が立っていた。
(やっべ、この人誰だっけ)
確か、冒険者ギルドの同期だったはず。
騎士団へのインターンシップ明け、残りの夏季休暇で冒険者に一応登録はしてあったのだ。最低ランクのFからEに上げるまでしか所属してないけど、その時に一緒に居た覚えがある。
「ファルコス! ファルコスだろ!」
思い出した。
「いや、俺はファルコスなんて名前じゃないが」
「ぐぇ、悪い……人の名前を覚えるの苦手なんだ」
「気にすんな! 改めて、俺の名前はファルコスだ」
「てめぇ! 合ってんじゃねえか!!」
激高する俺にかっかっかと笑うファルコス。
彼を見ていると、なんとなく毒気が抜かれた。
はぁ、昔からこういう奴なんだよな。
「……はぁ、助かったよファルコス。ところで、どうしてこんなところに?」
「俺はむしろアストが空から降ってくる理由が気になるが……」
「! 確かに!」
人が空から降ってくる事と比べれば人が辺境の地にいる方が普通か。
ファルコスは「まぁいいか」と言いながら、横に向かって指をさした。そちらを見ると荷物を引いた馬車が列をなしている。
それから、ふよふよと漂うダンデシープも。
その羊が、何故かロザリオを手にしていることも。
「あっ!? 悪いなファルコス、急用ができた! また機会があったら話そうぜ!」
「あ、おいアスト!」
「悪いな!」
気絶したままのミラを抱えて縮地でダンデシープを追いかける。あのロザリオの力は本物だ。悪用されるわけにはいかない。
(急いで取り戻さないと!)
そうして俺は、風の赴くままに羊雲を追いかけるのだった。
――これは、過去と今を結ぶ物語。




