幼なじみは負けフラグ……どころじゃねえ!
またなんか思いついた。
【伊津下 光】、【七識 飛鳥】、【鵲 雪緒】。この三人は幼なじみ同士である。
それぞれ事情があって小学校低学年の時にバラバラに引っ越したのであるが、なんと高校入学を機に偶然同時にこの町へと戻ってきた。
まあ、それはいいんだけど。
「……なんで貴様ら女か」
「それはうちらの台詞だし」
「全くもって同意しますわ」
ボーイッシュな光、いかにもギャル系な飛鳥、そしてお嬢様っぽい雪緒。今の彼女らはどう見てもまごうことなき女子であるが、かつてはそうではなかった。家の都合とかやむなき事情とかそういう格好が好きだったとか色々あるが、引っ越す前の彼女らは――
「イケメン逆ハーレムとか期待してたのに」
「お互い様だし? しっかし化けたよねお互い」
「そこは成長したって言うところではないかしら」
「ともかく3人が3人とも『男の子っぽかったけれど実は女の子でしたー』。ってのはどういうい事なのよいやマジで」
と言うことなのである。誰か一人だけならそういうことがあってもおかしくはないのかもしれないが、三人そろってというのはどういうことなのか。おのれ神とかファッキン、などと天を呪っても状況が変わるわけではない。
三人は一斉に深々とため息をはいた。
「……まあ百歩譲ってそれはいいわよ。問題は『アレ』よアレ」
苦虫を噛み潰したような表情で、光はこっそりと背後を指さす。
彼女らから少し離れた後方の席。そこに座っているのはもう一人の幼なじみ、【玖珂尺 凉我】。
かつてはそれこそ女の子のような美少年だったのだが、今の彼は。
なんていうか、世紀末覇者だった。
ゴゴゴゴゴとか言う擬音を背負ってラスボスオーラとか放ってるように感じられるその人物が、幼なじみだとにわかには信じられなかった彼女たちであるが、出身校や状況証拠、何より独特の名前がまごうことなき本人だと証明している。
一体全体何がどうなってこうなったのか。あまりの威圧感に幼なじみであったと告白するどころか近寄ることすら出来ず、三人は頭を抱えて悩んでいた。
「なるほど、話は分かった」
放課後。光たち三人はあるカップルに相談をしていた。
【桑折 時子】、【命小路 逸樹】。彼女らは涼我と同じ中学の出であり、涼我の数少ない友人である。
光たちと時子が友人になったのは偶然であるが、この状況、利用するしかないと三人はわらにもすがる思いで相談を持ちかけたのだった。
「玖珂尺くん、中学の時からすでにああだったからねえ。線の細い儚げな美少年だったとかにわかに信じられないんだけど」
疑わしそうに言う時子は光たちが当時の写真を見せるまで納得しなかった。見せたら見せたでこれ絶対別人でしょうとやっぱり納得しなかったが。
「なぜか撮られてる写真がこぞって盗撮ぎみなのはさておいて、ともかく君らが引っ越してから中学までの間に何があったか、聞き出してほしいって事だな?」
確かに近寄りがたいしな~と、逸樹は理解を示した。
「それでですね。できれば私たちのことは伏せてほしいな~って、お願いしたいわけなんですよ」
妙にへりくだる光の言葉に、逸樹は首をかしげた。飛鳥と雪緒が後を継ぐように口を開く。
「いやその、多分ウチら男の子だったと思われてるわけでして……」
「こう、事実を明かすにはまだ心構えというか覚悟というか、ともかく躊躇とか羞恥とか色々あるわけですのよ。分かるでしょう?」
ああ分かったこいつら面倒くせえ。
言葉に出さないだけの分別が、逸樹にはあった。
で、数日後。
「おまえら一体何をした」
ものすごく冷たい目線を向ける逸樹。それに押されてか、三人はなぜか床に正座していた。
「いやその、なにおって、なにが?」
恐る恐る問う光をぎろりと睨み付け、逸樹は告げる。
「あいつな、小学校低学年の時のいじめが原因でああなったらしいんだけど」
逸樹は思い返す。なんでそんな風になったのかと話を振ったおり、涼我が怒気を放った光景を。
怒気を身にまとったまま、涼我は語り出す。
「昔…。10年近く前、俺は近所のクソガキどもからいじめを受けていた」
それはもう、自分がひ弱だからと言って好き勝手やってくれたと、涼我は苦虫をかみ砕いたかのような表情で言う。
「手を変え品を変え、人を嬲りやがってあのクソどもは。……まあ奴らも腹が立つが、もっと我慢ならなかったのが『自分の弱さ』だ」
自分が弱いから。抗う力を持たないから。だから好き勝手されるのだと、耐え忍ぶ日々の中そんな思いを積み重ねていく。
幸いにして、というわけでもないが、三人の幼なじみが引っ越すと同時にいじめもなくなった。しかし積み重ねた思い、屈辱。そういったものは消えはしない。
だから。
「ともかく食って、動いて、殴った」
「最後。おい最後」
「強くなるためにはトレーニングなんぞへの役にも立たん。人を殴る強さを鍛えるためには、人を殴るのが一番だ」
まあむやみやたらというわけでもなく人は選んだようだ。幼なじみのようないじめっ子、イキってる不良。暴走族やそこらをたむろっているヤンキー。フィクションと現実を混合した勘違い教師。等々ぶつかるたびに殴りに殴った。
もちろん最初は返り討ちに遭ったり袋だたきに遭ったりと、散々な目を見たわけだが、一度火がついた反抗心は止められない。殴ったり殴られたりの日々を過ごすうち、いつしか殴り返されることは減り、そして一方的に殴るだけとなった。世紀末覇王じみた暴君の誕生である。
最初からこうしておけばよかったと、涼我は話を締めくくった。
「いやそれ色々と問題にならなかったのか!?」
「なったぞ。もちろん俺もとがめられたが、相手は問題起こす奴ばかりだったから、わりとなあなあになった。こういうところ日本はまだまだ甘いよな」
分かっててやってるたちの悪いタイプだった。性格も相当に歪んできている。今の彼は周りから腫れ物扱いをされる存在であった。(それと仲良くなれる逸樹たちはかなり剛の者なのではなかろうか)
その上で、逸樹は聞いてみた。
「もしその原因になったおさ……昔の知り合いが目の前に現れたらどうする?」
「顔の形が変わるまで殴るか動かなくなるまで殴るか俺の気が済むまで殴るか。むしろ全部」
殺る気満々であった。
話し終わった逸樹は深々とため息をはく。
「正直殺気だけで漏らすかと思ったわ。人間あんだけ他人を憎悪できるものかと逆の意味で感心したぞ俺は」
そういって彼は三人娘を睨め付ける。
「で、人間があんだけ変わった要因らしいお三方。おまえら本当に何やった」
三人は視線をそらし、だらだらと滝のように汗を流していた。
まずは光が口を開く。
「さばいばるのくんれんだー、と言って山の中に連れ込んでうっかり置き去りにしたり、すいえいのとっくんだーとか言って池に落っことしたりするのはよくあることだよね?」
次いで飛鳥。
「男の子との違いに興味があったから脱がして下半身を中心にいぢくりまわしたのは性教育、性教育だし」
最後に雪緒。
「首輪つけて四つん這いにさせてお馬さんごっことか頻繁にやりましたけど、美幼女を背中に乗せるとかご褒美だからセーフですわよね?」
話聞いてた時子は半眼になってこう感想を述べる。
「さいてー」
ふぐぅ、と胸を押さえながらうめく三人。言い訳じみた物言いは自覚があるからだ。まあ最低でも人に誇れる事ではあるまい。
しかしながら往生際が悪いのか、三人はそろって訴える。
「「「す、好きな子にいぢわるするのはどうしようもない人類の性でしょお!」」」
三人娘。そろって涼我が初恋の相手であった。
まあそれを知っても逸樹の反応はにべもなく。
「完全に嫌われるパターンだから。それ」
ぐうの音も出ない正論。三人はがっくりと項垂れる。
半眼のままの時子は、呆れた様子でこう言う。
「あんたらもう速攻で玖珂尺くんに土下座ってきなさいよ。頭丸めて」
その言葉に、逸樹は腕を組んでうーんと唸る。
「それでも許されるかどうか分からんなあ」
「いやでも、一応この子ら女の子だし……」
「あいつ男女平等に殴ってんぞ」
ひき、と時子の顔が引きつり、三人娘がびくんと体を震わす。
フェミニストが聞いたら目をむくどころでは済まない話だが、涼我は容赦がない。むしろフェミニストも殴る。
「その上で、恨み辛みマシマシの元凶と再会なんかしてみろ。……粉砕するわ。比喩抜きで」
ざあ、と三人娘から血の気が引く。淡い初恋がどうこう言う問題じゃない。命の危険が浮上してきた。
彼女らは顔を見合わせ、そして。
「「「我々のことは秘密にする方向でなにとぞお願い申し奉ります」」」
逸樹と時子に対し見事なまでの土下座を披露した。
「土下座る相手が違うんじゃあ……」
「でもあいつ相手だとそのまま頭踏みつけにされるような気が」
うむむと二人は悩む。一応曲がりなりにも友人が粉微塵にされる光景を見たくはない。さりとて自分たちが黙っていたからと言って秘密を維持できるものなのか。下手にばれれば自分たちにも被害が及ぶかもしれない。何しろ相手は倫理観が吹っ飛んだ暴力の権化だ。事実を知ればどういうことになるか、想像に難くなかった。
ぽくぽくちーんと、二人は思考を巡らす。しばらくして答えは出る。
「「ぢゃ、これ以降はご縁がなかったということで」」
揃っていい笑顔ですちゃっと片手をあげ立ち去ろうとする。さくりと見捨てる気満々であった。
「いやあああ見捨てないで助けてえええええ!」
「死にたくないし! 指先一つでアバー!サヨナラ!したくないし!」
「お金! お金ですの!? いくらでも払いますから!」
「ええいやめいすがるなはなれんか!」
「俺たちだって命は惜しいんだよ!」
逃がすまいとすがりつく三人。げしげしとヤクザキック入れながら振りほどこうとする二人。そこにはただ己が生き延びようとする、醜い人間のエゴがあった。もちろん問題解決には何の足しにもなっていない。
ともかくこうして、元男の子っぽかった三人娘の高校生活は幕を開ける。それは甘酸っぱいラブコメではなく、一歩間違えれば危険がピンチなサバイバルであった。
デッドオアライブな高校生活を、彼女らは乗り切ることが出来るのだろうか。
……転校すればいいんじゃね? という解決策には気づかなかったことにしてほしい。
~幼なじみは負けフラグどころか死亡フラグだった件。助けて~
最近の気候を見て思った。もしかして季節がずれ込んでるんじゃない?
もし予想通りなら春先まででら寒い。多分外れると思う緋松です。
色々と行き詰まっているのに新しい話ばかりが脳裏に浮かぶ今日この頃。仕方がないのでとりあえず一つ書いてみることにしましたが……なんぞこれ。
最初は幼なじみたちが男の子だと思ってたら全員女の子だったよどうしようって話だったはずなんですが、何をどうねじ曲がったらこうなるのか。よほど何か鬱屈したものがたまっているんでしょうか自分。
まああれです、いじめはいかんぞと、そのうち何らかの形でつけが回ってくるぞと、そういうことが言いたかったわけですよ。多分。こんなつけの回り方なんぞ誰が予想するか。 ともかく続きはないと思います。それより今連載している方の話を進めたいのですがいつになるやら。
それでは今回はこの辺で。