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13話 依頼と狼笛と

 その銀狼種(ワーウルフ)は、緊張した面持ちで現れた。

 緊張したいのはこっち!

 今まさに命狙われたとーこーろー!


「頼みたいことがある。相違無いか?」


 少女はあどけなさの残る声でそう言った。

 言いたいことは分かる。闇ギルドへの依頼だろう。

 だが、「相違無いか」とはどういうことだろう。

 まるで俺が「力が欲しいか」と問い掛けたようだ。

 そんな覚えないんだがな。


 考えすぎか。

 きっと、「闇ギルドの職員で間違いないか?」とかそんな感じのニュアンスで言ったんだろう。

 それなら意味が通る。


「問題ない。が、詳細を先に話してくれ」


 依頼内容が分からないと判断できないからな。


「確かに。それが礼儀」


 狼っ子は小さく頷いた。

 いや、礼儀以前にそれが本題だよね?

 大丈夫? なんか話噛み合ってない気がするよ?


 まあいいか。

 いたいけない少女の頼みだ。

 敢えて指摘するのは野暮というものだ。


 まさか闇ギルドの依頼ほど深刻な事ではあるまい。


「――依頼内容は、復讐の援助」


 アウトおおおお!!

 なんで!? どうして俺のもとにはこういう依頼しか来ないの!? あ、闇ギルドの職員だからか。納得。

 しねえよ!

 くそ!


「私たち銀狼種は、狂狼病の原因だと言われ、お前たち人間たちから迫害を受けている。

 ――故郷を失った。親を失った。仲間を失った。

 お前たちが敵でないというのなら、どうか、力を貸してほしい」


 重い! 少女のお先が真っ暗だ!

 敵じゃないよ? 確かに敵じゃないよ?

 どうして無関係な俺に助力を求めるんですか!


「はい。かしこまりました」

「本当か?」

「はい。闇ギルドは、そう言った方々が駆け寄る場所です故、断る理由もございませんもの」


 ミラさーん!

 なに安請け合いしちゃってくれてんのォォォッ!

 そんな気軽に受けられる内容じゃなかったよね!?


「ですよね! アスト」

「あ、うん。そうなんじゃないかな」


 気付いたことがある。

 ミラ、知識はあるけど頭は弱そうだ。

 我、真理に到達せり。


「……よか……っ」


 その時、糸が切れたように、少女は倒れた。

 顔面から地面にわこつしそうだった。

 慌てて駆け寄り、その未来を回避させる。

 支えた腕に掛かった体重。

 それは驚くほど軽かった。


「アスト、その子、怪我をしているのでしょうか?」

「目立った外傷はないけど……、疲労かな?」


 少女を木の根元に座らせる。

 空間魔法を発動し、適当な道具を見繕う。

 病人に優しいもの……なんだろう。

 取り敢えず生姜湯でいいか。


「生姜湯……ネギ類って大丈夫なんですか? 相手はイヌ科の性質も受け継いでいますよ?」

「生姜はネギ類じゃない。少量なら問題ない」

「え? そうなのですか」


 ミラの知識の偏り方がすごい。

 情報が制限された世界で育つとこうなるのか。

 こわい。


 少女の口を開き、少量の湯を含ませる。

 口を閉じさせると、喉が動いた。


 それを何度か繰り返した。熱を測る。平温。

 少女が目覚めるのを待つことにする。



 麗らかな日差しで、少女は目を覚ました。

 少女の名前はロスティア=ルーガルー。

 誇り高き銀狼種(ワーウルフ)の次期族長だ。


 まず、彼女が知覚したのは匂いだ。

 鼻を刺すような、強い自然の息吹の匂い。

 次に感じたのは、木々の囁く声。

 風に吹かれ、わさわさ、噂話に花を咲かせていた。


「……寝てた」


 呆然とした。

 しまった。早くみんなのもとへ帰らないと。

 ウサギの一匹でも狩って帰らないと。

 みんなお腹を空かせて待っている。


「よ、目が覚めたか?」


 少女の目の前には誰かがいた。

 少女は一瞬警戒して、すぐに気付く。

 この男は敵じゃない。

 そもそも、騎士団連中と同じなら、自分にこうして目を覚ます機会は二度と訪れなかっただろう。

 あの日亡くなった、父と母のように。自分も。


「俺はアスト。こっちはミラ。お前の名前は?」

「ロスティア。……ロスティア=ルーガルー」

「ロスティアか。ロスティア、復讐をしたい、お前はそう言ったが、それは両親の仇を取るという事か?」


 ルーガルーの姓は、銀狼種の族長の姓。

 ロスティアは語るのを一瞬ためらった。

 この男が手のひらを返すかもしれないと思った。

 実際は杞憂であり、アストはスルーした。

 彼女は彼の対応に、ほっとするのだった。


 一方その頃のミラ。

 彼女はアストに、深い感心を抱いていた。

 相手が族長だと知ってなお、分け隔てず接する。

 なんという懐の深さ。

 彼にとっては「困っている人」と「そうでない人」の二種類しか存在しないのだ。

 そう、おみそれしていた。


 まあ実際は、アストの知識不足だが。

 彼はルーガルーが族長の姓という事を知らない。


 アストは知らない。

 あずかり知れぬところで好感度が上がったことを。


「仇討ちも大事。でも、大事なことはもう一つある」


 ロスティアの表情に険が差す。

 口を開いたり、閉じたり。

 少女はそのことを、口にするかどうか悩んでいた。


 決め手となったのは、彼のこれまでの言動。

 彼女に手を差し伸べ、気絶している間も手を下さずに、自身がルーガルーの姓を持つと知っても変わらない態度。大体間違っているが、少女は考える。


(……信じても、いいんじゃないだろうか)


 族長として、軽率な判断はできない。

 それでも、ここは縋るべきだ。

 そう野生の勘が警鐘を鳴らしていた。

 気を付けろ。それは誤報だ。


「――一族に伝わる、狼笛。これの奪還」


 結局、少女はその警報を信じて口を割った。

 その目に宿る意志の炎には、覚悟が現れている。


「狼笛? それはどのような物にございますか?」

「……象徴。銀狼種の、長である事の証明。銀狼種はその笛の音色に逆らえない。故に、それを手にするものは一族の長。ちょうど、父上のように」

「なるほど。ロスティアさんのお父上は、人間に殺されたのでしたね……。その際に奪われたと?」

「そう」


 ロスティアの奥歯の辺りから血が滲んだ。

 彼女の口内が、鉄の味に支配される。

 喉をくだる血液は、燃えるように熱かった。


「誰に殺されたのか、それは分かりますか?」


 ミラが言う。

 ロスティアが頷く。


「騎士団」


 小さく返したロスティア。

 驚いたのは、沈黙を貫いていたアストだった。


「……なんだって?」

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