007:勇者の本
「まだ昼過ぎか。ほんじゃあまぁ、ギルドで報酬もらってからレオンのうちで本読ませてもらうか?それかもう一個すぐ終わりそうな討伐依頼受けるか?」
マクシムはぐーっと両手を上に上げ、伸びをして言った。
「ヨースケは初日ですから、無理はしない方がいいでしょう。今後迷宮を攻略するにあたって、勇者の本は早めに目を通した方がいいのでは?」
レオンが言う。
「ヨースケはどうしたいんだ?」
マクシムがこちらに振った。
「レオンさんのお宅で勇者の本を読ませていただきたいです」
「そうか、なら依頼はやめてレオンのうちいくか」
マクシムにそうしましょう、と頷くレオン。
ヨースケはどうしても避けて通れない話題に、居ても立っても居られず口を挟んだ。
「まっ、待ってください!なんで当たり前のようにこの2人を受け入れているんですか!」
洋介の問いにレオンとマクシムは顔を見合わせていた。
「いや、まぁ。ゲートを通った者ならば迷宮が味方になるのもありえるのかなって思いまして…」
「そいつらに敵意はなさそうだしな。大体オマエは魔王志望だろ?迷宮の1人や2人従えててもおかしかねぇ」
「ええ〜?!そんな感じ?!動揺していて未だ恐怖を感じているのは俺だけか…」
洋介はがっくりとこうべを垂れ、レオンもマクシムも他人事な事実に涙が出そうだった。
迷宮を1人2人と数えるべきかどうかもあやしい。
「主様、我らは主様を裏切る事はありませぬ」
「そうですわァ、妾たち生半可な気持ちじゃございませんのォ」
すり〜っと距離を詰める2人に少し後ずさりする洋介。何度も忠誠を誓うような事を言われると、だんだん怖くなってくるのも仕方ない。
「わ、わかっかった!とりあえず名前は?君たちの名前!」
「我らに名前はございませぬ」
「湖の迷宮ゥ?の恋人ォ?」
「ヨースケ、つけてやれよ」
マクシムのトンデモ発言に、洋介はふらりとめまいに襲われた。
えー?と迷宮シスターズは目を輝かせてこちらを見ているし、レオンもマクシムも早く終わらせろと言わんばかりに、じとりとこちらを捉えて離さない。
急に言われてもこまる。
と言いたかったが、洋介はそれをゴクリと飲み込んだ。
適当につけたらかわいそうだし
かといって凝ったら呼びにくいし
うーん、俺がつけていいものなのか
長々とうんうんとうなる洋介を、彼女たちは急かす様子もない。
「決めた!赤い巻き髪の君はアカネ!」
「ハイ、アカネでございますゥ」
鈍い赤色の毛先の彼女は、綺麗にカールした髪をふわりふわりとゆらし、くるりと回って頭を下げた。
「そして緑の君はウグイス!」
「はい主様。ウグイスにございます」
ストレートの髪をさらりと流し、三つ指をついて頭を下げた緑のウグイス。
洋介としては、彼女の髪色はうぐいす色とは言えなかったが、見たままだと鈍色とか深緑色とか、名前として冴えないので、妥協した。
「名付けとか特別な感じすんな」
マクシム、脳筋っぽく見えて鋭いことを言う。
「あー、そうですね。神官になるときとか新たに教皇様から名前をもらいますよね」
レオンも同意した、が、洋介にはその変化を感じる敏感さは無く、迷宮姉妹は力がみなぎると言うのだが、それは、気分的な何かではないのだろうか。
洋介はここへきて初めて、2人のステータスを見てみたのだが
○アカネとウグイス
元迷宮
ヨースケの眷属
HPやる気次第
MPやる気次第
2人で1つの表示だった。
それはつまり2人は分かれているだけで、1人なのだろうか。
体力魔力共にやる気次第というポテンシャルの高さ。厄介そうだが、やる気が出れば無限と取れる。
なんとなく、2人のやる気の引き出しかたは分かる気がする。
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それからまたギルドへ行き、報酬をそれぞれ3人受け取った。
何人でやっても同じ金額の討伐や採取、捜索依頼などとは違い、迷宮依頼は5人までは人数分報酬が出るらしい。
不正防止の類はギルドの極秘らしいのだが、誤魔化せないようになっているんだそう。
そして受付嬢の勧めで、アカネとウグイスを同伴者として登録した。
冒険者にならずとも、洋介と活動するに限定はされるが迷宮依頼の報酬人数に入ると言っていた。
同伴者登録は2級以上の特権だとレオンが教えてくれたので、使わない手はないだろう。
また迷宮に行くかどうかは別として。
相変わらずツンとした受付嬢は、切れ長の目でアカネとウグイスを探っていた。
元迷宮だと話したが、まったく信じていなかった。
「ハイ、これ同伴者のスカーフ。冒険者と同じように使うから大切にしてね」
彼女は2枚の黒いスカーフをアカネとウグイスに手渡した。
「へー初めて見た。めちゃ黒いな」
「マクシムってホント頭の悪そうな事しか言えないのね」
悪かったな、とマクシムは口を歪ませる。
彼はとてもわかりやすくて、洋介としてはそれがすごく助かる。
一言でいうと脳筋。
だが、裏表なさそうな所がまた付き合いやすい。
新人に絡みに来るようなやつだが、それも案外言い方が良くなかっただけで、本人に悪気はなかったかも、と思うほどにマクシムからは嫌味や悪意を感じない。
「まあ、マクシムですからね。リエッタ、ありがとう。今日はこれで」
レオンは受付嬢を親しげにリエッタ、と呼んだ。
洋介からみた受付嬢は、そんな可愛らしい名前ではない気がする。
しかし、名は体を表さないこともあるだろう。
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そして昼食をギルド向かいの食堂で済ませたのち、レオンの家へと一行は向かう。
アカネとウグイスの食事も支払った洋介は、今日の稼ぎが半分になってしまった。
初任給としてロイに何を買って帰れるだろうか。
レオンの実家はこの辺りでは少し力のある商家らしい。
「で、でかいな……」
洋介は思わず言っていた。
魔法で行くほどの距離ではないとレオンが言うので歩いたのだが、まさにその通りでギルドの裏手にレオンの家はあった。
ここの国柄か、この辺の習わし的なものかはわからないが、門や塀はないのがこの近隣の住宅から見てとれた。
レオンの家も同じように、門や塀はない。
数本おおきな木が道と家の境らへんに植わっているだけで目隠しとしては完全ではない。
公道はレンガ敷きで、庭の芝生のような短い緑の草が侵食し、その境界は割と曖昧だ。
その芝生のような草を横切るように公道から石畳が玄関まで伸びている。
レオンの家は、端的に言ってめちゃくちゃおしゃれだった。
ギルドの建物もかなり独創的で、中で見る数段、外から見る方が丸を多用した建物のその全景に眼を見張るものがあった。
だがレオンの家はそれのさらに上をいくのだ。
たとえようにも地球の建築様式はどの時代のものにも当てはまらないだろう。
玄関前はサンルームのようなガラス張りで、白い枠が輝きすら見せる。
奥に見える玄関扉はそれに合わせたのか白い大きな扉だった。
美術館か大聖堂かと思うほど高さのある扉だ。
なにより外壁の青いタイルとのコントラストが美しすぎた。
「レオンさんち、すごいオシャレなお家ですね。なにより玄関がすごい…めちゃくちゃ広いし…」
「それは姉が大喜びしますよ。姉は建築家なんです。この家も建て替えてはいないんですけど、あちこち姉が手を入れてて、玄関は特に力を入れてましたから」
「ギルドの建物も、今日入った向かいの食堂も、レオンの姉貴が設計したんだぜ」
「というか、この辺りの建物は大体姉の作品ですね。夢は王国の建物を全て自分好みにすることらしいですよ、恐ろしい女です」
レオンが真鍮の取っ手を引いて、玄関を開けた。
「おかえりなさいませ」
そう言って玄関ホールで女性がレオンに頭を下げた。
使用人か家政婦なのか、濃いグレーのワンピースに、ピシッとした真っ白なエプロンをしていた。
ワンピースと共布のカチューシャのようなもので髪をあげ、一本の隙もなく髪はまとめられている。
(メイドと言えば黒に白でふりふりじゃないのか…)
文化の違いに戸惑いつつも洋介はレオンの家へと足を踏み入れた。
「ただいま、書庫へ上がるから、お客の分も少しつまむものでも運んでくれる?」
「かしこまりました」
話をしながら、メイドはスッとレオンのローブと腰カバンを受け取るし、レオンもなんの迷いもなく手渡していた。
洋介にとっては家政婦など馴染みもなく、帰ってきて外套を受け取ってくれる人がいるなんて想像もつかないが。
広く天井の高いホール。
床はピカピカの大理石のようなものだった。
実際、ような、とは言えても大理石ではないだろうなと洋介は思う。
見たこともない素材が多すぎて、ステータスを見る気にもならない。
この世界は、暮らしぶりは似ているが、動物も植物も地球にあったものと同じものが1つとして見当たらない。
人も、人種、という括りでは何人っぽいとも言えないのだ。
見た目が同じなのは水くらいではないだろうか。
厳密な成分はおそらく違うだろうが。
エントランスから階段を3階まであがると、音楽ホールのように革張りした観音開きの扉の先が書庫だった。
学校の図書室よりも広いのではないだろうか。
個人の本の量ではないと洋介がたたらを踏んでいる間に、マクシムは勝手知ったる、との如く奥の日当たりが良さそうなソファーにどさりと腰を下ろし、そのまま靴を脱ぐと横になってしまった。
本棚はぐるりと壁一面に。
そして丸い本棚が数カ所、飛島のように点在している。
意外と遊び心のあるデザインだが、これもレオンのお姉さんの意匠だろうか。
エメラルドグリーンの絨毯に、こげ茶の本棚がとてつもなく落ち着く。
立ち読み用の腰掛け椅子はいくつも置いてあり、だが本を選ぶのに邪魔にならない絶妙な位置にある。
マクシムが寝た奥のスエードのようなソファーは、大人数でかけてくつろげるようにか、大きめの窓のそばにあり、大きなテーブルも置かれている。
どちらもネイビーで統一されており、落ち着きを感じる配色だ。
「ヨースケもどうぞ奥にかけてください。本持っていきますから」
レオンは洋介をソファーへ誘い、本棚から数冊の本を手に取り、テーブルに置いた。
迷宮シスターズもちょこんちょこんと洋介のとなりに腰掛け、おとなしいものだ。
「こちらが文字盤のことが書いてあった自叙伝。こっちがその続きで、これとこれは同じ作者と思われる本で、創作なのかなんなのか…は、ちょっとはっきりしないです」
自叙伝は2冊。どちらも無地に勇者の日記、とタイトルだけ書かれたシンプルなものだった。
デザイン的に地球っぽいのは認めよう。
この世界の他の本は、革張りや布張りで豪華なものが多いし、柄もかなり凝ったものばかり。
それ1つで調度品として機能するように作られているように思う。
ステータスを見れば、全て勇者が書いた本で間違いないようだし、紙の表紙というのはいかにもだ。
残りの数冊も同じく紙の表紙だった。
触り慣れた質感の本を手に取り、洋介は本を開いた。
内容は、本当に自分語りの日記だった。
勇者の名前は山田宗次郎、27歳でゲートを通りこちらへきたらしい。
地球時代の事も書かれていた。
それを見るに、洋介の時代とそう遠く離れてはいないようだ。
当時、この世界では魔王が世界を脅かしており、それを討伐するために勇者になり、王国に全面的に協力し、その功績で王都郊外に大きな邸宅を構え、所帯を持った。そして晩年は本を執筆していたようだから、そのままのんびりゆるりと静かに暮らし、妻と子らに見守られ、静かに旅立ったのだろう。
彼の死後、子孫らは今玄孫くらいだろうか。
勇者の孫といえど普通の人間だろうから、同じような活躍はしていないとしても、どのように暮らしているのか気になるところだ。
それよりも、宗次郎氏もまた自分のように画面で戦っていたようだが、彼はもともと体術の心得があったらしい。
画面で戦うにはどうしても距離を取らねばならず、剣術も相手と剣を合わせながら画面で選択して技を放つのは至難の技。
それは一度迷宮に入り、洋介も体感した。
相手が強くなれば自分自身に武器のない己ではちっとも通用しないなと実感したのだ。
放てば強力な魔法も、実戦で大規模な魔法は使いどころがなく、加減しようにも集中しないとできない。
せめて大中小と威力を選択できたらいいが、今のところシンプルに1つで、威力は洋介が調整するのだ。
とっさに使えないに等しい。
つまり今のままでは1人で戦えないのだ。
宗次郎氏はもともと習得していた体術も合わせながら戦っていたようだから、物理的に体を鍛えねばならない気はする。
中高と部活は弱小テニス部。
大学のサークルは河川敷研究サークル。研究とは名ばかり。河川敷でバーベキューやフットサルを楽しむなんてことないただの遊戯サークル。
洋介には体を使うスキルがなさすぎた。
宗次郎氏はステータス画面を選択の文字盤と呼んでいた。
彼もまたその選択の文字盤を不便、だが神のような力と評している。
宗次郎氏の本はとても面白かった。
文字盤に頼りすぎて、魔王の幹部に捕らえられた話。試行錯誤するために、荒野で倒れるまで魔法を使った話。努力の末に魔王を倒した話。文字盤から使うアイテムボックスの話。
そんな彼が伴侶を見つけ、子をなした話。
最後は
「私はこの世界に墓を作ることになるだろう。こんなにも愛おしい家族が居るのだから」
と締め括られていた。
実にいい話であった。
そして今になり洋介は気づいた。
アイテム、という、欄が画面上にあること。
本を閉じると、洋介はメニュー画面を開く。
確かにそこには"アイテム"という文字が光っている。一体どうして今まで開くことをしなかったのだろうか。
そもそもこのメニュー画面を開いたのは数回しかない。戦闘の時はここからは開かないし、ステータスを見たい時は直接開ける。
アイテムをクリックすると、いくつかの持ち物がそこに表示されていた。
交通ICにスマホ、あとは財布。
そしてスポーツドリンク。
飲み会帰りによく買うのだが、これは後輩がベロベロに酔った自分を心配して持たせてくれたものだ。
「くっそ…悲しくないのに涙が…」
洋介は目頭を押さえ、スポーツドリンクをタッチした。
それはすぐに宙に現れた。
飲みかけのペットボトルのまま。
「主様これにはゲートの向こうの力を感じます」
「異界の品ァですわねェ?」
アカネとウグイスがペットボトルを見て言う。
2人は心底不思議そうにスポーツドリンクを見ていた。
「これは向こうで、俺の後輩がくれた品だ。まさかアイテムボックス的な物があるとは思わなかった…」
「まさかこっちきて初めて使ったのか?」
洋介が本を読んでいる間、いびきをかいて眠っていたマクシム。
彼は目を閉じたままそう言うのだが、その声色にはしっかりと馬鹿だな、と含まれているのが気に入らない。
「アイテムボックスと言うのは、僕らで言うイザラクみたいなやつですかね?」
レオンはメイドが用意したお菓子とララ豆茶でいつの間にかアカネたちと女子会…ではないのだがお茶会中である。
彼のかわいらしい顔つきのせいで、どうにも迷宮姉妹と並ぶとなじみすぎる。
「もしかしてイザラクって、武器をしまうやつですかね?」
「そうですよ。子供でも使えるような一般的なものです。子供はイザラクの腕輪という補助具を使いますが、まあ使い方を覚えれば腕輪もいりませんけど」
(…自転車みたいなもんか)
「何でもしまえるわけじゃないんで、それほど便利なものでもないですよ」
「まあ、武器を持ち歩かなくていいってくらいだな。それも何十本も入れられるわけじゃねぇ。食いもんや狩った魔物も入れらんねぇ。ああ、塩なら入れられるんだけどな」
「…つまり有機物は入らない?」
「有機物ぅ?なんだそれ」
あぁ?と首を傾げるマクシムにレオンがクソバカ野郎め、と呟く。
「よく気付きましたね。そうなんですよ!なぜかはわかっていませんが、しまえるのは無機物だけなんです!誰もが使える当たり前の技術ですが、イザラクの活用法や拡張方法などは今もなお多くの学者を悩ませているんです!」
「めちゃくちゃ熱い解説ありがとうございます…魔法ではないんですよね?」
「魔法ではないんですよ、不思議なことに!そもそも空間を操作する魔法はありませんからね!そんな事出来たら神様ですよ!」
レオンはねじれた形のクッキーを指示棒のように振りながらも、声に力を込めて力説してくれている。
「移動魔法はちがうんですか?」
「移動魔法は光魔法の一種ですよ!僕らは光になって飛んでいるようなものです。空間を人間にどうこうする事はできません。せいぜい狭い区間の力場を変えるくらいです。そういえば、移動魔法の応用で鞄の中を自宅のクローゼットとかに繋いでいる人はよくいますね」
「あーもーうるせー。レオンに魔法の話とかさせんな。長いから」
マクシムは寝返りを打ち、耳を塞いだ。
きっと長い付き合いなのだろうから、今までも散々魔法語りをされてきたに違いない。
「ちなみにイザラクも、厳密に無機物と有機物を分けているわけではないようで、剣に血がついたまましまうと血ごとしまってしまうんです!ですが血を単体でしまおうとしてもダメなんですよね!」
「では刀身にパンや肉を刺してしまえばお弁当箱としても使えるという事…ですよね?」
急に口を挟んだウグイスにアカネがニコニコと同調する。
「盾の裏にびっしりサンドイッチをくっつけておけばピクニックに便利ねェ」
「残念ながら、そのような使い方を試みた先人はたくさんいました。案の定それではイザラクは発動しません!そして武器の体積と関係あると踏んで試行錯誤した学者がいましたが…」
「だああああ!!!やめやめやめー!!!」
マクシムはガバッと起き上がると、大袈裟にドカドカ足音をたててティータイムテーブルへとやってきた。
「もういいってこいつの魔法語りもイザラク語りも。ヨースケはなんかヒントあったのかよ?」
彼はポットのララ豆茶を乱暴にカップに注ぎ、立ったままごくごくと飲み干した。
「そうですね、このスポーツドリンクの中身が腐ってないって事と、ゲートの力だけでは1人で戦うのは厳しいって事はよくわかりました」
洋介はスポーツドリンクを飲み干し、ペットボトルをまたアイテムへとしまった。
「ング…主様には…妾達がおりますゥ」
「…ん、そうです、モグモグ…盾であり、剣です」
アカネとウグイスは洋介の言葉にすかさず話しながらも、口の中にはマフィンが入っている。実に美味しそうに食べている。
「うん、結果的に助かるのかも。2人はかなり戦えるみたいだし」
「明日からはどうするんですか?また迷宮に入るのであれば、僕らも手伝いますよ。ね、マクシム?」
レオンはニッコとマクシムに微笑んで、微笑まれたマクシムはふい〜っと顔を逸らし、おう、と小さく呟いた。
「うーん若い迷宮って、普段からいくつかあるものなんですか?」
「いまんとこ近くにはねぇな。発見されてないだけってパターンもあるから何とも言えねーけど」
「主様、我らなら他の迷宮を探知できまする」
ウグイスが己の胸に手を当て微笑んだ。
確かに迷宮なのだから、迷宮の居場所がわかってもおかしくない。
「うーん。若い迷宮をしらみつぶししていくメリットってなんでしょう?」
洋介が悩んでいるとマクシムがそれはもちろん、とにこやかに微笑んで言う。
「金だ!護衛や討伐の依頼よりなにより金がいい!年寄りの迷宮は深すぎて潜ってもすぐには出られないし、出てくる魔物も強い。恋人討伐はまず無理。そもそもそこに懸賞金がかけられてる事は稀だ。迷宮都市レベルになってくると一生迷宮から出てこないやつもいるからな」
「迷宮都市?と言うと迷宮の中に街があるという認識でいいですか?」
「お世辞にも治安がいいとは言えねーけどな、迷宮内はどこの国でもねぇ無法地帯だ。まあ迷宮都市には自警団も居て一応の秩序はあるけど……」
「自警団含めまともな人間はいません。そんなところに居を構えるくらいですからね。全員訳ありか頭の狂った変人だと思ってください」
「そんな迷宮都市を攻略したらどうなるんですか?」
聞くのもアホらしい質問だったかもしれない、と洋介は思いつつも聞いてみた。
こちらの常識あちらの非常識かもしれないし。
「若い迷宮だと単なる洞窟になるだけですが、迷宮が歳をとればとるほど中は複雑なつくりになります。アカネとウグイスの迷宮は階層としては1階だけでしたが、迷宮都市ともなればカウント不明。尚且つ中には屋敷のような空間、氷の池や炎の池、外と見まごうほどの森もあります。それら全部が崩壊し、1階層の洞窟部分だけを残して、数時間のうちに消えてなくなるでしょうね」
「つまり、迷宮内で天変地異が起こるってわけだ」
レオンの親切丁寧な質問の後、マクシムは分かりやすく補足してくれた。
迷宮に住み着いた人にとって未曾有の大災害になることは間違いないらしい。
「ただ、迷宮都市と呼ばれるような古い迷宮を攻略したら歴史上初の快挙ですが、同時に多くの恨みを買うでしょうね」
「だーな。迷宮都市一個で、王都ぐらいの規模がある」
「え?!そんなですか?」
洋介は思っていた以上の規模で、びくりと体がのけぞった。
王都を破壊するに等しい行為ではないか。
「ま、過去誰も攻略どころか迷宮の恋人を見たこともないですから、現実には起こり得ないかと」
レオンは肩をすくめ、言葉を続けた。
「仮に迷宮が崩壊したとして、それは冒険者として当然の行為。そもそも、日々大きくなり続ける古代迷宮が、己の腹の中に住み着く虫を排さないなんて思って住んでる方がおかしいんですよ」
確かに。
己の中に巣を作られたら、自分なら嫌だ。
「レオンさまァ、大御所の迷宮は自壊する事もできるのよォ?」
にこり、アカネが微笑んだ。
「え!?恋人の破壊をもってして崩壊ではなく、自らの意思でも終わらせることができるんですか?!」
レオンが食い気味に聞いてくると、アカネは嬉しそうに口角を吊り上げ、ふふふ、と人差し指を頬に添えた。
「もちろんよォ。妾たち生まれたての迷宮にはできないけどォ、そのお〜っきくてお年寄りの迷宮はァ、成長も止められるし自壊もできるのォ」
「都市として人が中に住んでいるようだと、迷宮を深く降りれば迷宮の恋人がいるというよりも、我々のような人型で居住区間に紛れているかもしれませぬ」
「はぁ?そんなに人型の恋人だらけじゃこっちはやりにくいじゃねーかよ」
「普通若い迷宮が人型になることはありえぬ」
ウグイスは鬱陶しそうにマクシムを睨んだ。まるで害虫を見る目だ。
「お前俺にだけあたり強くねぇか」
「仕方がないわァ!マクシムは品がないものォ!これっぽっちもォ」
「迷宮都市で2人が紛れている迷宮の恋人をみつけることはできるの?」
洋介は何気ない疑問を聞いてみた。
迷宮都市を崩壊させると色々な人から恨みを買いそうで怖い。
特に近隣の国。
溢れたゴロツキが近くの街に流れることは誰でも想像できる。迷宮都市は迷宮都市として存在して貰わなければならない気がする。
「できますわァ」
「人間とは明らかに異質。我らならすぐわかります」
「一応聞くけど、2人は他の迷宮の恋人を俺が倒してもいいのかな?同族を殺さないで、というような気持ちは…」
「ございませぬ」
「ございませんわァ」
綺麗にハモってそう言った迷宮姉妹。
なぜそこまで自分に尽くそうとするのか、洋介は改めて聞いてみることにした。
「2人はどうしてそこまでして俺についていこうと思うの?」
「そのお話は今は語り尽くせませぬ。酒を酌み交わしまどろむ夜会がございましたら是非」
シラフでは話せないと、ウグイスはめちゃくちゃ真面目な顔で言う。
アカネもゆったりと勿体ぶって頷いていたのだった。